「感動」からの「裏切り」の恐怖

墓参り

突然、志穂が亡くなった。

自殺だった。

何故志穂が自殺をしたのか、私は知っている。


────────────────────

私がいじめられている時、志穂が助けてくれた。

その志穂の顔は、とても頼もしくて、優しかった。

『あ、ありがと……』

『当然の事をしただけ』

それから私と志穂は、よく話すようになり、いつしか友達と呼べる仲になった。

放課後に、カラオケに行ったり、ファミレスで美味しいものを食べたり、すごい楽しかった。

だが、楽しかったのも束の間、今度は志穂がいじめられていた。

助けようとしても、足が動かなかった。

くっ……!

ただ私は、いじめられている志穂を見ているだけだった。

『そろそろ飽きたから行こう』

いじめた人達がその場から去っていった。

ボロボロに倒れている志穂を私は見ているだけしか出来なかった。

『何で……助けなかったの……?』

『た、助けたら今度は私がいじめられるから……』

『そしたら私がまたさやかを助けるよ』

『志穂……』

『なのに……助けなかった……』

『ごめん……』

『ごめんじゃ済まないよ!』

『っ!!』

志穂の叫びを初めて聞いた。

泣いている。

本当は、助けたかった。

でも、仕方なかったんだ。

いじめのループは、断ち切れない。

一生私達は、いじめられる運命なのだから。

『私達、絶交だね』

志穂がそう切り出した。

絶交……。

それは、当たり前のことだった。

友達を助けられなかった私は、もう志穂の友達じゃない。

………。

『そうだね』

次の日、志穂が自殺をしたニュースを見た。

私は絶望して、学校を休んだ。

毎日毎日、死にたいと思っていた。

────────────────────




私は、墓参りに来ている。

志穂のお墓を見つけて、水で手入れをする。

花を置いて、合掌する。

「志穂……ごめん……」

いじめに耐えて、私と絶交して、自殺をした。

とても苦しかったんだろう……。

助けて欲しかったんだろう……。

「本当にごめん……」

私は、泣きながらお墓に向かって謝る。

「ごめんじゃ済まないと思うけど……」

私は何度でも謝る。

お線香を供え、合掌する。

数分、私は「ごめん……ごめん」と、合掌しながら謝っていた。

すると……


「もう……いいよ」

そんな声が聞こえてきた。

この声、もしかして……

「志穂?」

「そうだよ」

志穂の声は、怒っておらず、いつもの優しい声だった。

「成仏しようとしても出来なくて……」

「私のこと、恨んでるもんね」

「別に恨んでないよ」

「え?」

恨みがあって、成仏出来ないと思っていた。

「さやかに、言いたいことがあって……」

「な、何? 私に言いたいことって」

「実は、さやかがいじめられている時、本当は助けたくないと思っていた。だって、助けたら今度は私がいじめられるもん」

志穂も思っていたんだ……。

「でも……さやかの顔を見て、助けようと思った。さやかと友達になりたいと思った」

「志穂……」

「さやかと友達になって、私は楽しかった。嬉しかった。そんな日がずっと続けばいいと思っていた」

………。

私は、黙って志穂の話を聞いていた。

「それなのに、私がいじめられて、酷い目にあって……。とてもとても辛かった」

志穂は、泣いているのを我慢するように話している。

私も、同じ気持ちで聞いている。

「さやかが助けてくれなかった時は、裏切られたと思って、絶交した。そして、後悔した」

………。

「家に帰って、たくさん泣いた。もうあの頃には戻れないんだ。そういう気持ちになりながら私は死にたいと思い始め、自殺した」

そんな……。

「私のせい……だよね」

「いや……私がさやかに絶交しよって言ったから、私が悪い」

「違う。そもそも私が志穂を助けられなかったから……」

あぁ。

あの時、一体どうすれば良かったんだろう。

考えても考えても、思い付かなかった。

「本当は恨んでるよね」

「さやか……。ちが──」

「本当の事を言ってよ! 志穂はそんな子じゃなかった! いつも優しくて、明るくて、私も友達になって良かったと思ってた」

「………」

「私に本音を言ってよ!」

そう強く言うと、

「全て私の本音……嘘偽りない私の本音だよ」

志穂が弱々しく言った。

「じゃあ、本当に恨んでない?」

「そうだよ! 友達だから分かるでしょ!」

「分かんないよ! 恨まれることしたのに、恨まれないなんて、そんなの……そんなの……」

私は、志穂のことを知らなかった。

きっと、本音を隠して私と友達になったのかと思っていた。

「うぅん、本当に恨んでないよ。逆に感謝してる」

優しい声で言う志穂。

「感謝してるって……」

「私と友達になってくれてありがとう。ただそれだけ言いたかった」

「志穂……」

成仏できなかった理由。

それは、恨みではなくただ感謝を伝えようとしただけ。

そんな想いがあることを知らずに私は、自分を責めてばかり……。

「うん。私の方こそ、あの時助けてくれてありがとう。そして友達になってくれてありがとう」

普段言わない私の本音を志穂にぶつける。

そしてお互い感謝の気持ちを言い合った。

とても不思議な気分だった。

今までの後悔全部が吹き飛ぶくらいに私の心は、浄化されていった。

「そして、ごめん。助けられなくて」

「何度も謝ったじゃない。私は、ごめんよりありがとうが聞きたかっただけ。それが私の本音」

志穂は、とにかく優しい友達だ。

たとえ死んでいても、一生私の事を思ってくれている。

「最後に、さやかと私は一生友達のままでいてくれる?」

「もちろん。私達、一生友達だよ」

これで、ようやく仲直りができた。

本当に良かった……。

志穂の本音を聞いて、ほっと一安心になったのか我慢していたのに、涙が溢れてくる。

志穂の死を無駄にしたくない。

私は、生き続けると誓う。

志穂の声は消えていき、静まり返った。

「成仏したんだね」

空を見上げる。

まるで志穂が空から「生きて」と応援している気がする。

「志穂の言葉、伝わったよ」

私はそう言い、志穂のお墓に抱き着く。

お墓って、こんなに暖かいんだ。

志穂に抱かれている気がして、温もりを感じる。

「バイバイ、志穂」

志穂に別れを言って、私はもう一度お墓を掃除する。

そして、志穂のお墓を見つめ、ふふっと思わず笑みが零れる。


「志穂、元気でね」

優しく言って、志穂のお墓を去って行く。

志穂に押されているように、軽い足取りで自宅に帰る。

一生忘れないように志穂の思い出の写真を部屋に飾ることにした。




そして私が、20歳になった時、部屋に飾ってある写真を見て、不思議がる。

「あれ? この子、誰だっけ?」

私の脳内から完全に写真の子の存在が綺麗に消えていた。

一生忘れないと誓った筈なのに……。

どうして……。


「バイバイ、さやか」

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