第17話

「そういえば、裏切りに関してはトウマが敏感だったわね。ねぇねの体験なのにねぇねが親友に裏切られたのを自身のことのように置き換えてる。


 ご主人様、手前たちはあまり自身の記憶というものがない。断片的にはあったような気がしてもそれがホントの体験だったかは定かではないわ。色々な記憶はあるけど、長く生きていれば忘れていく体験のほうが多い。二十歳以前の子供のころの記憶は何一つ覚えてない。だから、何か問題があるのかと云われれば思い当たらないのだけど。


 始まりの歴史のように手前たちの詳細な記憶、思い出はねぇねと出会ったときから。生まれたのはそこからだったから手前たちがねぇねに固執してしまうのは仕方がないといえば仕方がないのよ」


 周囲を観た。夜、そう解るほど暗澹とした集落は光が一切見られない。


「ああ、言い忘れていたわ。ここは王都セプテム、英雄の血族だけが住むのを許された都」

 え?

「本来は夜も賑やかな場所よ。いまは眠ってもらっているわ。ここは戦場になるから退去してもらったの。してもらえなかった人はここで永眠している。さて、どこから話そうかしら。毎度長話になってごめんなさい。何度も会話をしてくれる人がいなくて、聞いてくれる人は毎回最期に狂ってしまうの。


 まあ、話したくなるのは手前だけではないみたいだけど。どうやら、ご主人様は黙って話を聴いてくれるからみんな余計なことまで吐露してしまうみたい」


 右手を腰に当ててバランスよく立っている姿が格好良くなっている。高身長で余裕を醸し出す不敵な笑み、視界を塞ぐ黒い布が心情を気取らせない。


 彼女は動く様子がなかった。一定の距離を持って相対しているのが本来の立ち位置だと言わんばかり。そこで一つの気配がやってきた。建物の影に隠れているつもりでも俺にはよく見えていた。


「報告かしら? 出ててきていいわよ。ご主人様は気にしなくていいわ。もう、バレているから」


 云われて人影は建物から出てきた。その人は見た覚えがある。葡萄酒色の軍服に身を包んだ水色髪の男性はこっちに一瞥をくれただけでホクトの傍で彼女にかしずく。


「御方。時間がきました。ナンノ様が動かれます」

「そう?」

「はい、ほぼ全滅です。セプテムの軍事力が半分削られたと考えるべきです」

「まあ、一週間ぐらいもったのは上出来よ。セヴンスがいたら良かったのかしら?」

「セヴンスがいたとしてもなんら変わらなかったでしょう。御方に云われましたとおり軍人に混ぜていたレベル0の民間人が功績者です。ナンノ様はその者たちを一人も殺していません。ですから、本気にはなれなかった。手加減がなければ多勢であったとしても一瞬で終わりです」

「セットの街と同じで人を殺していない人間だけが生き残ったのね」

「はい。それで皇女様は無事でしょうか?」

「ええ。無事よ。生きているという意味では。いまは王宮にいるんじゃないかしら? 貴方も色々と忙しいのね。セイホに殺されれていれば楽だったかも?」

「あのときは助けていただいてありがとうございました」

「お礼は必要ないわ。云いたいならご主人様に云って。セイホが手加減をしたのはご主人様と出会っていたからだし、ねぇねも手加減を覚えなかった」

「…………」

「貴方が生きてるのは手前が利用できると思っただけだから。貴方も好きなようにしなさい。大事な人を護るには多角的な行動が必要となる。護るためなら手前は大事な人さえも裏切れるわ」

「…………」

「人払い、ありがとう」

「いいえ」

「そうね。国家があるには民衆は必要だわ。さあ、行きなさい。ここはなくなるから」

「失礼します」


 男性の気配消えると姿も見えなくなっていた。


「ご主人様、手前たちの駆け落ちは終わりのようよ。ねぇねはどれくらいでやってくるかしら? 話す時間はあるかしら? さぞかし怒っているでしょうね。ああ、怖い」


 ぶるぶると体を震わせるホクト。


「さてと。そうね。ご主人様には皇帝にでもなってもらうと良かったのだけれど。駄目だったようね。男の願望という最高の条件だったはずなのにそれでも満足してもらえない。アスカの願望に沿ってみたけど、上手くいかない。


 困った。


 さずがねぇねが望んだ男。ねぇねが選んだ男。ねぇねが尽くす男。やっぱり――


 ――手前が殺すしかない」


 ぞぞぞ。


 腕から肩、肩から背中へと毒が肌を撫でていった。格好は変わらないけれど、最後の言葉にだけ殺気を乗せたのだろう。続いて出す声に同じような毒々しさはない普段の彼女の喋り方。


「殺したいわけじゃなかったの。でも、こうするしかなくなったの。手前なりにご主人様へ選択肢は与えたつもり。どうしてもねぇねにアスカを殺させるわけにはいかない。ああ、違うわよ。アスカを護りたいわけじゃない。手前が護りたいのはねぇねよ」


 ホクトは後ろをみた。開けた場所にどこかに街でみた女神像が立っている。釣られて視線をずらして戻すと彼女の姿は俺の隣にあった。軽く肩を握られているだけで今日が命日になると納得できるのがなんだか胸糞悪い。


「ご主人様、ごめんなさいね。ちゃんと墓碑は作るから。ご主人様が誰も殺さないで生きてるとねぇねが悩んじゃうから、死んで」

「あ」

「あら?」

「こんなところにいたのか、クソ、ホクト!」


 声のほうに顔を向けると巫女姿のセイホとゴシック姿のホクトが並んで立っていた。


 街中でうっかり出逢ったような気軽さで一命をとりとめたのもなんだか納得できた。

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