第6話

「人が多いと争いが絶えないわね。ご主人様、覗いてみましょう」

 結構です。

「ご主人様も行きたかったのね」

 あ、言い間違えました。

「さあさあ、行きましょう」

 だから、俺はいいですから。


 腕を引っ張られ声のほうへ進んでいく。毎度ながら膂力に負けてしまうので従うしかない。声よりも先に視界の上にカジノらしき建物が見えてくる。赤や黄を中心とした派手やかな外装は鮮やかな自身の未来を想像させるのに一役買ってそうだ。賑やかなカジノに通う人々の衣装も同じく輝いている中、地べたに横たわっている青年は地味な紺色の正装に身を包んでいた。そんな青年に同い年ほどの女性が声を荒げている。自身らの情報を漏らして大丈夫なのだろうか。聞いているだけでも青年と女性の現在の主従関係と元は青年が英雄の一族で女性と許嫁だった過去が露呈している。


 自身の過去が露呈するよりも公の場で青年に恥をかかせるのが痛快なのか女性は着ているドレスには不釣合いな階級章を揺らして罵倒するたびに嗤い声を上げた。周囲の人々を巻き込むように一緒に嗤うのを望むように声を上げる。人それぞれ態度は違う。共感する者、不快感を表す者がいたところで基準となるのは英雄という爵位なのは共通した常識だった。


「彼は自らの一族が爵位を剥奪されたのにも関わらず。どうにかするよう一方的に懇願しワタシの品位を落としました。それは英雄の一族を愚弄したのと同じです。それは相応し罰を与えなければなりません。ここで彼の処刑を執り行います」


 歓声が上がり反対意見は起こりそうになかった。老若男女の声が反響するなか子供は雰囲気に飲まれず立ち尽くしていた。これから何か起こるのか知らないまま、習わしに染まっていくのだろう。もしかしたらすでに染まっているのかもしれないけれど、とりかえず今日ではなくもいいかもしれない。


「待って、ご主人様」


 ホクトは動かさないようにぐっと腕に力を込めていた。


「世の中に合ってる人間。合っていない人間。世の中に合わせられる人間。合わせられない人間。人はそれぞれを選択するわ。大昔、人殺しは罪だった。罪人を公正に裁く機関もあった。けれどいまはそうじゃない。手前たちがそんな時代に居たとしたら大罪人でしょうけど、いまの時代はレベルという数値によって英雄とされる。この意味が解るかしら?」

 え?

「ご主人様は染まってはいけないわ。ねぇねが嫌悪するこの世界に」


 ホクトは力を抜くと一歩一歩処刑台にでも向かうように二人へ近づいていく。人々が彼女に気づいていき話題の中心の二人も視線を一人の女性に向けた。


「こんにちは。品性を語るにはまだ幼すぎるのではないかしら」


 火に油を注ぐ彼女の言葉はその通り女性の眉間を険しくさせた。

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