悪人

道茂 あき

第8章

第1話

 念願は叶えられたのだ。


 あたりはすっかり夜になっていた。周囲の誰かから注目を浴びないようライトは消したまま自動車を一人走らせている。トウマの造った自動車は雨風に振られないよう天井があるし夜間でも魔物に襲われる心配は少ないのだけれど、念には念を押して暗闇を走るを選択。村から北西に向かいながら物思いに耽って注意を逸らしていた。


 ナンノは人に対して抵抗がなくなった。なくなったと言っておきながら否定するのはナンセンスなのかもしれないけれど、商品を誰かが買ってしまえばそれが中古品になるように、人々を妹と同様の扱いをするかといえばそうではなかった。


 殺意を向けてきた相手は躊躇いなく屠る。


 一応村を襲ってくる兵士に手加減をしていたのは伝わるけれども、その手加減でさえ相手は即死。来る者。即死そくしそくし。


 そんな狂人と一緒にいられるはずもなく俺はとうとう逃亡に成功したところだった。


 かたん。


 逸らしていた注意が戻ってくる。自動車を奪い運転技術が向上しているのも相まって難なく逃げられはしたのだけれど、微かな異音が最初から鳴っていた。逃げた直後は気づく余裕もなく、気づいたあとも姉妹に追いかけられるほうが死活問題で逃げるのが優先だったために放置したまま検問所近くまでやってきてしまった。これからも異音を無視し続けたいところだけれども、原因をそのままにしておくほど鈍感ではない俺は確かめようと草陰に隠れて停車させた。


 自動車を観察する。一番可能性があるのはセイホの糸だけれど、それは逃亡する段取りで最初に解決していた。こっそり行動するのに厄介なのは彼女の存在で悉く逃亡が失敗したのはセイホが原因を持っていた。糸は逃亡する寸前で切っている。


 かたり。


 嫌だいやだ異音の原因は後ろの荷台だ。閉めてある荷台の中から切った糸が垂れている。糸が外から中へつけられていたとして、中から外へ伸びているとは考えてはいなかった。荷台を開けたくない、けれど開けないと異音は止まない。そっと、音を立てないようにして開けてみた。そこにはホクトが悶えていた。閉める。もう、開けたくない。


『ご主人様は手前のツボをどこまで押さえてるのぉ!』


 かたかたかた鳴り続ける物音と奇声に耐えられるはずもなく、荷台を開けた。


「あら、そんな、もう終わりかしら?」

 外に出てください。


 残念になりながらホクトは足を出し臀部を強調しながらすらりと荷台から出てきた。真っ白な衣装を身に纏った高身長の女性が荷物が転がっている荷台から出てくるのも驚きだけれど、いつからそこに潜んでいたのか気になってしまう。姿が見えなかったりするのは度々あって慣れてしまったのが油断となった。


「ここはどこかしら?」


 目隠しで不敵にな笑みを浮かべるホクト。彼女にとって問題ですらないようだ。


「逢瀬を遂げたあとは何をするのかしら?」

 なんですって?

「ああ、大変よ。ご主人様から何をされるのかしら? みなまでは云わないで。人の目を泥棒だけに盗んで野外であんなプレイやこんなプレイ。まして、ここは砦近くの茂み。あわよくば巡回する兵士に見つかってもしまうかもしれない場所で行わせるなんて悪逆非道!」


 やばい、相手にしていたら夜が明ける。


 砦に兵士がいるのは当然として門扉が閉じられているのも当たり前として通り抜けるには自動車を置いていくしかない。ない知恵を絞る場所はいつも過去の体験からだ。いまは賭けに出ている場合じゃない。トウマの自動車なら門扉を破壊して通り過ぎる可能性はあるけれど、目立ってしまうのは得策ではない。移動速度が低下したとしても発見されずに進むのが効率のよい好手だ。


 さて、ホクトはどうしよう?


 ナンノたちのところへ連れ戻される前に逃げなければと、隣の悶えていた変態は冷静な笑みを浮かべこっちを眺めていた。


「大丈夫よ。取れ戻したりしないわ。むしろ、協力してあげる。あの砦を目立たずに通り抜けたいのでしょう? それぐらいなら手前にとっては問題ないわ。さあ、ご主人様運転をよろしくね。ちゃんとライトはつけて堂々と砦の門扉の兵士の元へ行ってくれれば望む通りに事が進むわよ。信じられない? だったら、三人の得意は信じられるでしょう? ねぇねは強力。セイホは傀儡。トウマは工作。そして、手前の得意は錯覚」

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