4.エンジン・スタート

 二人ともが顔を腫らし、うめき声とともに起き出したところで、どちらともなく口を開く。実際に口を開いたのが早かったのはラフマンだが、峯宇の方は口許が切れているため、いて、とうめくように言葉を発したから遅れた部分がある。


「峯宇、お前の言いたいことはよくわかる」


「ラフマン、そうだな。まあおれもそっちの言いたいことはよくわかるよ」


 航空機にしろなんにしろ、昔の動かなくなった工業製品、いや、誰かにとっての魂の駆動体をレストアするときのジレンマ。極力当時の部品を使って機体を再構築する、と、部品を新造して当時の機体の動作を再現する、という対立軸が存在し、当然ながら、歴史的、産業史的な意味で言えば極力当時の部品を使うのが全く正しい。なぜなら、発掘した土器や石器の図面が存在していたとして、その主要部分を新造するのが「発掘した土器や石器」たりうるのか、という話である。


ただし、それは要するに「老朽化した部品を使用する」という事とも離れていない可能性が高い。それの何が危険なのか、といえば、峯宇がアルミの構造材を殴りつけてもろくなっていることを示したように、果たしてそれは「飛行」や「走行」あるいは「航行」に耐えうる代物になるのか、という根本的な問題がある。ことに、飛行と言う営為は人間の身体構造的には今日的にはある程度のMEMSによる強化が成されているとはいえ、飛べない人間がテクノロジーの力を借りて、エンジンの爆発力と推力を利用し、翼の揚力を使って生身では絶対に到達しえない領域に挑むという事である。


時の試練は残酷である。数十年というタイムスパンですら困難であったというのに、原形をとどめていたとはいえ、1000年前の代物に命を預けられるか、と言えばだいたいの人はひきつった笑顔になるだろう。


「歴史的な遺物ではあるが、まあ飛ばす、違うな、飛ぶなら使える部分はともかく、使えない部分はばっさりやるしかないな」


「だろうな。いやあ、お披露目したときに航空ファンに撃ち殺されなきゃいいが。……あれ、どうしてあそこまで保存状態が良かったんだ?」


「台湾の大学にあった機体を金持ちが買って、モハベの航空博物館で自動ボットにメンテさせてたんだと。……施設が長期間生きてて、温度変化が無かったのも幸いしたらしい」


「そりゃまた。化けて出ないでもらいたいもんだ」


「なあに、処女と酒だらけの天国に行ってるさ。素晴らしい遺産を残してくれたんだからな」


「ラフマン、お前それ……」


「まあいいさ。仕事が終わった後のお楽しみが待ってるのはいいもんだ。おお、いて」


 そういっておどけた様子のラフマンを見て、ふん、と鼻で笑って、峯宇は続ける。


「お前こそ本気で殴りやがって。まあいい、飯を腹に入れたら仕事だ」


 そう言って、酸っぱくなった前日のコーヒーを峯宇は飲んで、うめいた。





 数週間、仕事の合間にF-104DJの復活の作業を進めていたが、多数の緊急整備が入ったためになかなかうまくいかず、胴体部の非破壊検査をようやく行えたのは、翼をタスキーギから買った後であった。


「検査の結果、どうだった」


 ハンガー内に無人航空機を収め、二階に上がり、開口一番峯宇はラフマンにこう問うた。この会社、零細に見えて、X線検査設備まで持っているのである。非破壊検査設備のコモディティ化が進行した結果であった。核物質管理はどうした、と言われると、兵器としては反物質兵器が主流で、ある程度陳腐化したためである。核程度では星間国家は揺らがなかったためでもある。


「アルミのフレームは無事な部分もあるから、そこだけ残してあとはプリンターで新造、ステンレスの部分は錆落としじゃダメで、中まで完全に錆が行ってる。チタン部分は大半が無事。思ったより残ったな」


 端末上に表示されている検査結果をラフマンの肩越しに見、80%近くが新造の要あり、とのメモを見て、うめいた。


「こりゃ殆ど新規製造だな。内部部品は?」


「さすがにツテを当たってみたがほとんど駄目だな。そもそも残ってる物が殆どない。計器にしたってアナログ計器なんてもう校正技師も居ないからな」


「そりゃそうか……。いやあ、センチュリーシリーズがグラスコクピットだなんて格好がつかないな。……油圧まわりとか操縦用のワイヤー、ハーネス類は?」


「それこそだめだな。ホビー用の無人機で趣味的に使われてるワイヤーとかで代用するしかない」


「おお人類よ、進歩した技術とやらはどこへやら、だな」


 自席についた峯宇がそう言ったのを聞いて、ラフマンは顔を上げる。


「しょうがないだろう。必要のない技術なんてものは作れる奴も含めて存在しなくなるんだ。なんだったかな、カメラにしたって昔はCMOSセンサを使ってたが、今じゃ作れる業者なんていない。あとはなんだ、宇宙関連技術とかだって、10年前なら作れてたが今じゃ作れないものなんかゴロゴロしてる。クソ野郎のせいで不要になったからな。……必要は発明の母だが、不要は告死天使だよ」


「ふん、まあ仕方ないな。出来る事と出来ないことがある」


 そう言いおいて、峯宇は端末に向き直る。通信気球の緊急整備が大量に入ったため、フライト後の報告書が溜まっているのだ。そして、おや、という声を出した。


「どうした。何かあったのか」


 ラフマンが椅子に座ったままごろごろと移動してくる。キャスターつきの椅子、というものはオフィスから根絶することが出来なかったものの一つだ。反重力制御もあるが、こんなものにいちいち使うような代物ではないだろう。ということで、小型化が一度進行した後に廃されたものである。


「気球に飛んで行った無人機の対地レーザー測距の数字がおかしくてな」


「おかしい?どういうことだ?」


 おかしい、という表現は抽象的にすぎる。壊れているのか、異常な数字を示しているのか、はたまた。


「現地の海抜から計算して、3万メートル以上を示してる。電波高度計とは数字が違うんだ。レーザー測距よりも枯れてる電波高度計のプライオリティが高いから高度を落とさなかったんだと思うが……」


「そりゃいくら何でもないだろう。落とされてるはずだ」


 どれどれ、とばかりにラフマンが覗き込む。そうして、顔をしかめた。


「本当だ。おいおい、検査しないと……」


 そう言って、お互いにうめき声を発しながら一階にどやどやと降りる。そして、機種部分のメンテナンスハッチを開き、レーザー測距用のコンポーネントを引き出した。


「校正し直さないと」


「そうだな」


 ラフマンは短く言いおいて、うめき声とともにレーザー測距装置を校正器にかけ、そして。


「……おいおいおい」


「どういう事だよ、これは」


 誤差なし。正しい数値。つまり。


「おい、ラフマン。この機体が当時やったのは気球を正しい位置に戻すためのけん引だよな。搭載機器の仕様確認を頼む」


「何でだよ?」


「契約外の行為をさせられた可能性があるんだよ。それも危険な」


「……そういう事か。現地に何があるかも確認した方がいいな?」


「ああ。頼む」





 果たして、通信気球に搭載されていたのはコストダウンのための電波高度計のみ。それも保有している無人機と同様のものである。そして、気球が風で流された先には、レーダー反射素材を使用したパラボラアンテナ群。かつての異星人探査用、SETIのアンテナ群だ。つまり。


「乱反射して気球の電波高度計が狂い、上昇した。機体のほうも同じく急激に下降してるように電波高度計のテレメトリーが示してる」


「実験する必要はあるが……」


「そうだな、やってみよう」


 実験した結果、結果は黒。つまり。3万メートル以上を飛行しているにも関わらず、落とされていないのである。


「おい、おいおいおい、おい!」


「大発見じゃねえか。大発見じゃねえかよ!」


 上空には異星人の艦隊がいまだに居る。だが。


「少なくともこの時間帯には」


「撃墜されないってことだ!」


 ハイタッチ。まさに大発見である。そうして、有る事に気付いた。唇をラフマンがつまみ、待てよ、待てよ、と繰り返している。


「なあ、この気球のメーカー、どっかで見たこと無いか」


「……なあ、これってさ」


「J79の製造メーカーだよな。俺達が今レストアしようとしてるF-104のエンジンの」


 どちらともなく、にやあ、と笑う。


「悪い事しようぜ」


「奇遇だな。俺もそう思う」


 そうして、J79が彼らのハンガーに届いた。それもピッカピカの、当時から大事に保管されてきたことがよくわかる代物が。悪いことをした甲斐があったものである。


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