ヒーラーズデポジット

池田 蒼

第1話 行き詰ってから始まるもの

「た、、、頼む」


 そういいながら財布から最後の一枚になった千円札をパチンコ台と台の間にある貸機へと差し入れた。

 俺の魂を込めた銀玉がじゃらじゃらと悲しげな音を立てながら、釘の間を流れていく。

ものの5分もしないうちにカチカチというハンドルが空はじきする音のみが虚しく目の前で響いていた


「はぁ」


 ただでさえ小さくついたため息はパチンコホールの喧騒にかき消されている。


 俺はおもむろに台を立ち、横目にドル箱を積んだ若い子を見ながらホールの自動ドアをくぐった。

 先ほど使い切った千円が今手持ちの全財産で、この先どうやって行くかを思いめぐらせるが何も思いつかず、心なしか手が震え出していた。いや震えているふりをすることで同情を買いたかったのかもしれない。誰も見てはいないにも関わらず。

 携帯で銀行口座の残高を見る。想定外の金が入っていることもないが、いま置かれている状況を打開する方法が不明な以上、できる行動を思いつく限り行う以外に俺に選択肢はない。

 借りれるところからはすべて借りた。親は俺の生き方に愛想をつかされ絶縁状態で、親類に頼ることは出来ないし、たとえ頼れたとしても気が引ける。冷静に考えれば体裁を気にしている状況ではないが、極限まで追い込まれると人間は冷静な判断ができなくなるのだ。頼れるところは思い当たらない。いつまでたってもこの生活から抜け出せない今年40になる俺は途方に暮れていた。


 元はといえば、幼少期より何をやっても中途半端で、通い出したスイミングスクールは進級試験に一度落ちただけでやめ、小中高で入った部活も長くは続かなかった。ぎりぎりで入学した大学では入ったサークルを辞める事はお決まりで、さらにそれでは飽き足らず大学そのものを中退。その後アルバイトで働き出した会社に正社員として雇用されはしたが、成績は鳴かず飛ばず。宵越しの金は持たない主義だと滅茶苦茶な理論を自分に言い聞かせ、言い訳を作りながら、あらゆるギャンブルで身を破滅させてきた。その甲斐あって会社にも借金の取り立てがやってきた事で、つい先日その会社も首になった。何かを途中で辞める才能に恵まれ、俺はいつのまにか人生のつけに加算された利息に時間を払い続ける屑人間になってしまっていた。

 今や、そのつけさえも払えない段階まで行きついている。


 たいていは何とかなるという楽観的な生き方で綱渡りをしながらこの歳まで来たが、今回ばかりは最大のピンチである。


 何か方法がないか考えながらとりあえずはアパートへ戻る。

 沈みかかった夕日が差し込むアパートは薄暗く、俺は電気をつけるためにスイッチを入れる。そして最悪の日に最悪の状況がもう一つ加わっていたことに気が付く。電気の供給が止まっていた。


 絶望でなすすべもなく、また外に出かけた。街に並ぶ看板からヒントを探るが何も思いつかない。ブラウザで多種多様なワードを検索しても良いアイデアに結び付くこともなかった。世界では貧困に苦しむ人がたくさんいるのに俺は何をしているんだろう。

 そうしている間にも日は傾き、携帯のバッテリーは刻々と減る。それと同じペースで腹も減ってくる。


 気が付けば何ができるわけでもないが先ほど大負けしたパチンコ屋の場所まで戻ってきていた。

 ふと、そのパチンコ屋の手前の路地の入り口付近に見慣れない看板が低い位置に出ていることに気付いた。あとから思えばこの看板を見つけたことが、今後の俺の救いでもあり、厄災でもあり、俺が生まれてきた意味でもあるが、今はまだそこには触れないでおこう。

 黒いボードに白いマーカーでこう書かれていた


(人生に行き詰った方・八方塞がりな方はお越しください⇒)


 正常な感覚を持っていれば、例えば俺が大学を卒業してから就職し、28歳くらいで結婚。1年後には子供を授かり、またその2年後には2人目が生まれ、郊外にマンションを購入。ローンと家族のために多少は怠けながらもやるべき事はやってきている人間であれば、それが詐欺やその他の犯罪に巻き込まれる入り口であることを思いめぐらせていただろう。

 ただ、半ば常軌を逸し、捨てるものがなくなった俺にとって、もはやこれ以外に頼る場所は見当たらなかった。


 薄暗くなった路地を進む。漫画で描かれているのを見たことがあるようなゴミ箱とその上にたたずむ黒猫。俺が横を通り過ぎるときに物欲しそうに「にゃー」と鳴いた。俺は心の中でやれるものはないとつぶやいた。

 路地は行き止まりになっているようで進むたびに暗さが深まる。先に何があるかさえ見えなくなってきた頃、右手に薄暗い蛍光灯の明かりが見えた。


「、、、ここか。」


 扉を見ると「過去未来を救済します リープ 本店」という表札がかかっている。怪しさいっぱいの店だがもはや俺に怖気ずく理由は無い。あえて勢いよく扉をあけた。


「いらっしゃいませ」


 女の声だ。

 まだ若そうな声だった。


「通りに出ているボードを見て来たんだが、、。」


 店の主旨が理解できていなかった事で、歯切れが悪くなってしまった。


「承知いたしました。こちらへどうぞ」


 中は電球色の蛍光灯に照らされたホテルのフロントのような作りだ。棚には古めかしい鍵が所狭しと陳列されている。種類は何故か統一されていない。俺は正面にある椅子へ誘導された。俺以外に客はいない。

カウンターを挟んでその女と対峙する。


「今日はいかがされましたか?」


 何か注文を聞かれているようだ。貸金業者かと思ったが内装にそう言った雰囲気がない。無一文であるためどう答えれば良いものか迷いこちらからも質問を投げかけることにする。


「表の”人生に行き詰った方・・”というのを見てきた。ここはどういったことができる店なんだ。」


「失礼いたしました。初めての方なんですね。では、まず当店のシステムを説明しますね。」


「あ、おう。」


 俺は少し戸惑った。女は続ける。


「表にもかかっていたと思うのですが、こちらは、ご利用者様の抱える過去や未来の出来事を救済させて頂くことが目的となっている一種の非営利団体です。店名のリープはまるでタイムリープしたように問題を解決するという意味がこもっております。まどろっこしい言い回しですみません。まずは今抱えられているあなた様の問題をお聞きし、それに見合った対処をご提供するといった流れとなります。」


 あからさまに怪しいが、非営利団体という部分が気になり続けて聞く。


「なるほど。それは金はかからないのか?」


「はい。現時点では無償提供となりますが、非営利とはいっても運営にかかわる費用はいただく必要があり、それがないと私どももこの事業を継続していくことができませんので。」


「当面金を払える当てが無いが、その対処ってのを受ける事は可能なのか?」


 正直に俺は聞いた。


「はい。そういう方も多いので、当面金銭を頂く事は致しません。ただし、ご要望に見合った価値のある対価を提供頂いております。」


「何か仕事をするってことか?」


「そうですね。そういう場合もございますし、そうでない場合もございます。」


 頭の中で想像が追いつかないでいると、さらに女が被せる。


「では、まずはこちらの太枠の部分に必要事項をご記入頂けますか。そちらを元に審査をさせて頂きます」


 やっと店の目的が見えてきた気がした。色々と説明を受けたが審査という単語で想像がつく。結局のところ金貸し屋か。既に俺に貸す所もないだろうと思い落胆した。

 書類の記載が終わると、女は目を通し、軽く頷く。


「こちらに振り仮名を記載いただけますか。」


 記入が漏れていたようだ。俺は小田切 乃蒼という自分の名前の上に振り仮名を打った。


「オダギリ ノア さんとおっしゃるんですね。」


「あぁ。」


 女はそそくさと後ろにかかっている鍵から一つを取って差し出した。


「では、これを、どうぞ」


「こ、これは?」


 つかみ掛けていた店の主旨を理解するきっかけが、するすると指の間から抜けていった。


「これから審査を受けて頂きます。この鍵は駅前のホテルブルーラインの503号室の鍵となっております。フロントに人は居ないので受付などはせずにそのまま階段で上がってください。審査はそこで行われますのでこれからすぐ向かって頂きますが大丈夫でしょうか。」


「はぁ。」


「なにかご不明点はありますか?」


「あ、いや。えっと、そこで俺は何をすればいいんだ。」


 何一つ理解出来ないままとりあえず聞く。


「申し訳ございません。それは審査に関わる事柄となりますためここでお伝えすることはできません。では行ってらっしゃいませ。」


 そう言われ、俺は不安を抱えながらも他にすがる藁もなかったため、指定のホテルへと向かうことにした。

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