第41話 村瀬里奈2

 銃弾は運よく体の表面で止まっていた。これならピンセットで引き抜けば取り除ける。それでも、出血と痛みは激しいだろう。女子生徒は、手際良く銃弾を引き抜いた。男子生徒は激しく体を動かして悶えた。

「血を止めないと。胸部に近いから、出血が多いの。村瀬さん、包帯とガーゼを取って」

 村瀬里奈はリモコンをポケットに入れて、慌てて救急箱から包帯とガーゼを手にした。女子生徒が急いでそれを受け取った。もうこんな惨状見たくないと、彼女は思った。彼女がそう思っている間に、女子生徒が急ぐように指示した。

「村瀬さん、ここ押さえておいてくれる」

 村瀬里奈がリモコンを手にしようとした時だった。彼女は女子生徒に言われるまま、男子生徒の胸部に当てられたガーゼを押さえた。ガーゼが次第に赤く染まっていく。


「ちょっと体を起こしましょ。ゆっくり起こして」

 男子生徒が顔をしかめて、額には汗をにじませていた。起こした体にしっかり包帯を巻いていく。巻き終わると、男子生徒をベッド代わりの机の上に寝かせた。あれ程痛がっていた男子生徒も、ようやく落ち着いた。疲労で眠ってしまったのかもしれない。

「お疲れ様。大変だったでしょ。ここはもういいから、少し休んで」

 女子生徒がまだあどけない表情の残る顔で、優しく微笑んだ。村瀬里奈は女子生徒から離れていった。それから、リモコンを手にしてボタンを押した。


「なあ、村瀬。あの教室は大変なのに、どうして行くんだ?」

「関心だな」

「それは仕方ないこどた」


 教室は、登校してきた生徒であふれていた。机と椅子もきちんと並んでいた。村瀬里奈は、その中に島田仁絵を見つけて挨拶をした。

「仁絵、おはよう」

「私の名前を気安く呼ばないで」

 島田仁絵はムッとした顔で、多少敵意のある態度を見せた。

「ごめんなさい」

 彼女は俯いて、小さな声で謝った。謝ったからといって、島田仁絵が許しくれるはずもない。彼女は、自分の席を探そうとした。が、席がどこなのか分からなかった。近くの女子生徒に、彼女は聞いてみた。

「えっ、誰の席? さあ、どこかなあ」


 三人に聞いても、村瀬里奈の席は分からなかった。諦めかけて、手の汚れに気づいた。それは汚れではなく、手のひらに文字が書いてある。真ん中の列、前から二番目の席。黒いボールペンの文字で、そう書かれてある。その席の机の横には、鞄が掛けてある。教科書とノートと筆記用具も置いてある。鞄や教科書は、どれもみんなと同じだったが、筆記用具には見覚えがある。彼女の物に間違いなかった。彼女は落ち着かない腰を、椅子に下ろした。


 ノートを開くと変わった文字で、何かが書かれている。筆跡は彼女の物だろうが、何と書かれているのか理解できなかった。外国の文字だろうか。腕時計を見て驚いた。テジタル表示の数字を見て、眉をひそめた。数字が読めなかった。原始的な表示で、砂時計の砂が無くなると時間が経過しているのを示しているように見えた。もう少しで砂が無くなる。ホームルームの始まりが近いことを示していた。


 先生が教室に入ってきた。教卓の前に立つと、出席名簿を手に教室を見回した。

「おい、そこ。始めるから早く席に着きなさい」

 先生は、教室の後ろに集まっていた生徒に注意した。先生は生徒が全員席に着くのを待って、出欠を取り始めた。しかし、その取り方が少し変わっていた。


「はい、お前。はい、次。はい、君。はい、次」

 先生は、決して生徒の名前を呼ばなかった。渡瀬里奈は順々に生徒がお前とか君と呼ばれるのを、波が近づいてくるように見ていた。村瀬里奈の番がやって来た。どうすればいいか分からなかった。

「はい、お前」

 先生は、彼女に向かって言った。彼女は何も反応ができなかった。

「おい、お前だ。お前。いるのか、いないのか手を上げなさい」

 彼女は慌てて手を上げた。


「よし、いるな。次、お前。はい、君。はい、次。はい、お前」

 先生は出席名簿を覗きながら、ボールペンで印を付けて出欠を取った。最後の列まで出欠を取り終わると、清々したように出席名簿を閉じて教卓へ置いた。

「今日は、大変残念な話がある」

 生徒たちの注目が、一瞬で先生に集まった。何があったのだろう、と教室中のみんなが心配した。

「酷いことに、お前の財布が盗まれた。犯人は君だと分かっている。君は一時間目の授業が終わり次第、盗んだ財布を持って職員室に来なさい。今ならまだ許される。分かったね」


 先生がそう言い終わると、教室中に動揺が走った。みんな神妙な面持ちで、辺りをキョロキョロ見回している。渡瀬里奈は、彼女が疑われているのか不安になった。気づかれないように、机の中を探ってみたり、鞄の中を調べてみたりした。財布は見つからなかったが、不安は拭えなかった。スカートのポケットに、小さな財布のような物が入っていることに気づいた。それが彼女の物なのか、それとも盗んだ物なのか確かめられなかった。


「それでは、ホームルーム終わり」

 先生は急ぐように教室を出て行った。それを待って、教室の中が騒がしくなった。渡瀬里奈は、災難の渦中にいるような気持ちになった。彼女は誰にも見られないように、こっそりとスカートのポケットの中の物を出してみた。やはりそれは小さな財布だった。赤い革製の物だった。見覚えがある物だった。彼女は、ほっとして財布をスカートのポケットに戻した。リモコンを手にして、ボタンを押した。


「そんなにたくさんの教室を回ってて、間違えたりしないのか?」

「なんだ順番にボタンを押しているだけか」

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