一緒に暮らすことになった義妹が「元密偵」と言って、意味が分からないけど、めちゃくちゃかわいい

しっぽタヌキ

第1話 胸がやわらかい

「突然ですがっ……タスケテクダサイ!」


 俺の部屋の扉を叩くノックの音が、トントントンからドンドンドンに変わった。部屋のベッドに寝ころんでスマホを操作していた俺は、慌ててベッドから飛び起きる。急いで扉を開けると、ノックの主はそのまま俺に抱き着いてきた。


「な、なに、……っ!?」


 突然のことに声が上擦る。

 だって、俺に抱き着いてきたのは女の子。それも同年代だからだ。

 日本人の俺とは違う金色の長い髪が目の端できらきらと光る。

 逃げることも受け止めることもできない俺は、ただただ手を上に上げて、なにもしていないのアピールをした。……だれにかは聞かないでくれ。俺もわからん。


「デタ!」

「っ、でた……出た? なにが?」

「アレデス!」

「あれ……?」


 金髪の女の子は思い出したくもない、というように、さらに俺に強く抱き着いた。

 待て。待ってほしい。ちょっと本当に待って。胸が……なんかやわらかいものが当たってる……。

 女の子の言いたいことを必死で考えながらも、手は上げたまま。なんか顔が熱くなってきたのはしかたがない。やわらかさがやばいのだ。いや、ちがう、やばくない。待て。俺。そのやわらかさに気を取られるな。下を向くな。前を見ろ、前を。

 女の子はそんな俺の内心など気づく様子もなく、俺に抱き着いたまま話を続けた。


「クロクテ!」

「……黒くて?」

「スバヤイ!」

「……素早い?」

「ヒカッタ!」

「……光った?」

「ムシ!」

「……ああ。あれか」


 ようやく。ようやく合点がいった。

 そうGだ。黒くて素早くて光る虫。そしてそれが家にいたのならば、Gだ。


「どこに出た?」

「ゲンカン!」

「ああ、外から入ったのか。それはマズイね。倒そう」

「タオス……」

「うん、急がないと家に住み着くから……」

「ヒッ!」


 女の子は俺の言葉にビビビッと体を怖がらせると、素早く体を離した。

 そう。今は俺に抱き着いている場合ではない。一刻も早く事を成す。ASAP。

 俺は女の子をそのままにし、急いで廊下へ出ると階段を降りた。父がローンを組んで立てたこの家はまだ築2年。父と俺と二人暮らしにしては妙に家族向けの間取りになっており、階段を降りるとそこはリビングだ。

 リビングから出ると廊下があり、すぐ玄関になっている。そしてそこに――


「……いるな」


 いた。あいつが。傘立ての隣にそっといる。まるで玄関タイルの一部かのようにじっととどまっている。茶色いタイルの上にいて、明らかに浮いているが。

 俺はできるだけ物音を立てないようにそっと戸棚を開けた。ここに殺虫剤が入っているのだ。

 あちらがそういうつもりなら、こちらもそういうつもりで対応する。まるでなにも見つけていないかのように、目を合わせない(雰囲気だ。Gの目がどこにあるかは知らない)。

 戸棚の殺虫剤を片手で持ち、体幹を固定したままゆっくりと殺虫剤の噴射口をGに合わせた。

 やつらは殺虫剤の雰囲気を感じると走って逃げるはずだ。殺虫剤は麻痺毒だが、効果が出るのはすこし時間がかかる。

 焦るな……。そして、手加減はしない……。殺虫剤のシャワーをかけるつもりで……。

 俺は銃を手にし、獲物をしとめるハンターの目でGを見た。そして――


「いけ!」


 ぷしゅぅうう。さささささっ、ぷしゅううぅぅぅ(噴射し続ける)。じたばた。うっ。こて。


「……よし」


 やったな俺。さすが俺。できる俺。

 虫が得意なわけではないが、殺虫剤があれば俺でもなんとかなる。いきなりいたら声を上げて驚く自信があるが、今回は「いる」とわかって来たので、そういう怖さもなかったしな。

 殺虫剤を片付け、後始末も簡単に終わらせて、ふぅと息を付きながら首を回した。凝っていたようで首がコキっと音がする。……たぶんこの凝りはGのせいではないんだが。

 とりあえず、凝りの原因である女の子に大丈夫だと伝えに行かねばならない。玄関からリビングへ戻るために振り返る。そこには――


「すごいです……!!」


 ……なんか、きらきらしている女の子がいた。

 長い金髪もきらきらしているが、その目も日本人とは違い、とてもきれいな碧色なのだ。その目がきらきらしている。わかりやすく俺を見て、きらきらと輝いている。


「私、男性に助けていただいたのは初めてです……」

「あ、え、へぇ……そうなんだ?」


 どうやらリビングの扉のところからこっそりと俺を見ていたようだ。さっきまで片言の単語になっていたのに、今は流暢な日本語へと戻っていた。

 話しながらポッと頬を赤くしている。

 俺はよくわからずに一歩、うしろへ下がった。

 母もおらず、モテるタイプでもなく、ほぼ女性との付き合いがない俺は困ってしまったのだ。

 それをどう思ったのか、女の子はリビングから俺の元へスススススッと音もなく近づくと、そっと俺の手を取った。


「え、あ、あえ? な、に?」


 自然に。すごく自然に俺と腕組んでいる。え、意味が分からない。なんで? いつのまに?

 そして、そのやわらかい胸を俺の腕にぎゅうと押しつける。


「胸の鼓動がいつもより早い。こんなこと初めてです……この胸の高鳴り! この胸の痛みが恋なのですねっ……ダイスキデス!!」


 女の子はきらきらした碧色の目で俺を見上げると、赤い頬で言い切った。

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