第20話 悲嘆のヴァーミリオン王国
目の前に広がる衝撃的な光景はまるで幻覚のようで、僕の身体は息をすることすら忘れてしまったかのように、固まってしまっていた。
激しく降り続ける豪雨の音が、虚しく城内にこだまし時折降り注ぐ稲光が、血塗られた惨劇の室内を照らし出す。
その光景を何度も何度も目にすることで、ようやく現実に起こっていることだと頭の中での理解が追いついてきた。
「ゴボッ……ガハッ。……ハァ……ハァ……」
「お父様……? お父様!!!」
国王は何とか意識を取り戻したらしく、エリィは声に反応して咄嗟に駆け出していた。
血溜まりに足を取られながらも、必死に国王の元へ走り続ける。
「お父様! しっかりして……!!」
国王の元まで辿り着いたエリィは、玉座から降ろして床に横たわらせ、藁にもすがる思いで治癒魔法を唱える。
僕も国王に近付いたが、魔法が使えない以上どうすることもできない。
しばらくすると、治癒魔法が効いているのか、国王の表情は少しずつ良くなってきたように見えた。
「エリ……シア……。無事に戻ってきてくれた……か……」
「帰ってきたよ! あのね、アルトがお母様を見つけてくれたんだよ……。お父様がずっと会いたいって話してたお母様を……見つけてくれたの!!」
繰り返されたその言葉を聞いて、国王の目は大きく見開かれた。
「そうか。アメリアを……見つけてくれたのか……。本当に良かった……。もう思い残す……ことは、ないな……」
治癒魔法の効果は出ているはずだが、出血量が酷すぎたせいか時折苦しそうにする表情が見られた。少しでも紛らわすためか目を閉じて、呼吸は浅く早いものへと変わっていく。
「お父様? お父様!!! 私ね、魔剣士大会でも優勝したんだよ? すごいでしょ? ねえ……」
「ハァ……ハァ……。エリシアよ、お前は……私の自慢の……娘だよ。よく頑張ったね……」
残った力を振り絞るようにして、国王は震える腕を伸ばし、エリィの手を握った。
「やだ……やだよ……お父様……」
エリィの目から涙が留めなく溢れており、止まらない。
2人のやり取りを見ているだけで、僕の目にも涙が溢れてきた。
(……僕に魔法が使えない以上……国王様をどうすることもできない……治癒魔法師も見当たらない……どうすれば……)
探しに行くことも考えたが、未だに危険が潜んでいるかもしれない状況で、エリィを残していくことは決して出来なかった。
エリィはひたすら、国王に話しかけ続ける。何としてでも意識を保たせようと必死だった。
それに反して、国王の反応は次第に弱くなり……やがて声を出すこともなく、静かに手を握る程度の反応しか示さなくなった。
「お父様! ねぇ……お父様……。私ね、アルトと結婚するんだよ? お父様にもお母様にも祝って欲しいの。結婚式だって盛大にしたいから、これから準備で忙しくなるんだよ?」
『結婚』という言葉に反応するかのように、国王は静かに目を開けると、顔を少しエリィの方へと傾けた。
目が泳いでいることから、もう視力はほとんど失われてしまっていることが伺えた。
「そうか、アルト君と……。よかったエリィ……幸せに……なるんだぞ……。娘の……晴れ姿……それにいずれは孫の姿も……見たかったな……」
「見れるよ? 何言ってるのよ! これから……この先ずっと見れるじゃない。……お父様お願い、目を閉じないで……手も握ってよ……私の声に反応してよ……お願いだから……お願いだから……」
「ハァ……。エリシア……愛しているよ……。母さんのことを……頼んだよ……」
「いやぁぁぁ……お父様がちゃんとお母様のこと守っていかなきゃ……。これからもずっと……」
国王はもはや尋常ではない程の出血量であり、致死量に到達しているのは明らかだった。それでも何とか気力だけで保っているような……ギリギリの状態で踏ん張っていた。
「アルト君。娘を……エリシアのことを、そしてこの国のことを頼む……」
僕に向けてそう話した国王はこれまでに見たことのない、真剣な顔付きだった。
——ここで返事をすれば、きっと国王様はもう……。
でも返事をしない訳にもいかなかった。
僕は国王の元へ
先程と打って変わり、国王はこれまで見せたことのない優しい笑顔で『ふふ。よかった……』と呟くと、そのまま静かに息を引き取った。
「お父様? ……お父様ッ!! ……いやぁ! いやぁぁぁ……パパッ!!!! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
室内に響く悲嘆の声は、皮肉にも天から降り注ぐ涙の音と共鳴しているように聞こえた。
***
「アルト……パパが、パパが死んじゃっ……ひぐぅ……」
エリィは声にならないほどの嗚咽で、悲しみを全身で表現するかのように僕の腕の中でむせせび泣いていた。
(何で……こんなことになったんだ……誰が……こんなことを……)
心の中ではそう考えていたが、すでに頭の中では結論が出ていた。……つい最近、僕は似たような光景を見たことがあったからだ。
——『魔帝教団エクリプス』……奴らに違いなかった。
(第2の迷宮攻略時に、教団のことをもっと警戒しておけば……)
僕は自身の判断ミスに後悔の念を抱いていた。
——僕たちが悲しみに暮れていると、廊下から何も知らないリンダス公爵の声が聞こえてきた。
「兄上! 大変だ……大変だぞ……。な、なんだ……これは……! あ、兄上?! ……エリシアちゃん、アルト君、2人とも怪我してないか?!」
心配そうな顔と同時に、何が起こっているのか理解できない表情で、リンダス公爵が僕たちのところに駆け寄ってきた。
エリィの状態から、国王が殺害されたことを察したようだったが、受け入れられず確認を求めるかのように僕の方に蒼白した顔を向けてきた。
僕も言葉は出てこず、静かに首を横に振った。
「そんな、馬鹿な……こんなことがあるなんて………兄上……うぅ……」
リンダス公爵は力なく膝から崩れ落ち、国王の前で涙を流した。
「うぅ……そ、そうだ……。アルト君はエリシアちゃんを……いや、エリシア様を連れて早く国外へ行くんだ……奴らが来る前に……」
『奴ら』という言葉の意味も含めて、リンダス公爵が何を言っているのか、最初は分からなかったが、この部屋に来る前に慌てふためいていた様子であったことを思い出した。
「何か、あったんですか?」
目の前の惨劇以上のことがあるものかと思っていたため、何を慌てているんだと少し呆れた様子で答えてしまった。
「『サリエラ法国』と『ガルディア帝国』の精鋭部隊が大軍でうちに攻めてきてるんだ……。数はおよそ——350万人」
——精鋭部隊が350万人?!
「こっちの勢力は……?!」
「貴族たちは全員が
王城の戦力。
……衛兵たちは無惨にも皆殺しにされている。
……貴重な治癒魔法師は見当たらないことを考えれば、捕虜にでもされているのだろうか。
……そして宮廷魔法師の大半は、極秘に王妃様を探すために国外へ。
王城の戦力は皆無に等しかった。
……そしてこの瞬間、僕の中で点と点が線で繋がった。
「『サリエラ法国』の目的は最初から、ヴァーミリオン王国そのものへの侵略だったんだ……」
だから、『魔帝教団エクリプス』を使って王妃様を誘拐し、王国最強戦力であるエリィを一時的に国外へと連れ出す機会を作り……そして王国の要である国王を……。
(なんでもっと早く気付かなかったんだ……。それに僕がもし魔帝であると、最初の迷宮攻略の時点で公表していれば……)
そうしていれば、きっと『サリエラ法国』はこの作戦を途中で止めたに違いない。
つまり、この惨劇を生み出したのは僕自身だった。
——エリィを悲しませたのも……。
——国王を失うことになったのも……。
——衛兵たちを変わり果てた姿に変えてしまったのも……。
——全て僕の覚悟が足りていなかったからだ。
——許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない。……自分の考えと覚悟の足りなさが許せない。
その時、僕の中で何かのスイッチが切り替わる音がした。
(僕は魔帝じゃない。でもその存在が大切な人を守るために役立つのなら……俺は、魔帝になるべきだ)
僕は制服を脱ぎ捨て、玉座の側に置かれていたフード付きの漆黒のローブを羽織った。
「あ、アルト君?! 一体どこへ」
「リンダスさん……エリィのことお願いしますね」
「アルト……? 行かないで……やだ……。今はどこにも行かないで……」
「来るなッ! 君はここで待っていてくれ……」
僕は自分でも驚く程に、エリィに向けて冷たくそう言い放った。
突然の豹変っぷりに、エリィはビクッと怯えたような反応を示す。
(……戦場にエリィを連れて行く訳には行かない。ならいっそのこと怖がらせるくらいがちょうどいいか)
「アルト……? やだよ……待ってよ!!」
僕の目は、きっと淀んだ灰色にでもなっているだろう。今はエリィの言葉ですら、心の奥まで届くことはなかった。
(……もう二度、君を悲しませるものか。全ての元凶である『サリエラ法国』も『魔帝教団エクリプス』も……加担する貴族どもや『ガルディア帝国』も。全てをぶち壊してやる……)
僕は本気の移動速度で、王城から出て行き『サリエラ法国』と『ガルディア帝国』の総勢350万人が待ち受ける、ヴァーミリオン王国付近の平地に一瞬で移動した。
『魔帝アルト』VS 『サリエラ法王率いる総勢350万人の精鋭部隊』
……今ここに、異世界の歴史に残る戦いが始まるのであった。
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次回、第21話 『魔帝アルト降臨』へ続く。
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