第18話 王妃様の救出

 何重にも防御結界が張り巡らされた、堅牢な扉の中には、家族想いの魔物族七将軍が1人——ハイオークのピグの妻と子供たちが、閉じ込められているらしい。


 扉は確かに結界魔法の影響を受けているらしく、その証拠に、扉の前には鮮やかな紫色の電飾が施されているかのように、魔法陣のようなものが輝いていた。


(さすがに……頑丈そうだけど、いつも通りにすれば余裕でしょ)


 僕は〈 ゴブリンロード 〉のお腹を貫いた時と同程度の力を拳に込めたまま、扉へ向けてパンチを繰り出した。


「ハァァァァァァ!!!」


 拳と扉が接触すると同時に、ほのかな輝きが段々と眩しい光を放つように変化していく。


(なっ……押し戻され……!!!)


 ——バチンッ!!!


 激しい音を立てながら、一際眩しく光ったかと思うと、結界の影響で行き場を失った破壊的な力が反射され、勢い余って僕自身が後ろに退くこととなった。


「ま……まじかよ……」


 僕の驚く表情を見てか、ピグは少し肩を落としたように見えた。


「そでは5年前から準備されてきた、物理も魔法も完全に遮断する万能結界だ……」


「ま、待て! 5年前だって?! 王妃様の誘拐は3年前だぞ? それよりも前から誘拐が目論まれていたのか?!」


 ピグは顔を落としながら、答えない。


 どうやら交渉した事を守らなければ、真実は語らないつもりらしい。


(チッ……だったら3割で……)


 拳をギュッと握り、今度は3割ほどの力を込める。


 ——ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!!


 あまりの力の圧力に、空気が振動し迷宮内に鈍い音が響き渡る。


「いっけぇぇぇぇぇ!!!!!」


 先程の倍以上の力でパンチを繰り出したが、同じように鮮やかな紫色に光輝く多重結界に阻まれ——


 ——バチンッ!!!!


 先程以上の力の濁流が僕に襲いかかり、大きく後方へと吹き飛ばされてしまった。


(クッ……これでも開かないのかよ!!)


 うまく受け身を取り、着地することはできたが、厄介すぎる結界を前に額から冷や汗が流れ落ちる。


 今の光景を見て、ピグも厳しさを悟ったらしい。


「や、やっばりムリだ……数年掛かりで組み込まれた完璧な多重結界なんて壊ぜない……」


 ピグの弱気な発言を右から左へ受け流し、僕は再度扉と向き合った。


 この世界に来てから、強すぎる自身の力に翻弄され手を抜いてきたが、出し惜しみをしている場合ではない。


 僕は右手の拳に5割の力を込めた。



 ——ゴゴゴゴゴッッッッ……ピシッ……ピシッ!!


 先程同様に鈍い音が迷宮内に響くが、圧倒的すぎるその力の波長だけで、迷宮の壁や地面に切り込みが入っていく。


「な、なんて……ぢからだ!!」


 ピグもその力に圧倒されたようで、恐れるかのように後退りを始めた。


 僕は静かに目を閉じて、息を整える。


 ——ただひたすら、真っ直ぐに……。


 ——ただひたすら、最速に……。


 ——ただひたすら、多重結界を破壊することだけをイメージする。



(——いくぞっ!!!)


 両目をカッと見開くと同時に、一瞬で扉の前へと移動し、体重を乗せた破壊拳が結界に接触する。


 ——ビキッ……ビキッッ!!


 結界はこれまで以上に濃い紫色に輝き、必死の抵抗を見せているかのようだったが、耐えきれなくなっているのか、魔法陣に亀裂が入っていく。


(このまま……押し切る!!!)


 ——ビキッ……ビキビキッッッッ!!!


 亀裂はどんどんと広がっていき、そしてついに……


 ——パキッ!!!!!!!


 多重結界を完全に破壊することができた。


「ははっ……やったぜ———」


 ただ、破壊拳の勢いは止まることなく、そのまま結界を失くした扉へと接触することとなった。


 頑丈そうな扉は、一瞬にして木っ端微塵に消し飛んでしまった。


 逆風が吹き荒れ、僕と後方にいるピグは飛ばされないようにその場で踏ん張った。


「あ、あいだ!! オマエすごい!!」


 風が止み、辺りが静かになるとピグは喜んだように僕のことを褒め称えてくれた。


「家族に会える……オマエ達! オデだぞ!!」


 ピグは扉を失った奥の部屋に入って行こうとしたが、僕は反射的に肩に手をやり、行くのを阻んでしまった。


「何するんだ!?」


 扉を壊し、逆風が吹き荒れると同時に鼻腔を刺激した嫌な匂い……。


 それは焦げ臭さに混じった血と脂の焼ける形容し難い異臭だった。


「見ない方がいい! その先は……」


「何を言っでるんだ?! 家族との面会を邪魔じないでぐれ!」


 ピグは僕の手を振り払うと、奥の部屋へと駆けて行ってしまった。


 そこに広がった光景を見た途端、ピグの身体がワナワナと震えながら力なく膝から崩れ落ちた。


 ……そして暫くの沈黙の後。



 ——グァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!



 悲しみの全てを曝け出すかのように泣き叫ぶピグの声が、迷宮内を包み込んだ。


 僕もトボトボと奥の部屋へと歩み寄り、その光景を目に焼き付けた。


 真っ黒に焼け焦げたハイオークの子供達……。


 1番身体の大きいのは、ピグの妻だろうか。小さな子供を護るかのように抱き抱え、最も卑劣な焼かれ方をしていた。


(……『魔帝教団エクリプス』……魔物とは言え、無抵抗で害のない家族や子供達まで巻き込んで……ここまでするのか)


 僕の胸の奥でこれまでに感じたことのない、燃え盛るような強い憤りを覚えた。


「アルト……オデ……『エクリプス』許さない……。力をかじで欲しい……」


 悲しみに打ちひしがれながらも、ピグは僕に向けてそう話した。


(アルト……か)


 ピグが僕のことを『アルト』と呼んだのは、たまたまなのかもしれないし、僕を利用する為かもしれない。それでも名前を呼び、頼ってくれたことは素直に嬉しく思った。


(……でも今は先に情報と、弱りきった王妃様を治癒魔法師に診せることが最優先だな)


 僕の目から見て、王妃様は落ち着いているようには見える。ただ、急に容体が悪化する可能性もあるので、まずは王妃様の無事を確保しなければいけないと考えた。


「ここまで酷い教団なら、いずれ『サリエラ法国』自体を敵に回すことになっても、壊滅させなければいけないと思ってる。……だからその時は一緒に戦おう」


「うぅ……ありがとう……。オデその時までに強ぐなるよ!!」


 簡単に気持ちの整理はつかないだろうが、ピグの心はほんの少しだけ前向きな気持ちへと変化しているのを感じた。


「ピグ、その……約束は約束だからな。すまないけど、ここで起こったことを話して欲しいんだ」


「うん……。ここで起こったこどは、話す——」


 ピグはそう言うと、静かに口を話を始めた。



 ***



 ——ピグから聞いた話は怒りのあまり熱が入っているのかかなり長かったので、僕は頭の中でまとめることにした。



 ——5年前。迷宮を住処としていた、ピグと家族たちは突如外からの侵入者(魔帝教団エクリプス)によって居場所を奪われた。


 その際に迷宮の大改革と扉の改築がなされ、家族と別々にされたらしい。


 そして3年前に教団から1つのミッションが与えられることになった。


『家族に危害を加えられたくなければ、この場に連れてくる人間を見張り続けろ!』


 ……とのことだったらしい。


 まさかそれが、ヴァーミリオン王国の王妃だと言うことは、連れてこられた本人の口から直接聞くまでは知らなかったらしい。


「——で、そこから3年もの間、ずっどここにいで、そんな時にアルトが来たってわけなんだ……」


 ピグは最後にそう付け加えた。


 大体の状況は把握できたが『魔帝教団エクリプス』の、目的がいまいち分からない。


 王妃様を誘拐すれば、王国に動揺を走らせることはできる……。


 ただ、その後何かの交渉材料に使ってくるのであれば、理解できるが監禁したまま生かしておく意味が分からなかった。


「今の時点では、目的は不明か。単に王妃様を連れてきたかった……って可能性もゼロではないしな」


 僕の中ではしっくりきていなかったが、ピグの話を聞き始めてからかなりの時間が過ぎていることが気になり始めていた。


(……やばっ。エリィの大会始まってる……ってか、もしかすると終わってるんじゃ?!)


 僕は事情をピグに説明して、王妃様をお姫様抱っこした状態で迷宮から出る準備をした。


「待ってぐれ! アルト……ごれを!」


 ピグからそう言われ、渡されたのは角笛のような代物だった。


「……これは?」


「これは[ 魔物の呼笛 ]。それを吹くと事前に登録している魔物に居場所を伝えることがでぎるんだ! 教団との決戦の際はこれで呼んでほじい」


 現状の戦闘能力を見る限り、はっきり言って戦力としては全く期待出来なかったが、ピグの気持ちを察して僕は無言で[ 魔物の呼笛 ]を受け取っておいた。


「ピグ……元気出してな……」


 僕は最期にそう伝えて、弱りきって眠る王妃様を連れて迷宮の外へと出た。



 ———————————————————————


 次回、第19話 『勝利と歓喜と悲痛の涙』へ続く。





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