第8話 迷宮(ダンジョン)攻防戦②

 ——ガチャ……ガチャガチャ。


 ゴブリンたちがジリジリと一歩ずつ近付いてくる度に、重そうな装備の音が周囲に反響する。


「オマエ、イラナイ。オンナ、ヨコセッ!」


 僕がゴブリンの前に立ちはだかると、悪臭を放ちながらよだれを垂らす汚らしい口からそう告げられた。


「悪いけど、お前らみたいなゲスに渡す訳にはいかないんだよね」


 僕の後ろで回復魔法を使用するエリィを横目に見ながら、そう返事した。


「オマエ、ヨワイナ? ザコニ、ヨウハナイ」


(……ザコだって?! 見抜かれてるじゃないか、ちくしょう)


『何とかしてみる』とエリィに格好つけたまではいいものの、武器も持っていなければ、魔法も使えないので対処法がまるで分からない。


 ……その焦りが表情に出てしまっていたのかもしれないと思った。


(じゃあどうする? 先日の貴族と決闘した時のように、指パッチンでも——いや、こんな閉鎖空間であの規模の火柱を出せば周囲の酸素まで燃焼されて、酸欠を起こしかねないか……クソッ!)


 中々思考がまとまらず、ついイライラしてしまう。


 目の前のゴブリンたちも理由の一つだが、この場に来た時から肌に突き刺さるように感じている『何か』の殺気に気を取られすぎている……というのもあった。


 額から冷や汗が流れて頬を伝い、ゆっくりと顎に滴る。


 ロクに対処法も思い浮かばず時間だけがただただ過ぎていき、ゴブリンたちは時期に目の前まで辿り着きそうだった。


 そんな時、後方から絞り出すようにかすれた声が聞こえてきた。


「うぅ。……エリ……シア王女様、アルト……君……」


 どうやらエリィの治癒魔法のおかげで、ロンの意識が戻ったようだ。


「まだ無理に喋っちゃダメよ。怪我は治せても出血が多すぎるから、専門の治癒魔法師のところで診てもらわなきゃ——」


 エリィが説得している途中で、ロンは腕を掴み首を少し傾けた。


「——あいつ……ら、扉から勝手に……出てきて。俺のこと……より……マリアを……助けて……くださ、い」


 出血量が多いためか、言葉は途切れ途切れでしか出ていなかった。それでも虚ろな意識の中マリアの安否を第一に考えてることだけは確かだった。


(クソッ……優先すべきは、まずマリアさんの救出だな)


 幸いにも僕たちにヘイトが集まっているため、ゴブリンたちはマリアの周囲からは離れている。


 ——僕とマリアまでは、直線距離でおよそ150メートル。


 100メートル走で13秒台の僕からすると、約20秒走り続ければ辿り着ける計算だ。


 敵陣の中心へ一直線に、20秒間も無防備に晒されながら突っ走る……普通に考えれば無謀にも思えるが、それでもやるしかなかった。


 僕は覚悟を決め、左脚で地面を強く蹴り上げ、走ろうとした……のだが——


(え? ええぇぇぇぇ!! 何だこれッ!!!)


 目の前の景色がグニャッと歪んだかと思うと、1秒もしない瞬く間にマリアの元まで辿り着いた。


「アルトすごい! 一瞬でっ!! ……今のって空間を超越する起源魔法オリジン——『瞬間移動テレポーテーション』なの?!」


 エリィは興奮したように大声を上げていた。


 距離は離れているのだが、迷宮内で音が反響するため僕のところまでエリィの声は届いていたのだった。


(いや、ただの地面を強く蹴っただけなん——うわっ!!!)


 今度はハイスピードで移動した影響により、時間差で暴風が吹き荒れた。


 僕はマリアを、エリィはロンをそれぞれの場所で必死に庇い、飛ばされないようにした。


「ナ、ナニガオコッテ、イルンダ?!」


「ウ、ウワァァ……ニ、ニゲ、ルゾ……」


 まさしく台風の日のような "ゴォォォォォォォォォォ" っという轟音の最中、ゴブリンたちが驚き逃げ惑うような声を聞いた気がした。


 ほんの数秒間であったが、まるで数分間続いていたかのように感じた暴風が収まり周囲を見渡すと、あれだけ威勢の良かったゴブリンたちは皆吹き飛ばされ、地面に伏せていた。


(……今のってまさか、僕が移動した時の猛スピードの余波が暴風を引き起こしたのか?!)


「す、すごいわ……アルト。今のって……」


 エリィは、いつの間にか魔法でロンを運びながら一緒に傍まで来ていたらしく、喜びに体を震わせ先程以上に興奮した様子で話し始める。


「今のって——起源魔法オリジンの中でも風属性最高位魔法——『暴風の審判ジャッジメント・ストーム』ね!! あはぁ、この目で実際に見れる日が来るなんて大感激だわ!!」


 目をキラキラと輝かせ、両手を握り締めながら僕の方をじーっと見つめてきた。


(……や、やめてくれ。ただ走ろうと思って地面を蹴っただけなんだってば……)


 いつものことながら、そんな僕の心の声が聞こえるはずもなかった。


「それより、エリィ! マリアさんも治癒した方が良いか見なきゃ!」


 エリィと一緒にマリアの状態を確認するも、頭から出血はあったが既に止まりかけており、その他の外傷はなさそうだった。


(まぁ、彼女の場合は心の傷の方が深刻かもしれないな……)


 そう心配しながら、マリアを運ぶために抱き抱えた。


「さぁ、エリィ。みんなで一緒に迷宮の外へ出よう」


「——オイ、ドコニイク! ニンゲンッ!」


 その声は当然ながらエリィからの返事ではなく、背後で唐突に響く見知らぬ声だった。


 先程までのゴブリンのものとは違う、野太い声に悪寒が走る。


 僕たちは反射的に少し距離を取り、声の主の方へと振り返った。


(……そうか。ずっと奥の方から感じていた殺気の正体はこいつだったのか)


 それは通常のゴブリンの数十倍もの大きさを誇り、鍛え上げられた筋肉質な両腕と、まるで巨木のようにがっしりとした両脚は生物として別格の存在感を放っていた。


「ワガナハ〈 ゴブリンロード 〉。コノセカイヲ、シハイシ、マモノタチノ『オウ』トナルソンザイダ!」


〈 ゴブリンロード 〉はそう話すと、背中に携えていた身の丈と同じくらい巨大な斧を取り出し、片手で軽々と振り回して始めた。


「隙だらけよ! ——ざわめく風よ。大気よ。数多あまたを切り裂く刃となりて万物を細断せよ。——『風刃エアロカッター』!」


 完全に不意を突くように、エリィは魔法の詠唱を始め〈 ブラッドバッド 〉を細々と切り刻んだ『風刃エアロカッター』を、勢い良く発動させた。


風刃エアロカッター』は前回のものより洗練されており、魔法素人の僕ですら、その密度の濃い風の刃に感嘆するほどだった。


 巨大な斧を振り回すことに夢中な〈 ゴブリンロード 〉は防ぐことも避けることもせず……一直線に飛ばされた『風刃エアロカッター』はまともに顔面へと直撃した。


「ふふ。身体が大きいだけで、大したことなかったわ——え?」


 エリィの中では、首から上は細断され血飛沫が上がり……巨大な体は力なく崩れ落ちると考えていたのだろう。


 だが〈 ゴブリンロード 〉には全く効かなかったらしく、平然と斧を振り続けていた。


「そ、そんな……ありえないわ。私の『風刃エアロカッター』は間違いなく直撃したはずよ! それなのに無傷なんて……」


 エリィは真っ青な表情で目を見開き、体をガタガタと震わせながらそう呟いた。


「ハッハッハッハッ! ドウダッ! コノキンニク!」


 斧を振り終えた〈 ゴブリンロード 〉は自慢げに僕たちの方へと振り向く。そしてエリィの表情から何かを察したらしく——


「——ン? モシカシテ、イマナニカシタノカ?」


 などと、とぼけた素振りで顔をボリボリと掻き始めた。


 ——カランカランッ……。


 エリィは手から魔法杖を放してしまったらしく、床に落ちた音が迷宮内に響き渡る。


 そして今度は自身も魔法杖に続くように、ストンッと膝から力なく座り込んでしまった。


「あ、あぁ……。こんな敵どうしたら……」


 あれだけ得意げにしていた魔法が全く効かないほどの実力差に、エリィは完全に戦意を失ってしまっていた。


「ナンダ? モウオシマイカ?」


〈 ゴブリンロード 〉は完全にこちらを舐めきっているらしく、またまた斧を振り回して遊び始めた。


(これは……まずいな)


 エリィまで戦闘不能になれば、1人で3人を護らなければいけないということになる。


 この状況でそれを選択するのは、共倒れになりかねない。


 ——なら、僕の選択は。


「エリィ! ……エリィ!! ……エリィ!!!」


「あっ……」


 3回目でようやく反応を示してくれたエリィの肩を両手で支えながら、何とか立たせてみる。


 恐怖と絶望で足がすくんでいるらしく、全く力が入っていなかった。


「エリィ、よく聞いて欲しい。魔法でロン君とマリアさんを同時に運びながら移動することは出来る?」


「……多分。出来ると……思う」


 少し自信がなさそうであったが、今はエリィの『出来る』を信じることにした。


「よし! それじゃあ2人を連れて迷宮から脱出するんだ」


「え……やだよ。嫌だ……そんなことしたら、アルトが……アルトが死んじゃう!」


 両眼いっぱいに涙を浮かべながら、エリィは必死に抵抗する。


 いつもは強気で気品に溢れる完全無欠な王女様だが、こんな時に自分の心の内を曝け出して涙を流す姿を見て、エリィも女の子なんだと実感した。


 ……いや、こんな時だからなのかもしれないけど。


「頼むよ。外に出たら、急いで助っ人を呼んできて欲しいんだ」


 しばらく抵抗を続けたエリィだったが、いよいよ観念したようで、うなだれながら頷いた。


「分かったわ……。私が先生たちを連れて戻るまで絶対に生きてて! 絶対だからね!」


 エリィは去り際に大粒の涙を零すと、魔法でロンとマリアの2人を運びながら、迷宮の入口へと走っていった。


(さて……ここからが本番だな)


「ハァ……ノコッタノガ、オマエミタイナ、ザコトハ……ガッカリダナ」


〈 ゴブリンロード 〉は首をすくめながら傾げ、小馬鹿にしたように笑ってきた。


(……正直言うと、こんなデカくて、エリィの魔法が全く効かなかったようなやつに……勝てるはずがない)


 普通ならそうとしか思えないが、僕は今までを振り返ってみていた。


 ——〈 キングズリーベア 〉の時、貴族との決闘の時、そして先程のゴブリンたちと対峙した時……。


 これらの戦いから考察すると、明らかに僕の身体能力が超越しているが故に起こったことなのではないか……という結論に辿り着いたのだ。


(モノは試しようだよな……)


 自分の考察に、ある程度の自信があった僕は〈 ゴブリンロード 〉を挑発してみることにした。


「……来いよ」


 右腕を指先までピンッと伸ばすと、手のひらのみ内側へ素早く2回折り曲げた。


「ギッ、ギギギギッ! コノザコフゼイガッ!! コウカイサセテヤルゾッ!!」


〈 ゴブリンロード 〉は怒りのあまり、勢い任せに巨大な斧を振り下ろした。


 それでも大気が振動し、迷宮の壁を破壊してしまうと思えるほど洗練された見事な技——のはずだが、僕にはただのスローモーションでにしか見えない。


 ……この時点で、僕の考察は確信へと変わった。


 一方でしっかりと斧を振り切った〈 ゴブリンロード 〉は、確実に僕を倒したと思っているらしかった。


「フーーッハッハッハッ!! ザコメッ!! ワガセンレンサレタ、ワザデマップタツニ……ナッ、ナニッ?!」


 声高々に勝利宣言までする〈 ゴブリンロード 〉が、驚くのも無理はない。


 明らかに体格差があり、特に筋肉質であるわけでもなく、更には魔法も使えない存在感の薄い……ただのモブな僕に、で斧を止められているのだから。


「ん? ザコ風情に後悔させてやるんじゃなかったのか?」


 僕はあえて追い討ちかけるかのように挑発し、微笑みかけながらそう話した。



 ———————————————————————


 今回で〈 ゴブリンロード 〉戦の最終までいく予定が……。


 文字数の加減で次回にさせていただきます。


 楽しみにしていただいていた、読者の皆様方すみません。


 次回『ゴブリンロード』にて、お楽しみいただけるように、より一層頑張って創作します。


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