第6話元がいないクラブにて 

深夜11時半、吉祥寺のクラブではミサキがユリに怒っている。

「ユリ!」

「元君がいないじゃない!」

「どうして?」

「あんた、変なことしたんでしょ!」


そのユリも機嫌が悪い。

「知らないわよ!」

「お昼までは一緒で、いつもと同じ!」


ミサキは顔に朱が入った。

「はぁ?」

「調子に乗って元君を食べ過ぎたんでしょ!」

「だから嫌がって来ない!」


ユリも負けてはいない。

「ざけんじゃないよ!」

「ミサキが嫌で来ないんじゃないの?」


見かねたマスターがなだめる。

「よせ!みっともねえ」

「ここに来るのも、来ないのも元君の勝手だ」

「酔っぱらった元君を連れ帰るのも、お前さんたちの勝手」

「そもそも、元君に、その意思はないだろ?」

「あれだけ飲んで、タクシーに乗る時なんて、意識もないぜ」


マスターの言葉で、ユリとミサキは、少しおさまる。

ユリ

「それはそうだけどさ」

ミサキ

「身体が、元君を食べたくてさ、つい」


クラブのドアが開いて、エミが入って来た。

「あれ?元君は?いない・・・」

「つまんないな」

「ミサキもフラれた?」


またムッとするミサキを見て、マスターはエミに小言。

「エミ!余計なこと言うんじゃねえ!」

「さっきも、こいつら、猫の喧嘩みたいで叱ったんだ」

「来るも来ないも、元君の勝手だってことさ」


エミは、「まあ、そうだけど」と返事。

それでも、ため息をつく。

「どこで何をしているやら」

「今時、スマホも持ってないんだから、連絡もできない」


ミサキも首を傾げる。

「何で持たないのかな、世間との接触を避けて?」

ユリは腕を組んだ。

「誰かに追われて?・・・借金もないよね」


マスターは苦笑い。

「まあ、聞いた話では、金には困っていないよ」

そして、難しい顔。

「とにかく、事情があるらしい」

「こんなクラブで弾くには、もったいない腕」

「でも、決して、表には出ない」

「そういう事情があるんだとさ」

「だから、でたらめの生活を続けてる」


エミ

「その事情を知りたいよね」

ミサキ

「でないと、もったいないよ、あの子の腕」

「何とか、活かしたい、たくさんの人に聞かせたい」


ユリはマスターの顔をじっと見る。

「マスター、事情を知らないの?」

「本当は、多少は知っているとか?」


マスターは、手をヒラヒラとさせ、水割りを作っている。

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