第3話「それじゃあ、体力検査です。フランクさんには、薪を運んでいただきます!」

 ――ルシール・フォン・アッシュフィールド。

 受付嬢ちゃんなんて認識していたけど、彼女の本名がこれだ。

 ルシールという名前は憶えていたが、ミドルネームは忘れていた。


 つい先ほど、彼女の持っている書類が目に入ってしまって再確認した。

 ギルドの運営する冒険者保険。

 その検査員として正式に選ばれている旨の記載があった。


 ……これは、冒険者業界に詳しくないと知らない話なのだが、ギルドはその機能の大半を酒場に業務委託している。たとえばギルドに持ち込まれる依頼は、その難易度や種類、数に応じて酒場ごとに割り振られる。


 そんな酒場を通じて冒険者たちは仕事を請けるのだ。

 ギルドから直に依頼が回ってくることもなくはないが、それは基本ではない。


 ルシールちゃんが受付嬢なのもそれが理由だ。

 彼女の両親は『銀のかまど』という酒場をやっていて、彼女はそこの娘さん。

 2年くらい前からだろうか、成人を機に店を本格的に手伝うようになった。


 今回、ギルドが運営する冒険者保険の検査員をやっているのもその繋がりだ。

 俺が冒険者ギルドを追放されることが決まってから、保険はどうなるのかを確認したら、いきつけの酒場の人間に判断させると言われて今日がある。


 てっきり店主の親父が検査員だと思っていたが、どうも親父さんは不在らしい。


「それじゃあ、体力検査です。フランクさんには、薪を運んでいただきます!」


 先ほどまでの酒場から移動して、酒場の近くの物置に連れてこられた。

 薪を運ぶのは別に構わないのだが、これは検査なのだろうか。


「……男手が必要だからかい? ルシールちゃん」


 こちらが向けるジトっとした視線を、スイーっと避けるルシールちゃん。

 まったく、この歳で冒険者どもを相手にしているだけはあって、したたかだ。


「あ、あはは……夜に備えてかまどに薪を運ばなきゃいけなくて。

 でもこの薪は規格が決まってますから、一度に持てる量、運べる量で検査になるのは本当なんです!」


 ……そういう裁量があるというのは、別に疑う話でもないか。

 問題はどっちかというと、今の俺が男手足りえるのかということ。

 ルシールちゃんを見上げるようになってしまった今の俺が。


「っ……いや、待って、え――?! こ、こんなに重いのか……ッ?!!」


 均一的な大きさにカットされた薪を持ち上げようとして、できなかった。

 ッ、クソ、男なら持てるだろうと大きくカットしやがって!

 おかげで今、ルシールちゃんが困っているんじゃないか。


「なるほど。確かに筋力は著しく低下しているみたいですね。

 では、フランクさん。魔力を使ってみてもらえますか?」


 薪を持ち上げようとして持ち上がらない俺を見ながら、書類に何か記しつつ、ルシールちゃんがそんなことを言ってくる。


「身体強化系の魔法か……専門外なんだが」

「でも、基本的な奴くらいは使えますよね?」

「まぁな。戦場に出る魔術師にとっては基本のキだし」


 いくら剣士と組むとは言え、魔術師が肉弾戦に巻き込まれる可能性は高い。

 そんな時、急場をしのぐために身体強化で逃げ切ることはギルドが教えてくれる数少ない基本魔法のひとつだ。もっとも、長けた魔術師なら速攻攻撃魔法で切り抜けるのが定石になってほとんど使わなくなるが。


「魔力の使用量は5%くらいでお願いします。それが今回の検査の下限なんで」

「あ、ああ。5%か……分かった」


 自分自身でさえ、今の魔力量を把握し切れていない。

 魔力写しの水晶は砕けてしまった。

 ――そんな中での5%か。今、俺にそんな操作ができるのだろうか。


「3,2,1――」


 10年以上も魔術師としてダンジョンに潜っていると、たいていの魔法に詠唱は要らなくなる。覚えている魔術式を頭の中で走らせて、魔力を沿わせて形にする。それだけで大抵のことは具現化できる。


 けれど、それにも集中が必要で、俺にとってのスイッチがこれだった。

 3,2,1――そう声に出して数える間に、意識を冷やし、魔術師として必要な集中力を呼び出すのだ。


「――おお、軽々ですね。流石はフランクさん」


 20本程の薪を抱えて持ち上げた俺を見て拍手してくれるルシールちゃん。

 自分でもまさかここまで劇的に変わるとは思っていなかった。

 さっき持ち上がらなかったのが嘘みたいに、軽々……。


「……あれ、俺失敗した? これで保険降りなかったり……?」

「ど、どうでしょう……? とりあえず素の身体能力は落ちてますからね」


 冷や汗をかいているルシールちゃんを見てると、やらかしたらしいな。俺は。

 まぁ、変に魔力を抑えたところで女神の天秤が傾くだけだ。

 そう考えれば、こうなってしまうのも当然の範疇、と思うしかない。


「とりあえず運んじゃうよ、薪。お店開けるのに必要なんだろ?」

「えへへ、手伝ってもらってごめんなさい……」


 1本の薪を持ったルシールちゃんと並んで、店へと戻る。

 ……しかし、ルシールちゃんでも持てる薪を、今の俺は持てなかったのか。

 本当に、か弱い身体に成り下がったものだ。


 今までは他人の言う「重くて持てな~い」を怠慢だと思っていたが、いざ自分が持てなくなる日が来るとはな。

 だが、それでいて少し魔法を使うだけで本来の自分よりも凄まじい力を出せる。


『――新しい身体と付き合うのには根気がいるよ。

 なるべく早く、そして早さよりも確実に自分の力と限界を知ることだ』


 かかりつけの医者がそう言っていたのを思い出す。

 保険が降りるかどうかを見極めるためだけとはいえ、この検査には発見が多い。

 バカみたいに跳ね上がった魔力量、見た目相応に落ちた筋力。


 27歳のおっさんが、10代前半の少女になってしまったこの呪い。

 その本質を、俺は一刻も早く掴まなければいけないんだ。

 新たな人生に慣れるために。そして、この呪いが解けるのか否かも見極める。


「ありがとうございました、フランクさん。それじゃあ、検査を続けましょう」

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