手を差し伸べて

波は静かに時を告げる。

何が起こり得るかわからない。

何かの予感だけであったのかもしれない。

波の音は京助にどのように響いたのであろうか。


「大丈夫ですか?」

「あれ、わああ、どうしてここに?お前、許してくれ」

「どうされましたか?」

「お前、許してくれ」

「大丈夫ですよ」

「かやのさん、ここは海ではないのですか」

「はい、私はかやのという名前ではありませんが、ここに倒れれられておりました」

「病院へ行きましょうか?」

「ここは、どこですか」

「ここは東京ですよ」

「あなたは?」

「私は美雪といいます。ここに倒れられていて」

「そうでしたか。大丈夫でしょうか」

「大丈夫ですが、頭が混乱しております」

「そうですか、それでは近くに私の家があります。そこでしばらく休まれてはどうでしょうか?」

「よろしいですか?」

「はい」

「それでは少しだけ休ませてください」

「お母様、海辺で倒れられた方がいらっしゃって。しばらくベッドで休んでもらおうかと」

「ああ、そうですね。ここは狭いですよ」

「ああ、婆や」

「誰ですか、婆やとは」

「やはり、帰ります」

「大丈夫です、しばらくゆっくりされて下さい。ご自宅はどちらですか?連絡しましょうか」

「いえ、しばらくだけ休ませてください。すぐに帰りますので」

「お茶でもどうぞ」

「本当にあなたは、かやのさんではないのでしょうか」

「いえ、私は美雪といいます。向こうにいるのは私の叔母です」


俺は一体どうなっているんだ?

それに、酒はやめたはずじゃないか。

屋台で少し飲んだだけ。

幻覚はありえない。

しかし、何故か酒がほしい。

駄目だじゃないか。

あれだけやめると決心したのに。


「お疲れはとれましたか?」

「美幸さん、お願いがあるのですが、お酒は少しだけでもいいのですが、ありませんか」

「ありますよ。少しだけ飲まれますか」

「はい」

「それでは、少しお待ちください。日本酒が少しありましたが」

「なんでもいいです。ありがとうございます」

「どうされましたか。突然に涙を流されて」

「いえ、実は私はアルコール依存症なのです。どうすればいいのかわからなくて」

「やめないといけないと思っているのですが、やはり、飲んでしまいました」

「そうだったのですね、でも、あまり無理しなくてもいいのではないですか?」

「やはり、やはりやめておきます」

「わかりました。私でよろしければ力になりますよ。そのように涙を流さなくても」

「いえ、僕は、駄目な人間です」

「どうしてですか」

「酒をやめることができなくて、今ですら欲しくなりました」

「大丈夫です。今から頑張ればいいじゃないですか」

「そうですね」


ここで時を過ごした


「京助さんもうお酒はやめることが出来たではないですか」

「それは、美幸さんがそばにいたからかもしれません」

「どうしてですか?」

「それは・・・」

「あんたは疲れていたのよ。今からも此処で過ごしなさい。決して酒は飲まないというならね」

「よろしいでしょうか」

「はい、大丈夫ですよ。そうですよね」

「叔母様」

「ああ、いいとも」

「きっと、いえ、必ずこれから飲むことはありませんよ」

「そうでしょうか、時々、畳からうでが伸びて来たり、幻覚を見たりします」

「大丈夫です。うでが伸びて来るなら。私が手を差し伸べて挙げます。私で良ければ」

「ありがとうございます」

「大丈夫ですよ」

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