第20話 夏草や......(二)

 宿に戻ってみると、菅生の親子は既に到着して、お姉さんの部屋いた。

 そろ~っと覗いてみる、


「あ、小野く~ん、水本く~ん」


 元気に手を振る菅生の隣で、お母さんがちょっと不思議そうな顔。


「あ、同級生の小野です」


「同じく、水本です」


 ますます怪訝そうな顔をするお母さん。


「コマチさんとヒカルさんて、男の子なの?」


 はい?


 菅生いわく、色々勘ぐられると面倒なので俺たちの連絡先をコマチとヒカルで登録していたらしい。お前なぁ......。


「まぁいいじゃん」


てテヘペロして誤魔化すな。


「コマチは分かるけど、なんで俺がヒカルなの?」


と水本。


「源氏物語の光源氏のモデルは源融だと言われてるらしいからな。あ、真由美さんの学校の教師で小野崎といいます。菅生、よく勉強してるな」


 ご両親にご挨拶しながらさりげなく菅生を誉める小野崎先生。

 エッヘンな顔の菅生に比べてビミョーな表情の水本。


「光源氏ねぇ......」


 いいじゃん、モテモテは事実なんだから。あ、でもローラースケートは苦手なんだっけ?


「で、お姉さんの具合はどうなの?」


とスマートに話題を切り替える水本。さすが、光源氏。


「うん。元気にはなったんだけど、由比ヶ浜からこっちのこと、全然覚えてないんだって。なんで岩手にいるの......って。こっちが聞きたいわよね」


 まぁ確かに。でも、お宿の御曹司、義雄さんとはなんかいい雰囲気で見つめあったりしちゃってるんだって。ふんふん、成る程ね。


「けどさ......」


 由比ヶ浜に一緒に行った友達とその彼氏も駆けつけてくれたんだけど、雰囲気がおかしいらしい。


「お友達の政子ちゃんはともかく、彼氏の宮本さんのことが嫌みたいで、『来ないで!』て凄く怒るの。前まではそんなこと無かったらしいのに......」


 二人はロビーにいるからって言われたんで行ってみた。近くに何気ないふりをして座ってるのは、平野先生と松尾のじいちゃん......だよね。


「いったいどうしちゃったのかしら......静ちゃん」


 と心配そうに顔を曇らせるお姉さんのお友達の北條政子さん。で、彼氏の名前を聞くと......南元由朝さん。


 あ、そりゃダメだわ。

 普通に読んだら、ミナモトヨリトモじゃん。そりゃ嫌われるわ。




「どうかなさいましたか?」


 そこに運良く、というか運悪くというか、源義経の藤原義雄さん登場。背後のフロントで社長の秀雄さんが殺気を放っているのは気のせいじゃないよね?


辺りを窺って、他に人気が無いのを確かめると、平野先生:まさかどさんがすっ......と指を振った。ふぉん、と景色が揺れる。

 空間に浮き上がる甲冑姿で向き合うふたり。秀雄さんに頭巾を被ったお坊さんの姿が、政子さんは昔の女の人の姿が重なる。


「おのれ......」


 と刀に手を掛けそうになる南元さんの背後、こと源頼朝......だろうな、きっと。でも金縛りに合ったみたいにそのまんまの姿勢で動けない。

 いや、たぶん金縛りかけてんだろうな。平野先生が。

 

「きちんと腹を割って話し合いなさい。ここにはもぅ鎌倉の御家人も、藤原の兵もいない。お前達兄弟二人だけだ」


と正装姿の小野崎先生こと小野篁さん、本気モード全開です。

でも、この状態じゃ話にくいよね。俺は平野先生に術を解いてくれるように言った。

 だって、硬直してたら口開けなくない?平野先生の目力で頼朝さんも刀から手を放したし。


「庭に......出ましょうか」


と義雄さんの源義経。南元さんが頷く。


 二人の後を追おうとする政子さんを小野崎先生が制した。


「二人きりにさせてあげなさい」


 真っ青になってソファーに崩折れる政子さん。フロントのカウンターから心配そうに義雄さんの背中を見守る社長。


 で、俺たちはこっそりふたりの後を追った。



ーいた......ー


 庭の木立の深いところ、池の傍らにふたりは佇んでいた、いや突っ立っていた。無言で。

 やっぱりいきなりだからな。何をどう言っていいのかわからないんだろうな。


「やれ、不器用な奴らじゃなぁ......」


と背後から松尾じいちゃんがひっそりと溜め息をついた。

 するとどっからか小さな蛙が出てきて、ふたりの足下の池にポチャリと飛び込んだ。


「......あ、あのときは済まなかった」


 先に口を開いたのは南元さん、源頼朝だった。


「私は........御家人達に支えられて、やっと立っている状態で。彼らの言葉を無視できなかった。......それにお前はどんどん私から離れていって......いや、きちんと話し合うべきだった。私が悪かったのだ」


 頼朝の言葉にうっすらと涙を浮かべる義経の義雄さん。


「もう良いのです。......すべては昔のこと。時は戻せませぬ。けれど......」



義雄さんが、くっと顔を上げて言った。


「私は兄上が好きだった。必死に戦ったのも、兄上を喜ばせたかった。兄上に誉められたかった。ただそれだけです」


 うんうん、と頷く頼朝。そして義経をハグ。


「本当に済まなかった......」


 頼朝の目にもうっすらと涙が浮かんでいる模様。なんか大昔のスポ根アニメのようなシーンだな。


 そして、義経、いや義雄さんがすっとその腕から離れた。


「僕は......今は幸せです。この土地に生まれて、家族や周りの人に大事にされて、幸せに生きてます。だから.......兄上も、兄さんも今度こそ幸せになってください」


 くるりと頼朝ー南元さんに背を向けて、まっすぐに顔を上げて歩き出す義雄さん。きっとまっすぐ社長のお父さんのところにいくんだろうな。


「そうじゃ......それでいいんじゃ。今の幸せを大事に生きるんじゃ」


と松尾のじいちゃん。なんか南元の頼朝さんは項垂れて、なんか難しそうな顔で、少し離れて宿のほうに戻っていった。


今度こそ......って源頼朝って幸せじゃなかったのかな?征夷大将軍になったんでしょ?


「よくは分からないけど......頼朝は暗殺されたかも、って言われてるよ」


 水本が小さく首を振って溜め息混じりに俺に耳打ちした。


「頼朝は結局、義経だけでなく、上の弟の範頼も殺してて、その子ども達、二代将軍の頼家も次の将軍になった実朝も謀殺されて、血筋が絶えてるんだ」


「そんな......」


「その首謀者はね......」


 絶句する俺に水本が視線で示した先には、政子さんが真っ青な顔で立っていた。


「そう......なのか?」


「本当のことは分からないけど、俺たちが聞くべきことじゃないよな」


 水本の言葉に松尾のじいちゃんが大きく頷いた。


「それはあの二人が話し合って確かめ合うことじゃ。......いずれにしても昔のことだ。どう決定するかは、ふたりが決めることじゃ」


 今を生きてるんだから......。


と松尾のじいちゃんは言った。




 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る