第15話 しずやしず....(二)

「小野君に相談があるの......」


 同級生の女子、菅生真由美は思い詰めた表情で庭先に立っていた。


「俺でいいんなら聞くけど...今日は篠原と安達は?」


「ちょっと話しづらいから......」


 ひとりで来たって。


「今日は水本、バスケの合宿でいないぜ?」


 そして今日は俺ひとり。このシチュエーション、ヤバくね? 

 菅生はまぁまぁ可愛いほうだし、期待しちゃうじゃん。


「いいの。私、本当は水本君、ちょっと苦手だし......」


 マジか?


「上がってもいいかな?」


「お、おぅ」


 声が上ずってるって?

 いくら俺が疎そうに見えても、健全な十代男子だよ、ドキドキくらいするじゃんか。


「そこ、座ってて......」


 いそいそと台所に立って、コップをふたつ、氷を入れて居間に運ぶ。菅生の差し入れのカルピス・ソーダをコップに注いで、思わず正座。


「で、相談てなに?」


 三人娘の篠原や安達にも話せないって何だろ? 誰かに告る手伝いとか、俺、出来ないよ。口下手だし。あ、でも歴史がどうとか言ってたよな。俺、苦手なんだけど。


「お姉ちゃんのこと、なんだけど......」


 お姉さん?


 確か菅生の姉さんて東京の大学、行ってたよな。ここいらじゃ美人で有名な人。女子高でミスコン一位になったって噂だけど、俺は会ったことない......と思う。


「お姉ちゃんの様子がおかしいの」


 菅生の話によれば、大学のサークルの仲間と海水浴に行って、それからずっと塞ぎ込んでるんだって。帰省どうするんだ、ってお母さんが電話しても何日も出なくて、お父さんが心配してアパートに行ってみたら、部屋の隅っこで膝抱えてたんだって。で、連れて帰ってきたんだけど、やっぱり部屋に籠って口もきかないんだそうだ。


「彼氏と喧嘩でもしたんじゃない?」


 若い娘ならありがちな話だよね、うん。


「お姉ちゃん、彼氏いないもん」


 あっさり言うね、菅生。あんな美人なのに?


「それにね、家に帰ってきてからずっと、いつもひとりでブツブツ言ってるの」


「ブツブツって何を?」


「和歌みたいなの......」


 ちょっと待て。古典、壊滅状態の俺にそれ訊く?


「だって、小野君、小野崎先生と仲いいじゃん。出来ないわりに」


 出来ないわりには余計だわ。それに小野崎先生は帰省中だよ、冥府にだけど。

 でも、そんなことを言っても仕方ないから、一応訊いてみる。


「和歌って、どんなの?」


「えっとね......」


 菅生は、俺の開きっぱなしのノートに、その歌とやらを書いた。



ーしずやしず しずのおだまきくりかえし むかしをいまになすよしもがなー



......聞いたこと、ありません。古文の教科書にも載ってなかったぞ、そんなの。



「それは『謡』ですね」


頭の上から声。あれ?馬頭さん、いつ帰ってきたの?


「ちょっと様子を見に......。お嬢さん、お姉さんが海水浴行ったのって何処ですか?」


「由比ヶ浜......って言ってたかな。前の日にお母さんにラインが来てて、鎌倉に住んでるお友達と行くって言ってたって......」


 馬頭さんが眉をひそめる。

え?何?ヤバいの?由比ヶ浜って。


「由比ヶ浜は色んな意味でお勧めできませんけど......それはちょっと違う意味のようですね」


 後で聞いたんだけど、由比ヶ浜って昔の処刑場なんだって。ゲロゲロ......。


 とりあえず、調べて連絡するからって、馬頭さんに菅生のラインを聞いておいて、って言われた。

あと鎌倉のお姉さんの友達の名前も後でラインしてくれるように伝えた。


「なんか分かったら連絡するから......」


 俺はそう言って、いったん菅生を返した。だって馬頭さんの表情がいつもと違って、すごく固かったんだもん。


 なに?ヤバいの?やっぱり。


「少しね......。菅生さんのお姉さんの名前、分かりますか?」


「静香さんて......」


「やっぱり......」


 馬頭さん、溜め息。んで、スマホで誰かに電話。誰にかけてんの?


「牛頭です」


 え?冥府ってスマホの電波届くの?


「人間界の物とは別物です」


って、そっち専用なのね。


「それより......」


 馬頭さんが、さっきより怖い顔で俺に向き直った。


「なんか変なことありませんでした?」


「変なことって?」


 俺、まだ何も変なことしてないよ?その気になる前に馬頭さんが帰ってきちゃったし......。


「そうではなくて、誰も来ませんでしたか?菅生さんの他に......」


「隣のおばちゃんが回覧板持ってきたけど?」


「他には?」


「別に......」


「そうですか......」


 馬頭さんはほうっと息をつくと、真剣な顔で俺に言った。


「妙な気配がします。気をつけてくださいね」





 俺はその時、あの男の子のことはすっかり忘れてたんだ。


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