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第34話

 軍に帰還した直後、わたしは無理やりストレッチャーに縛りつけられて、真っ先に手術室へと突っ込まれました。この後、何をされるのかは目に見えていたので、わたしは全力で暴れ、抵抗しました。手枷が皮膚に食い込み、足の裏が誰かの顔を蹴りました。蹴った誰かの歯が折れる音がしました。わたしは全部で五発殴られ、スタンガンと麻酔銃で無力化されました。


 目が覚めると白い天井が見えました。わたしはこの天井を知っています。そして脳みそをぐらぐら揺すられるようなこの感覚も。


『調整』の後、わたしはいつもこうやって、白いベッドに寝かされていました。


 わたしが四年間を経て、せっかく手に入れた『心』は、投薬によって、あっという間に殺されてしまいました。


 久しぶりの『調整』によって、わたしは心身ともに深く疲弊し、しばらく寝たきりの生活が続きました。その間に、軍はわたしにとある手術を施しました。左の首筋の傷。他の子たちが右手につけられていた発信機を、脱走の前科があるわたしには、頸動脈のすぐそばに埋め込まれてしまいました。もうこれで、二度と脱走はできなくなりました。元より、そんな気概はもうどこにも残っていませんでした。


 体が本調子になると、わたしは早速出撃させられました。新調された績隷セキレイは、まるでわたしの手足のように動き、数多くの『敵』を撃墜しました。わたしはアレクサに戻りました。『心』のない兵器の、JP07–99–3043のアレクサに、戻ってしまいました。



 軍に復帰した直後、『心』を殺されたわたしにとって、何がいちばんショックだったか。ショーンが取り上げられたことでもなく、ミハイロワ先生がジョシュアたちを殺したことでもなく、グエン曹長が『楽園』を破壊したことでもありませんでした。


 わたしが『楽園』で『幸福』な四年間の日々を送っていた間に、ニコールが死んでいたのです。仲間の死くらい、過去のわたしにとっては当たり前のことです。少なくともガブリエルが戦死した時、わたしはそれほどショックを受けたりはしていませんでした。なのにわたしは、ニコールの死を思って泣きました。『心』がないはずなのに、グエン曹長に恋をして微笑んでいた、あのニコールの顔を思い出して、さめざめと泣きました。


 わたしに近しい子どもたちの中で、再会が叶ったのはアイゼアだけでした。でも彼もまた、過酷な『調整』と出撃によって、もう兵器としてスクラップ寸前にまで追い詰められていました。わたしの『幸福』な四年間のとなりで、アイゼアは地獄の道を歩いていました。イーサンのお守りを見つけてくれたアイゼア。わたしと彼は何度かともに出撃し、そしてある日、ついに彼は『敵』に撃墜されました。


 イーサン、ガブリエル、アンドリュー、ニコール、アイゼア。みんなわたしを残して先に死に、同じ時期に久我山基地に配属されたパイロットはもう、わたしひとりになってしまいました。――いいえ、わたしが残されたのではないでしょう。わたしは一度、逃げ出したのですから。わたしはイーサンをこの手で殺し、ニコールとアイゼアを置いて軍から逃げ出しました。そして『アレクサ』という名前からも逃げ出したのです。


『調整』は刻一刻とわたしの『心』を奪い、それにともない、『幸福』だったころの記憶すら、次第にあやふやになっていきました。わたしは毎日毎日、くり返し、ジョシュアとショーンの名前を呼びました。ジョシュアの冥福と、ショーンの幸せを祈りました。わたしは神について教えられたことはありませんし、神がなんなのかさえよく知りません。でもそれでも、わたしは神に祈りました。どうかわたしが、ハリエットだったころの思い出を消さないで、と。


   ※


 そうやって二年が経ち、わたしはほんものの廃人になりました。


 いいえ、もはや人ですらなかったと思います。わたしはほんとうに『心』を失い、ただの兵器のパーツに成り下がりました。


 それは軍からしたら、紛うことなき『昇華』だったのだと思います。『機械よりも精密に、AIよりも柔軟に。でも人間の心は排除して』。それが軍のスローガンでした。あの時、わたしはたぶん、ほんものの兵器でした。わたしは軍が所望する、『より完璧な、よりパーフェクトな兵器の一部』に、なれていた、なってしまったのだと思います。


 出撃をくり返し、『調整』は過酷になり、わたしは心だけでなく、体までも削られていきました。幻覚と苦痛に苛まれ、非番の日は日がな一日、ベッドの上でぼんやりしたまま過ごしました。給付が再開された毎月の百ドルは、手つけずのまま口座に積み重なっていきました。したいことなんて何ひとつなくて、眠ることだけがわたしの楽しみでした。眠っていれば、夢を見られます。夢の中では、ジョシュアとショーンが笑顔でわたしのことを待ってくれています。


 でも少しずつ、その夢を見る機会も減っていきました。投薬の影響もあり、わたしの『心』はどんどん平坦になっていって、わたしはついに『考える』という行為すら、手放すようになっていきました。


『楽園』での日々の思い出が、指の間からこぼれ落ちていきました。そして時おり不意に、ジョシュアの奏でていた弦楽器の音を思い出しました。彼の優しい声、優しい腕、優しい笑顔。わたしは布団に、枕に、その面影を焼きつけて、彼に抱かれた時のことを妄想し、日々の夜を眠りました。

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