第23話

 何度か折に触れて話したかと思いますが、イーサンは死にました。紛いものの『心』を持ったイーサン。彼は兵器とは思えないくらいの明るさで周囲を照らしていましたが、その末期はあまりに悲惨で、そして悲劇的なものでした。


 率直に言いましょう。彼は殺されました。他でもないわたしが、彼を殺しました。


 わたしのせいで彼が犠牲になったとか、そんな生ぬるい話ではないのです。みなさんはもうご存知だと思いますが、わたしは彼を殺しました。軍の命令があったとはいえ、わたしはたしかにこの手で、彼が乗ったセキレイ一番機を撃墜したのです。


 正直言って、話さないで済むのであれば、話したくありません。この話をするのは気が進まないのです。――でも、話さなくてはなりません。この出来事なくしてその後のわたしはありませんでしたし、わたしの短い人生において、この話は大きな特異点になったのですから。


 先ほど話したやりとりから、ほんの十日か二十日くらいだったと思います。イーサンは訓練を兼ねた哨戒任務のために、セキレイ一番機に搭乗しました。医療技術者の話によれば、搭乗前のメディカルチェックにはなんら問題ないことが記録に残っていましたし、メカニックやエンジニアたちは、機械に不備などありえないと、かたくなに主張するのです。


 とにかくセキレイは飛びました。そして彼が、基地に向かって光線銃を撃ち始めたのは、飛び立ってから四十七秒後でした。


 わたしはそれを、バスケットコートの中央で目撃しました。

 コックピットにいるはずのイーサンと、目が合った気がしました。


「アレクサ!」


 ミハイロワ先生の叫び声は、爆発音にかき消されてよく聞こえませんでした。祝火針イワヒバリ拝多戈ハイタカが一機ずつ応戦をはじめましたが、イーサンはなおも基地に向かって引き金を引き続けています。


「っ!」


 ミハイロワ先生はカードを投げました。彼女の身分を示すIDカードでした。


 彼女の趣旨を理解して、わたしはうなずきました。IDカードでロックを外し、わたしはフェンスの向こう側に出ました。


「イーサン!!」


 彼のセキレイ一番機と並走しながら、わたしは叫びました。なんで彼が基地を爆撃しはじめたのか、わたしには分かりませんでした。わたしの横を、イワヒバリとハイタカがものすごい轟音を立てて通り過ぎました。


 爆発、炎上。バラバラになったイワヒバリの残骸が、アスファルトの上に落ちてきました。わたしは走りました。格納庫へ。大きな地震みたいに足元が揺れ、爆風がわたしの体を強く押しました。ハイタカも撃墜されました。わたしのセキレイ四番機がある格納庫へ向かって、ひたすら走りました。


 他の機体が次つぎに駆けつけ、交戦する音が聞こえました。


 わたしは一度も、振り返りませんでした。




 セキレイは軍が持っている兵器の中では最強の機体であり、その中でもイーサンはとくに抜きん出たパイロットでした。つまり、この久我山基地において、彼は最強だったのです。脅威レベルとしては、『敵』が大群を持って基地を攻めてきたのとほぼ同レベルでした。


 わたしは誰に何かを言われずとも、四番機にすべり込みました。そこに軍からのメッセージが届いていなかったとしても、わたしはその通りに行動していたでしょう。イーサンは最強であり、その次に強いのは他でもないわたしだったのですから。


 出撃準備が進む中、わたしは考えました。なぜ彼がこんなことをするのか分かりません。でもあの最強のイーサンを押さえ込むには、生半可な力ではダメでした。撃墜するつもりでやらなくてはならない。殺すつもりで戦わなければ、たぶんわたしの方が、イーサンに殺されることでしょう。


 カタパルトから空に舞い上げられるその瞬間、わたしはイーサンのことを考え続けました。ヒナタを好きかもしれないと言ったイーサン。したいことをしてきただけだと、そう言ったイーサン。あの青空を見つめる目も、自分に『心』がないことを語った、あの悲しそうな微笑みも。


 機体が空に舞い上がり、わたしは猛烈な加速を感じました。イーサン機はなおも暴走をやめず、建物を踏みつぶし、管制塔を地面から引っこ抜き、こちらへ投げてきました。


「イーサン‼︎」


 顔を上げました。イーサン機はべつのセキレイと交戦をはじめ、べつのセキレイはあっという間に撃墜されました。五番機で、中のパイロットが誰なのかは分かりませんでしたが、後に聞くと、それはアンドリューだったそうです。


 イーサンが、アンドリューを殺した。


 わたしの中の、何かに火がつくのを感じました。


 そこから先のことは、ほとんど覚えていません。


 空白になった記憶の中で唯一覚えていることは、「ヒナタのお守りなんか、だいじにしているから」と頭の中で、誰かがささやいていたことだけでした。


 その誰かの声は、わたしの声に、とてもよく似ていました。

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