第14話
それはわたしが生まれてはじめてした『選択』だったと思います。後々、わたしはもっと多く、もっと大きな決断を迫られるのですが、それはもう少ししたら、ゆっくりとお話したいと思います。
生まれてはじめてした『選択』。大人たちにどのジュースを買ってもらうかという決断は、オレンジジュースという結果で解決の日の目を見ました。オレンジジュース。くびれたびんに入った、まぶしい太陽の色をした飲みものを、その後、何百回、何千回と口にする飲みものを、わたしは恐るおそるすすったのです。
夏の味がしました。
基地に来てから、二度目の夏が終わろうとしていました。白い入道雲に山奥の雪を思い出し、濃い青空にカエルのいた水場を思い出しました。
飲みかけのオレンジジュースのびんを通して、わたしは空を見上げました。すべてが色鮮やかな
「うまいか?」
リーランド軍曹の問いに、わたしはうなずきました。彼はわたしの髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回し――なでると言うには、少々乱暴な手つきで――、そして彼もまた、轟音に引かれて上を見ました。オレンジジュースのびん越しに見た空の中に、射出されたばかりの殺戮兵器たちが、鳥のように飛んでいます。航空機の編隊も一緒でした。久我山基地の空は、いつも音がしています。機械の無機質で大きな音とともに、いつも何かが、飛んでいました。
「
リーランド軍曹の指が、まっすぐに空を指します。見慣れたブルーグレーの機体が空に溶け込み、太陽の光を遮りました。凝視しなくても、それが誰の機体なのかはすぐに分かりました。セキレイ四番機。わたしとニコールとガブリエルが交代で乗っている、セキレイ四番機でした。
「あれは誰が乗っているんだ?」
「カブリエルです」
ガブリエルはパイロットとして、わたしたち同期の中では、たぶんいちばん劣っていたと思います。それは本人も認めているところで、それでも彼女は懸命に努力していました。暇さえあれば戦闘シミュレーターにかじりつき、過酷な『調整』にも歯を食いしばって耐え、戦場では危険を省みず、誰よりも積極的に『敵』を仕留めに行っていたそうです。
そんな彼女の唯一の楽しみが買いものだったのです。月一回の、毎月百ドルという多いのか少ないのか定かでない金額の中で、ガブリエルは『心』がないなりに、その買いものを楽しんでいたのだと思います。
わたしはガブリエルのことを考えながら、オレンジジュースを飲みました。ブルーグレーのセキレイ四番機は、あっという間に空の彼方に消えました。今ごろ強いGの負荷の中で、『敵』の撃破だけを考えているのでしょう。
「アレクサ」
「はい」
「これ」
そう言ってリーランド軍曹はわたしの手に、札を握らせました。ジョージ・ワシントンの描かれた、一ドル札でした。
「……何ですか?」
「カブリエルが帰ってきたら、買ってやれ」
軍曹はそう言って、親指で自動販売機を指さしました。『心』ある大人の彼は、まるで子どもみたいな笑顔で、ガブリエルの無事を祈ってくれていたと思います。
結論をさっさと言ってしまいましょう。その日、ガブリエルは帰ってきませんでした。
彼女こそが、わたしの身近な子どもたちの中の、最初の戦死者でした。
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