殺戮兵器に心はいらない

山南こはる

【1】

第1話

もしもーし、もしもし? あー、あー。……あ、これでいいのかしら? よかった。じゃあ、はじめましょう。


 こんにちは、わたしはアレクサ。久我山基地に所属している、績隷セキレイのパイロットです。アレクサって言っても、どのアレクサか分からないことでしょう。セキレイのパイロットに、アレクサという名前は割と多いですから。だから一応、もう一回、きちんと名乗っておきます。


 改めまして、こんにちは。わたしはアレクサ。軍の認識番号はJP07–99–3043で、久我山くがやま基地所属の、セキレイ四番機のパイロットです。

 この記録は、AIの口述筆記で書いています。この機能は、とても便利なものですね。わたしは右手がこんな風なので――原因は皆さんご存知かと思いますが、また後々、ゆっくり書きたいと思います――書くということに関しては、軍復帰以降、たいへん不自由していました。もっと早くに、これを知っていたなら――要するに、ヒナタがもっと早く、教えてくれたらということですが――いろいろ見聞きしたものを書き記せたのにな、と思います。たとえば、今目の前に広がる美しい景色とか。基地のいちばん見晴らしのいい高台で、海から吹き上げてくる風を浴びながら、わたしはこれを書き記しているのです。


 早速、話が脱線してしまいました。ごめんなさい。どうもわたしは、お話というものが苦手なのです。


 ……これはわたしの遺書であり、わたしがただの兵器ではなく、人間だったという証明のための記録です。わたしはこの後、出撃を控えていて、大規模な戦闘に参加する予定です。戦局は苛烈をきわめることでしょう。ですから、これはわたしの遺書なのです。わたしはおそらくもう、ここに帰ってくることは許されないでしょうから。


 ……なんだかひとりごとを言っているみたいで、恥ずかしい感じがします。ほんとうにちゃんと記録が取れているのかどうか、少し不安です。


 これは皆さんも知っての通りですが、わたしたちセキレイのパイロットには、『心』というものがありません。人間として生まれながら、完璧な兵器としての行動を求められるがために、『心』を抹消されるのです。


 その処置はとうぜん、わたしの身にも行われていて、やはりわたしもまた、『心』を持たない兵器のパーツの一部として、この世に生を受けました。そんなわたしが自発的に行動して――軍を脱走したり、右腕を切り飛ばしたり――ましてや遺書を綴るなんて、たぶんまともな皆さんからしてみたら、おかしいことなのでしょう。でも、わたしは本気です。『心』のないはずのわたしが本気で綴る『遺書』が、この記録のすべてなのです。


 わたしはわたしの生き方をすべて記録することによって、わたしたちセキレイのパイロットが、ただの兵器のパーツではなく、各々が『心』を持った人間なのだということを、証明したいだけなのです。


 戦争はまだ終わる気配がありませんし、これからわたしが臨む戦いに勝ったとしても、たぶん、戦局は大して動かないでしょう。今この瞬間にもきっと、未来のセキレイのパイロットが、本来持つべきだった『心』を取り上げられた子どもたちが、誕生しているはずなのです。


 ……失礼、前置きが長くなりました。つまるところ、これはわたしの人生の記録であり、ひとりのセキレイのパイロットの遺書なのです。『心』がなかったはずのわたしが、曲がりなりにも『心』を獲得していった道筋を、ほんの少しでもいいから、誰かに覚えていてほしい。そのために、ただただ、これを書き記しているのです。


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