第50話『逃避行の果ての登校拒否』

 ピンポンピンポンピンポーン

 連打されるインターホンが僕に耳を塞がせた。

「あぁ、うるさい! 今開ける、開けるからもうやめて!」

 そうして相手が誰か確認するより先に扉を開けた。

 完全に開くのを待つことなく、一人の男が転がり込んできた。

 いやぁ油断したね。こういう時の為にドアチェーンてあるんだ。

「施設で教えてもらえなかったの?」

 ついてきたすみれが訊いてくる。

 施設出身じゃないけどね。まぁそういうことが言いたかったんだけど。

 最近になってようやく、手当たり次第にやるより、流行りに乗る方が大事だって気づいた。

「それで、じん。どうした? 呼んでもないのに来るなんて。出番を自分から作りにきたのか?」

 少ないもんね。

「そうそう。『作者権限』キャラなら蒼桜あおちゃんがいるし、正直ラブコメの男友達枠って女子に比べて冷遇されがちだし」

「蒼桜と一緒に出るならまぁ需要あるけど、個人となると弱いしな」

 しかし仁は額に汗を浮かべたまま首を振る。

「そんなふざけてる場合じゃない」

 多分、そのままだけじゃない意味が込められてたと思う。

「ごめん、それでどうして来たの?」

 彼に話させてあげるためにも、どうぞと促す。

「…バレた」

「何が?」

「お前らが一緒に住んでるってことが、クラスメートにバレた」

「は?」

「え?」

「何言ってんの? 冗談でしょ?」

「仁君。エイプリルフールはまだ先だよ?」

「いや、マジで。…今、とあるLANEグループが作られてる。参加者はお前ら以外の一年生全員。名前は『恵良えら菫の処女を守る会』」

「しょっ…」

「また随分と卑猥な名前だね」

「とにかく…ほら」

 とスマホの画面を見せてくる。

 そこには、さまざまな人の言葉で、僕への悪口とか、菫への賛美とかが書いてあった。まるで宗教だな。

 ある者は僕らが一緒に住んでいるという情報を流し、ある者はそれを裏付ける写真を提供し、そしてある者は僕らの住所を特定した。

 脱帽レベルの連携。菫がみんなに好かれていることを実感した。

 学校にこんな探偵みたいなスキル持った奴がいたのか。

「使い捨てだからってキャラ濃すぎないか?」

「下手したら、仁君よりも濃いよね」

 遠回しに、仁にスキルがないと言っているようなものだ。

 まぁ実際、彼にあるのは天から与えられたチートの他には並外れた察する能力だろう。作者さんの持っているキャラ設定メモには書いてあるけど、読者さんの何割がそれを認識できるのだろうか。凄いけど目立たない。可哀想に。

「うぅ…そ、そんなことよりもだ。家の近い俺が、グループ発足してすぐに走って来てやったんだ。もう住所が広まってる。それ見たやつよりは早かったけど、すぐに囲まれるぞ」

『市東! 市東! この家にいるのは分かっている。さっさと出てこい!』

 拡声器を使って無条件降伏を呼びかける同級生。

『お前らは完全に包囲されている。恵良菫はみんなのものだ。独り占めするな!』

「ちっ、もう来たのか」

「どうしよう、蒼空…」

「…菫」

 僕と菫が慌てる横で、覚悟を決めた表情の仁が、叫んだ。

「ここにいるのは俺だけだ。市東は今出かけてるし、恵良はそもそもこの家とは無関係だ。どうしてそんなことを考えたのか知らないが、まさしくお門違いだ!」

 一瞬家の外がざわつく。

「よし、俺がこの騒動をしばらくの間だけ収めとくから、その間に裏口から逃げろ。安心しろ、スタメンはみんなお前らの味方だ」

「でも、仁君は…」

「俺は大丈夫だ。別に死ぬわけじゃねぇしな」

「でも、せっかく出てきたのに、わたしたちから離れたら出番減っちゃうよ?」

「………平気だ」

((嘘だ))

 せっかくの覚悟が、震度7で揺らいだ。

「まぁいい! 早く行け! アイツらはドアを壊しても弁償すれば問題ないとか考えかねない」

「まぁ、アイツらで割り勘したらそんなに高くないだろうしな。よし、逃げるよ。菫」

「うん!」


 裏口から外に出て、塀の上を猫のように伝って反対側の路地に出る。

 振り返ると、菫はまだ塀に登ってすらいない。

「どうした?」

「そ、蒼空。わたし今日、スカート」

 今まで描写していなかったが、菫は今日膝下数センチのスカートを履いている。高い塀に登ろうものなら、その中身は道ゆく人に晒されることになる。

「今は大丈夫だ。僕の他に人はいない」

「で、でも…」

「僕はあっち向いてるから。絶対振り返らない。書籍化したときに描かれるかもしれないだけで、今はまだ平気だから!」

「ん…うん。分かった! 行くね」

 とりあえず、それはありえないという考えは捨てた。

 当作品の女子達の可愛いイラストを口絵で見るまでは死ねない。


 そして僕らは走った。蒼桜はまだ結婚しないけど、走った。親友の処刑はもう済んだ頃か。

「はっ、ねぇ蒼空。はぁはぁいつまで、走、るの? はぁっはぁ」

「はぁはぁ。おかしいな、テンプレだと、そろそろバイクか軽トラに乗った主要キャラが迎えにきてくれるはずなんだけどな…」

「何のアニメをイメージしてるの? 大体この作品の主要キャラにバイクとか車の免許持ってる人いないじゃん」

 たしかに。

「マジでどうするの? このまま捕まれば、蒼空は血祭り。わたしは痴女認定。逃走に協力した仁君は奴隷生活だよ」

「どうするって言われても…」

「なら、ウチらも奴隷になってやんよ」

「「え?」」

「これ乗んな。免許のいらない乗り物だよ」

「私はせいぜい執行猶予くらいですかね。協力するよ、お二人さん!」

「モモ!」

「蒼桜!」

 自転車に乗った二人が、僕らを救いにやってきた。

「ここで後ろに乗せて走り出したらカッコよかったんですけどね…」

「自転車だけ渡せれば、ウチら用無しだし」

「道交法違反はコンプライアンス的にちょっと…」

「じゃあ蒼桜、自転車借りるよ。菫は桃葉の使って」

「や、そそれはいいんだけどさ。わたし、今日スカート…」

「あ、それは大丈夫。ウチもそれ思ってズボン履いてきたから」

 何が大丈夫なのかわからない、と言う前にモモは自身のズボンに手をかける。

「ストップ! ストップモモ! それはダメだよ!」

 わたしが捕まったら痴女判定って話したけど、わたしが逃げるためにモモが痴女認定されちゃう。

「スミレのためなら、ウチはなんだってできるよ」

「ありがとう! でもダメ。ダメなんだよモモ!」

「菫。そんなに『!』を乱用するとみんなに居場所がバレる」

「ご、ごめん」


『こっちから声がしたぞー!』

『探せー! 敵は本能寺にあり!』

『『『本能寺にありっ!!!』』』

『君たち、彼らは本能寺にはいないぞ。拡声器を使って嘘を広めるのはよくない!』

 敵陣の中には面白い奴もいるようだ。この件が落ち着いたら暁にはスタメンに正式採用もアリかもしれない。どちらかと言うと『おもしれー奴』の方かもしれないけど。

『市東蒼空は血祭りに!』

『『『血祭りに!!!』』』

『恵良菫は潔白に!』

『『『潔白に!!!』』』

『柳瀬仁は拷問に!』

『『『拷問に!!!』』』

『その他、二人の逃亡に加担した者は、我々恵良菫の処女を守る会が許さない! いいか、くまなく探せっ!』

『『『はいっ! 会長!』』』


「どうしよう菫。もうそこまで来てる」

「とにかく逃げなきゃね。ありがと、モモに蒼桜ちゃん」

「はいっ! 気をつけて逃げてください」

「ラッキースケベは程々にね」

「分かってる!」

 そんなやりとりを交わし、僕らはその場を後にした。


「ところで桃葉さん。『恵良菫は潔白に!』の潔白って、何するんですかね?」

「ん〜。蒼空に汚された時の記憶を消すとか?」

「まさか。連中にそんなことできる力はないですよ。それに、菫さんはまだ潔白のままですしね」

「そうそう。ソラが奥手だからね」

「そこのお嬢さん方。この近くで異性と同棲してあんなことやこんなことを経験済みの汚れてしまった我らが天使と、彼女を手篭めにし、あの手この手で辱めたクズのコンビを見てないかな?」

((あ、こいつら蒼空兄ソラ菫さんスミレの悪口言ってる))

「ねぇアオ」

「はい。死ぬ時は一緒です」

「な、何を言って…」

「見たよ。ただ、あんた達には教えらんないね」

「はい。あの二人の情報は、禁則事項です」

「貴様ら、我々に逆らう気か⁉︎」

「女だろうと関係ねぇ! 血祭りじゃ!」

「「「血祭りじゃー!!!」」」

「アオ…」

「桃葉さん…」

 二人の仲が一気に縮まったそうな。


「蒼空、ていうかわたしたち、逃げてるだけじゃ意味ないんじゃない? 今日逃げられても、もう学校に行けないじゃん…」

「菫、なんで今までこの作品に学校描写がなかったと思ってるの?」

「ま、まさか…そうなの⁉︎」

「まぁ、違うんだけどさ。別に、行かなくても話としては成り立つってこと」

「そ、そうかもしんないけど…」

「菫。まだ出てきてない主要キャラがいるんだから、彼女が登場したら、きっと話が動く」

「だから、ここに来たんだね」

「うん」

 ピーンポーン

「はーい。あ、蒼空に…同棲相手の子。初めまして。十文字じゅうもんじらんです」

「(どうしよう蒼空。主要キャラに会いに来たら、新キャラ出てきちゃったよ)」

「(前に何度か話したよね。円ちゃんのお母さんで、僕の叔母さんの、蘭さんだよ)」

「円花ー。蒼空と同棲相手の…つみれさん来たよー!」

「蘭さん。わたし、食べられません。それに、そのボケは2章で出てくる子の持ちネタなので、これからは控えてください」

「それもそうだけど、大声で僕達の名前を呼ばれると…」


『お前らー! 蒼空と聞こえたのは俺の聞き間違いか?』

『違います。確かにそう聞こえました』

『人違いの可能性は? 聞き覚えのない声でしたし…』

『とりあえず行ってみるぞ! 十文字って家があるとこら辺だ!』

『『『はい! 会長』』』

((えっ? そこまで特定できるの?))

 僕らは、円花ちゃんが出てくるのを待つことなく逃げ出した。


「なぁに? おかうさん」

「あ、ついさっきまで蒼空とつみ…菫ちゃんがいたんだけどね。なんか急に帰っちゃった」

「そうなんだ」

「そこの、お母様と娘さん。この辺りで(以下略)」

「そんなに酷い人は見てないわ」

「でもね、おにぃとエロいお姉ちゃんなら居たよ」

「「「「エロいお姉ちゃん?」」」」

「お前ら、それに反応するな!!」

「「「「すみません!」」」」

「改めて、市東と恵良という人を見ませんでしたか?」

「ああ、二人ならさっきまでここにいたよ」

「本当ですか! 二人はどちらへ?」

「自て…」

「おいお前ら。俺の蘭に嬉しそうに話しかけて、ナンパか? 死にたいのか?」

「「「「「「「…っ!」」」」」」」

「誠司君!」

「死にたくない奴は帰れ。死にたい奴は残っていいぞ。○○○ピーて、○○○ピーながら、○○○○ピーってやるから」

「い、行くぞお前らっ!」

「「「は、はい!」」」

「あいつら、何だったんだ?」

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