第28話『無駄な話にも価値があると信じていたい今日この頃』

 人間には三大欲求とやらが存在する。知らない人は覚えていくといい。

 睡眠欲、食欲、読書欲の三つだ。ただし、人に教えてはいけないよ。お兄さんとの約束だ。

 まぁ何が言いたいかっていうと、僕とてその三つには逆らえない。食べなくては生きていけないし、夜になると眠くなる。昼になると本が読みたくなる。

 だが、たまにその均衡が崩れることがある。夜に本を読みたくなることもあれば、お菓子を貪りたくなる日もある。

 また、昼に眠くなる日も存在するのである。


 昨日の夜は読書欲の増幅が激しかった。お陰で今日は寝不足だ。しかし休日なのだからと昼から惰眠を貪っていた日の一コマ。

 ふと頬をつつかれる感触で目が覚めた。

 寝起き一番に網膜に焼き付いたのは水着姿の蒼桜。

「蒼空兄、どう? 可愛い?」

「卑猥だ…」

 一瞬で目が覚めた。二度寝きぜつしなかったのは、いい変化だと思う……多分。

「卑猥なんかじゃないよ! 今度菫さん達とプール行くでしょ? その時に着る水着を蒼空兄に見て感想をもらおうと思って」

 白と水色のワンピース型の水着。先程は脊椎反射であんなことを言ってしまったが、よく見ると露出は少なめだ。しかし、僕からしてみれば。

「卑猥だな」

「なんで⁉︎ 露出もそんなにないし、色も中学生っぽいし(大人っぽくないの意)可愛いと思うけど⁉︎」

「いいか? 僕からしてみれば、10人いて、1人が二度見すれば、それは卑猥だ」

「厳しくない⁉︎ あ。でも、私のこれ、少なくとも1割が二度見してくれると思ってるんだ」

(へぇー)

 と蒼桜はニヤニヤ笑う。気持ち悪いぞ。

「僕は違うけど、男はみんな女子とすれ違ったら何着てようが着てまいが5割は振り向くだろ」

「偏見だっ⁉︎ じゃあ何着ても無駄じゃん!」

「いや、女子だと思われなければいいんだ」

「だ、男装⁉︎」

 蒼桜は女子っぽい顔つきだからあまり効果はなさそうだけどな…あ、身体についてはその限りではないが。

「おい蒼空兄、今何考えた⁉︎」

 おっと危ない。

「別に何も。上下男もので、髪はキャップの中に入れろ。切ってもいいが、女の命って聞くからな。あとは…サラシって水入れてもいいのか?(必要ないと思うが)」

「それはもう変態だよ⁉︎ 10人中10人が通報するよ⁉︎」

「卑猥じゃなきゃいい」

「蒼空兄ってアレ読んでから常識どこかに置いてきたよね⁉︎」

「そ、そうか…?」

(よ、よし。うまく丸めこめた。じゃあ、今度は私が主導権を握ってやる! 不届なこと考えた仕返しだよ!)

「ところで蒼空兄。その『卑猥だ』ってよく言うよね? 口癖?」

「ん? ああ、そうかもな」

 言われてみればそうかもしれない。今日も結構使った気がする。

「私それ、『不幸だ』『理不尽だ』に続く『○○だ』になると思ってるんだよ」

「お前は兄の口癖に何を期待してるんだ⁉︎」

「新語・流行語大賞?」

 スケールがでかい!

「クラスのみんなが真似して使うの」

「いつ、どう使うんだよ?」

「蒼空兄がよく使うタイミングで、蒼空兄みたいに」

「お前みたいな奴が近くにいたらさぞ使う機会は多かろうよ!」

 彼らも、幸運を打ち消す右手や理不尽な体質を持っているから使っているのだ。僕にとってのそれはお前や円花ちゃんだな。だが一点違いがある。彼らにそれは必要だが、僕に彼女らが必要かというとそうでもあるまい。

 まぁ、そいつらが僕の人生における重要人物との架け橋を担っているなら別だがな。

「最悪、読者のみんなにそれが口癖だって気づかれてないかもしれないから、じゃんじゃん使ってこう!」

「誰目線だよ…」

「妹」

「そうだな…」

(ああ、楽し♪) 

 こいつのおりは疲れるな。


 そんな中新たな声。

「騒がしいなー。わたし抜きで何楽しそうに喋ってんの?」

 恵良菫メインヒロイン登場である。

「あ、勉強はいいんですか?」

「まぁ、隣でこんなに騒がれたら覚えるものも覚えられないよ。あ、あとその水着いいね」

「ですよね! 聞いてくださいよ! 蒼空兄ったら卑猥だって言うんですよ!」

 しかも謎の理論で責めてくるんです! と蒼桜。

「えぇ、蒼空。それはダメだよ。可愛かったら可愛いって褒めてあげなきゃ」

「卑猥だから」

「ねぇ蒼空」

「ん?」

「卑猥卑猥って口癖みたいになってるよ?」

「そうなんですよね。今ちょうどその話をしてまして」

 蒼桜は水を得た魚のようにまくし立てる。

「是非とも蒼空兄には新語・流行語大賞を目指していただきたいという話を!」

「はぁ…」

 ほら、菫が困惑しちゃってるよ。

「ところで菫さんには口癖はありますか?」

 手数は多い方がいいので、と蒼桜。

 なんか打算的だな。

「んー、わたしはないかな」

「そうですか? 口癖って、案外気がつかないだけで、あるものですよ」

「そっか、んー? なんだろ…って違う!」

「どうしました? 急に大きな声だして」

「蒼桜ちゃんに聞きたいことがあったの、円花ちゃんについて」

「どうぞ」

「誠司さんが、円花ちゃんを家に泊めるよう指示したのは蒼桜ちゃんだって聞いたんだけど」

 蒼桜は悪役のように笑う。

「はい、その通りです」

「なんで?」

「もちろん理由はありますよ。ですが、蒼空兄の前でするような話ではありませんので、また今度」

 そう言ってスタスタと部屋を出る。

 は?

「え、話終わり⁉︎」

 素で叫んでしまった。

「うん、水着見せに来ただけだったし。バイバイ。また来るねパパママ(笑)」

 また出禁にしてやろうかと思った。

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