第43話『未来?』

 時計を見る。6:37

 今日は早めに帰れそうだ。まあ、帰った所で誰もいないんだけどな。

 少し前に大きな仕事が片付いたばかりだが、落ち着いていられるかというとそうでもない。

「あ、センパイ! もう上がりますか? なら、一緒に飲みいきましょう! A社の仕事も片付きましたし」

 こいつのせいだ。高校で留年したせいで就職が僕より一年遅れた同級生『金子かねこ桃葉ももは

「今時計見てましたよね? 市東いちとうセンパイも帰ろうとしてたんじゃないですかぁ? なら行きましょうよ。高校からの仲でしょう?」

 僕にはかつて同棲していた相手がいた。恵良えらすみれという女子なのだが、高校を卒業してからはまったく会っていない。

 しかし、その菫の中学時代の友人である桃葉とは未だに交流が続いているのだから人生なんて本当に何が起こるか分かったものじゃない。

 さて、これは初めて会った時から変わってないな。


『市東蒼空の選択肢』

1.「ああ、僕も今帰ろうとしてたところだ。そうだな。飲みに行くか」

2.「は? な訳ないだろ。僕たちは社会人だぞ。そんな暇があったら仕事だよ。明日に回すと痛い目見るぞ」

3.「(自主規制が入るほどの罵詈雑言)」


 そういえば、あの時から今まで一度も3を選んだことがないんだよな…

 僕も意外とこいつが好きなのかもしれない。

 なら、1だな。

「ああ、僕も今帰ろうとしてたところだ。そうだな。飲みに行くか」

「おお、センパイ。珍しく乗り気ですね。じゃあ、行きましょうか!」

「お前はあと少し仕事残ってるだろ。待っててやるからさっさと終わらせてこい」

「ちぇっ、バレてましたか。分かりましたよ。すぐ終わらせます」


「それじゃあ、A社コンペ勝利を祝して〜」

「「カンパーイ」」

 僕はジョッキいっぱいのビールを一気に飲み干す。

「おぉ! センパイ、いい飲みっぷりですね」

「お前も飲んでいいんだぞ」

「それじゃあ、お言葉に甘えて」

 あの時の僕は、桃葉と一緒にお酒を飲むだなんて想像もできなかったな。

 そんな風に感情に浸っていると、だんだんと瞼が重くなってくるのを感じた。

 飲みすぎたかな。

 僕が目を擦ると、桃葉は嬉しそうに言った。

「あ、やっと薬が効いてきましたね。もう何も考えられませんか? いいんです。そのままで。全部ウチに任せてください」

「お、お前、何を…」

「ふふっ、楽しい夜にしましょうね」

 そうして、僕の意識は途切れた。



【桃葉side】

 センパイは黙々と仕事をしているけど、度々時計を見てる。センパーイ、バレてないと思ってましたか? 見ーてまーすよー。

 そんなことを考えてたら、センパイが立ち上がった。帰るつもりだな。でも、そうはいきませんよ。今日こそはセンパイに薬を盛って、ウチのものにするんですから!

「あ、センパイ! もう上がりますか? なら、一緒に飲みいきましょう! A社の仕事も片付きましたし」

 話しかけると、センパイは嫌そうな顔をした。

「今時計見てましたよね? 市東センパイも帰ろうとしてたんじゃないですかぁ? なら行きましょうよ。高校からの仲でしょう?」

 そう言うと、センパイは少し間を空けてから、

「ああ、僕も今帰ろうとしてたところだ。そうだな。飲みに行くか」

 と言った。センパイって、初めて会った時から、ウチに返事するときは間があるんだよな。なんなんだろ?

 でもいいや。

「おお、センパイ。珍しく乗り気ですね。じゃあ、行きましょうか!」

「お前はあと少し仕事残ってるだろ。待っててやるからさっさと終わらせてこい」

「ちぇっ、バレてましたか。分かりましたよ。すぐ終わらせます」

 ウチは渋々デスクに戻った。でも、この後のことを考えるとワクワクしてたまらなかった。


「それじゃあ、A社コンペ勝利を祝して〜」

「「カンパーイ」」

 センパイはジョッキいっぱいのビールを一気に飲み干す。

「おぉ! センパイ、いい飲みっぷりですね」

「お前も飲んでいいんだぞ」

「それじゃあ、お言葉に甘えて」

 ウチもビールを煽る。センパイと飲むお酒は美味しい。

 そんな風に考えていたら、センパイが眠そうに目を擦った。お、いい予兆だ。効いてる効いてる。

 センパイは飲みすぎたとか勘違いしてるのかな? でも、違いますよ。センパイ♪

「あ、やっと薬が効いてきましたね。もう何も考えられませんか? いいんです。そのままで。全部ウチに任せてください」

「お、お前、何を…」

「ふふっ、楽しい夜にしましょうね」




「想像した? これで分かったでしょ。わたしの言った事の意味。悪いことでも、主人公がやるかやられるかで印象が結構違うって。主人公がやるんだったら、成功してほしいと思うし、主人公がやられるんだったら失敗してほしいと思う。そうでしょ?」

 菫は自信げにそう言った。なにやら語り部がコロコロ変わる作品を読んだらしく、感想を伝えにわざわざ僕の部屋まで来たのだ。

「あー、いや。僕は役者と内容の選択ミスで、どちらも失敗してほしいと思ってしまった…」

「誰と何を想像したの⁉︎」

「い、言えない」

「言ってよ!」

「嫌だっ!」

 僕は逃げ出した。

 桃葉が変に絡んできたせいだ!

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