第二十話『事故の後始末』

「それで?」

 モモが訊いてくる。

「それでとは?」

「いや、そんな本作最大のエロシーンみたいなことやってなんもなかったの? その後止まらなくなるとか、気まずくなるとか、元カレが現れて修羅場るとか」

「それは漫画の読みすぎだと思うけど、気まずくはなったな…まぁ話し合って解決っぽいことしたけど」

「スミレ程読んでないよ。でも『ぽい』で平気なの? 別れにつながったりしない?」

 ちょっと嬉しそうに言わないで。

「じゃあ、どんな感じだったか教えるから、判断して」

「ラジャー」


「じゃあ、話し合おっか。わたしも大分冷静になったから」

 わたしがリビングで待っていると彼がお風呂からあがった。たしかにわたしは被害者だけど、完全に蒼空が悪い訳じゃないし、というか蒼空も若干被害者だし、ここはちゃんとこれからのことを話し合っとくべきだ。

「座って」

 と向かいの席に座ることを促す。なのに、蒼空は椅子に座らないで頭を下げる。

「ごめん。悪気はなかったとはいえ、嫁入り前の女性のは…裸を見てしまって。どうか許してもらえないかな?」

 許しの是非を問うように頭だけ上げてわたしを凝視する。

「蒼空」

「はい、何でしょうか?」

 しょうがない。もうちょっと見ていたいけど、可哀想だからこれくらいにしてあげよう。

「わたし、そんなに怒ってないから」

「え?」

「蒼空に見られちゃったけど、あなたが全部悪い訳じゃないもん」

 それに━━━これ以上は流石に言えないな。

「あなた嫌だったでしょ? おあいこじゃん。わたしはこれからも同棲を続けたい。あなたはどう?」

「…君がいいなら、僕も続けたい」

「じゃあ、この話はおしまい。お互い忘れて、また明日から頑張ろうね」

「あ、ああ。ありがとう」

「うん。ご飯食べちゃおっか。味噌汁はできてるから食べてていいよ。わたし、豚肉焼くから」

「あ、うん。分かった」

 わたしはキッチンでお肉を焼く。彼はリビングで味噌汁を食べる。この距離なら聞こえないだろう。

 だからぽつりと独り言。

「まだ言えないもんな。落ち着いて考えても、見られたの嫌じゃなかったって」


「どう? まだダメかな? やっぱり『責任とって』って言った方がよかったかな?」

 モモは静かに話を聞いていた。まるで、この後何かを言うためのパワーを溜めてるみたいに。

「今から言うことちゃんと聞いてね?」

「うん」

「この際、話し合いが良かったとかダメとかそんなのどうでもいいの」

 ん? 話が違うじゃん。

「もう一回聞きたい。『見られても嫌じゃなかった』?」

「まぁ、うん。そうだね…」

 それを言うのはちょっと恥ずかしいなぁ。

 それに対してモモは諭すように言う。

「いい、スミレ? トイレに行く時って、下着脱ぐじゃん? 恥ずかしい?」

「ううん。そんなの気にしてられないじゃん。それに、誰かに見られてるわけじゃないし」

「本当にそう? 例えば…壁は見てるよ?」

 壁? どうして急に壁の話なんて。

「要するに、スミレを含めた多くの人は壁に裸を見られても恥ずかしくないし、気にしない。それで、スミレはソラに裸を見られても恥ずかしくなかったし、気にしなかった。つまり?」

「わたしは、蒼空を壁として扱ってる⁉︎」

 わたしの答えを聞くと、モモは満足したようにふっと微笑むと、こう言い切った。

「そう! つまりソラが好きだから見られても平気ってわけじゃないんだよ。ソラに微塵も興味ないから見られても平気だったの!」

 そんな馬鹿な。

「スミレ、恋は盲目だよ。見えなくなっちゃう。たしかにソラは比較的良いやつかもしれない。でも、スミレは本当にあいつのこと好きなの? スミレがあの日言ってたのは、あいつだったの? 今からでも遅くない。同居なんてやめて…」

「モモは、良い人だよね。昔っからそうだった。いつも助けられてた。ありがとね」

「な、なに急に」

「わたしの夢は、あの日からずっと変わらない。みんなの好きな人を合体させた人と結婚する。ずっと探してたその人が、蒼空かもしれない…わたしのことを心配してくれるのはわかる。でも、邪魔はしないでほしいな」

「じゃ、邪魔? ウチはスミレのために…」

「悪いけど、邪魔だよ。わたしは蒼空が好きなんだ。お母さんが見してくれた写真に一目惚れして、蒼桜あおちゃんの教えてくれた蒼空の内面に深く恋して、同棲でわたし自身が彼の事を知ってく。もっと好きになってく」

「それは、盲目なんだって…」

「ねぇ、わたしはモモを知ってる。優しくて人のことを考えられる金子かねこ桃葉ももはを知ってる。モモも、わたしのことをよく知ってくれてるよね。で、わたしのことを考えてわたしのために行動してくれてた。でも、蒼空の何を知ってるの? わたしより蒼空を知ってるの? 蒼空がわたしが好きになるに値する人物だって知ってるの?」

「ウチは、ソラを…」

 モモはわたしの言いたいことを理解して黙りこくった。

「じゃあ、わたし帰るね。呼び出しちゃってごめん。参考になったよ。でもこれからは、仁くんを頼ろっかな」

「ジンは…」

「あ、仁くんのこと知ってるの? いい人だよね。わたしの気持ちちゃんと考えてくれてて。この前だってアドバイスくれたんだ『早く告れ。幼馴染が負けるのはずるずると告白を後伸ばしにしたからだ』って」

「ぐはっ…」

 モモが攻撃を食らったかのように苦しみだす。

「じゃあ、そういうことだから」

 モモを残してわたしはファミレスを出た。

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