1-2『金子桃葉』

第10話『金子桃葉がやってくる』

 おかしい。

 僕たちは今まで中学と高校の狭間たる春休みを過ごしていたはずだ。

 なのに何故、今僕は制服を着て、重い荷物を背負って、歩いているのだろう。

 答えは簡単。今が四月末だからだ。一学期だからだ。

 もう一度言う、おかしい。

 せめて入学式イベとかクラスメート紹介イベなんてのがあってもいいはずなのに。全部カットで四月末。もはや世紀末である。

 いずれにせよ、約一ヶ月ぶりに僕に語り部が回ってきたからには何かしらの意味があるはずだ。

 とりあえず、犬が棒に当たるように、僕も生きてるだけでイベントに出くわすだろう。


「ただいま」

 今日の夕飯当番は僕だから買い物をしながら帰ってきた。もうすみれは帰っているはずだ。

 買ったものを冷蔵庫にしまおうと、リビングの扉に手をかける。

 普段ならばそのまま開けるのだが、そうしなかったのは扉の向こうから声が聞こえてきたから。

 独り言だったら気にせずに開けたかも知れない。菫が何をしていようと菫の自由だ。一方でそれを躊躇なく見るのも僕の自由だ。まぁ、顔を赤くして慌てる菫を眺めるのも一興だな。

 まぁいずれにせよこれは会話だ。相手は…女子かな。

「今日、蒼空そらが帰ってくるの遅いって言ったけど、もうすぐ帰ってくるかもだから。ちゃんとしてよね」

「いつも通りじゃダメなん?」

「まぁ、無理に自分を押し殺せとは言わないけど…ほら、モモって躊躇なくグイグイくるタイプだから、多分蒼空引いちゃう」

「ま、ウチが嫌われたってスミレにはかんけーないじゃん?」

「そうだけど…」

 ふむ。菫といるのはモモと呼ばれた女子。どうやら僕の苦手なタイプだ。

 とはいえここが僕の家である以上見なかったことにすることもできない。仕方がない、菫の友人ということなら精一杯もてなそう。

「なに? そんなに不安〜? 可愛いなぁ。スミレはほんとに可愛いなぁ」

「ちょっ、わかったからやめ…キャッ!」

 ドン! と大きな音が家中に響き渡る。

 慌てて扉を開くと、果たしてそこにはソファから転げ落ちた菫と、その上に覆いかぶさった金髪の少女がいた。

 僕の卑猥レーダーが過剰なまでに反応する。これは百合! 花ではなく、GLのほう。

「ひ、卑猥だ…」

 恵良えら菫。15歳、高校一年生。僕が卑猥なことを克服するのを手伝ってくれる優しい人。追記、百合っ子。

「誤解なのっ!」


「おー! はじめまして、彼氏君! ウチは、スミレの大親友、金子かねこ桃葉ももはだよー。よろしく!」

 染められた金髪に明るいメイク、制服を着崩した、金子桃葉を名乗る少女は、笑顔でそういった。だが、一点訂正させろ。

「僕は菫の彼氏じゃない」

「えっ…そうなん?」

「うん」

「……付き合ってないのに一緒に住んでるの?」

「うん」

「でもさっき同棲してるって言ってのは?」

 同棲:結婚前のカップルが同じ家に住むこと。

 その問いは菫が代わりに答えてくれた。ぶっちゃけ僕もなんでか知らん。

「ああ、それは蒼桜ちゃん…蒼空の妹が『既成事実』がなんだとかって。わたしも良く分かってないんだけど、否定したら後々怖そうだからそういうことになってるの」

「ふぅん。ウチもよく分からん」

 結果、誰一人なぜそうなっているのか知らなかった。

 菫の説明によって僕らの関係を理解してもらったのはいいが、二人の関係は一体なんなんだ? 

「ウチら? ウチらはカップr…」

「中学校が同じだったの。親友ってやつ!」

 なるほど、中学から仲がいい百合カップルだと。大丈夫、僕そういうのに理解あるタイプだから。

「……」

 僕は無言でにこりと笑う。

「や、やめて何その顔! 誤解、誤解だからっ!」


 揶揄うのをやめにして、真面目に自己紹介タイムといこうか。

市東いちとう蒼空。菫と一緒に住んでる。よろしく桃葉」

「うん! よろしく〜」

「(わたしの時は渋ったくせに、モモのことはすぐ下の名前で呼ぶんだ。へぇ…)」

 聞こえてますよ。いやごめんて。

 菫のお陰かどうかは知らないが、女子を下で呼ぶのに慣れたから。

「そう…」

 と不満そうな顔をする菫。それを見た桃葉が腑に落ちたような顔をする。次の瞬間

「嫉妬するスミレ、可愛いーっ!」

 と飛びついた。卑猥だ。

 そして頬ずり。卑猥だ。

 そのまま唇を…卑猥だ!

「ちょっやめっ!」

 奪われる前に菫が抵抗した。いや、もっと前から抵抗しろ。

「ファーストキスは好きな人に、って前から言ってるでしょ⁉︎」

「好きな人…じゃあ問題ないね」

 と飛びついた。卑猥だ。

「ちょっ、モモの事は好きだけど、恋愛的な意味で好きな人とキスしたいって…ねぇ、わかってやってるよね⁉︎」


 菫の抵抗についに根負けした桃葉の矛先は、僕に向いた。

「ソラ達って普段どんなことしてるの?」

「普通に平日は学校行って、休日は各々好きに過ごしてるけど。学生ってそんなもんだろ? 友達との関係を優先して家族での外出は減るイメージがあるな」

「二人はもう家族ってこと……⁉︎」

 桃葉が戦慄した表情で訊いてくる。

「まぁ、一ヶ月近く一緒に暮らしてれば、相手の人となりは大体わかってくるからな。正しい家族の定義は知らないけど、一緒に支え合って暮らしてれば、家族なんじゃないか?」

「ん、そっか〜」

「そっか…へへ」

 と桃葉はまだ不満そうだが、なぜお前は嬉しそうなんだ、菫。

「じゃあ遊びに行ったことはないの? 遊園地とか」

 遊園地か。そういえばないな。菫とは買い物くらいしか一緒に行かないからな。

「じゃあ、今度のゴールデンウィークに三人で行かない?」

「いいね。蒼空もいい?」

 別に遊園地自体は嫌いではない。昔家族で行った時は柄にもなくはしゃいでしまったものだ。

 だが、今回の相手は家族ではない。

「蒼空、モノローグで矛盾が生じてるよ」

 うっさい。

 菫だけならまだいい。二人きりなら行ってもいいかもしれない。

「えっ…!」

 そのときめいてる感じの顔やめろ。

 とにかく、友達の友達はまだ他人だ。桃葉と一緒に遊園地なんてハードルが高すぎる。

 ここは丁重に断ろう。

 こういう時に有効なのは『三択トーク』だ。

 説明しよう。『三択トーク』とは、考えてすぐに口に出すのではなく、一旦三つほどの選択肢を己に提示して、その中から正解であろう選択肢を冷静に選ぶことで、地雷を踏まないですむ素敵な会話の方法である。要はギャルゲー。


桃葉

「結局、ソラも来るん?」


 市東蒼空の選択肢。

1「うん。楽しみにしてる」

2「ごめん。今回はパスで」

3「(自主規制されるほどの罵詈雑言)」


 …2。


蒼空

「ごめん。今回はパスで」

桃葉

「えー、スミレもソラと一緒がいいよね?」

「うん」

桃葉

「スミレがこう言ってんのに、本当に来ないの?」


 市東蒼空の選択肢

1「うん。会ったばかりの人と遊園地ってのはちょっと…」

2「仕方ないなぁ。今回だけだよ?」

3「(自主規制されるほどの罵詈雑言)」


 …1。


蒼空

「うん。会ったばかりの人と遊園地ってのはちょっと…」

桃葉

「えー、そんなこと思ってんの? 友達の友達は友達って言うし、もうウチらも友達じゃん? 行こーよ」


 市東蒼空の選択肢。

1「まぁ、そこまで言うなら」

2「友達の友達は他人では?」

3「(自主規制されるほどの罵詈雑言)」


 …1、じゃなくて2!


蒼空

「友達の友達は他人では?」

「蒼空とモモに仲良くしてほしくて、今日来てもらったんだけどな…」

蒼空

「うっ…」


 市東蒼空の選択肢。

1「なら…行こうか」

2「わかった。いつ空いてる?」

3「(自主規制が入るほどの罵詈雑言)」


 あれ? 僕は焦っているのかな? まともな選択肢が出てこなくなった。

 ……2。


蒼空

「わかった。いつ空いてる?」

桃葉

「やたー。絶対だよ! ウチ、今から楽しみにしてる」

「うん。わたしも」

桃葉

「じゃあさ、計画立てる為にLANE交換しよ!」


 市東蒼空の選択肢。

1「いいよ」

2「分かった」

3「QRでいい?」


 …1。


蒼空

「いいよ」

桃葉

「じゃあ、QRね」

『桃葉と連絡先を交換した』

桃葉

「じゃあ。ソラにも会えたし、もう遅いから帰るね」

「うん。また来てね」

桃葉

「じゃ、またねー」


本日の成果

『金子桃葉と遊ぶ約束をした。

 金子桃葉の連絡先を獲得した。

 金子桃葉ルートを解放した』


 桃葉のペースに巻き込まれっぱなしだった。彼女はもしかしたら僕の天敵になりうるのかもしれない。

 遊園地が憂鬱だ。

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