第1話『二人の同棲はこうして幕を開く』

「それじゃあ、後は若いお二人にお任せしますね〜」

 と言い残して蒼桜が帰る。

 ほぅ、僕を女子と二人きりにするとはいい度胸だ。会話が続くわけないことわかっているくせに。

「えっと、何かやりたいことありますか?」

「考えてなかったですけど…」

「よかった! なら、買い物につきあってください」

「は、はい!」

 まぁ、ラッキーってことで。


 彼女の案内でやってきたのは大型ショッピングモールの中の…

「ここですここ」

「えーっと、目的のお店は移動して別のお店が入ったんですよ。だってほら、ラン…ジェりってほら、ほら。ね?」

「ふふっ、語彙力崩壊してますよ? 平気ですって。別に市東君が着る訳じゃないんですから」

「と、当然です! って押さないでください!」

 まぁ、アンラッキーだったってことで。


 シャッと音を立てて試着室のカーテンが開く。

「これはどうですか?」

「い、良いと思います」

「見て言ってください」

 無理です。無理無理。絶対無理。この空間にいることが妥協なんです。

「ほんとにダメなんだ…」

「ダメです! ダメ! もう僕がどうとかじゃなくて一話からこれってどうなんです?」

「訓練ですよ訓練。何のために同棲すると思ってるんですか? ほら、目ぇ開けた開けた」

 耳元で囁かれる声。その優しい声色に思わず言うことを聞いてしまう…わけないだろ!

「そもそもこういうのはお母さんとか彼氏とかとくるもんじゃないんですか? 今日初めて会ったばかりの同棲相手(男)を連れてくる場所じゃないですって!」

「いうこと聞かない子だね。…こうだ!  シャッと音を立てて試着室のカーテンが開く。出てきたのは水色の下着をつけた超可愛い同棲相手の菫ちゃん。彼女がくるっと回ってみせると、彼女の豊満なおっ…」

「何やってるんですか?」

「実況。ぱいがぷるんと揺れ…」

「続けないでください。卑猥です!」

「むぅ、意固地なんだから」

 と言うともう一度シャッと聞こえる。カーテンが閉まった。着替えてくれたんだろう。

 目を開くとまだカーテンは閉まっていて彼女を閉じ込めていた。しかし、僕の周りは下着のお花畑。色とりどりの下着がいち、に、さん…僕は再び目を閉じた。

「あれ? 市東君、もう着替えたよ。目開けないの?」

「無理です。どの花見ても恥ずかしいです」

「? そしたら…と言いながら超可愛い同棲相手の菫ちゃんは新しい下着を選び始めた。ねぇ、どっちがいいと思う? と僕に訊いてくる。右手には…」

「右! 右でいいので帰してください」

「へ…ふ、ふぅん。ここ、こーいうのがいいんだね、、オトコノコだもんね…と言いながら超可愛い同棲相手の菫ちゃんは右手の下着を抱えたままレジに向かって走りだしましたっ!!!」

「え、あの菫さん⁉︎ 置いてかないで!」

 瞼の先で何が起こったのか全てを把握してはいないが、悪手を選んでしまったらしい。

 下着のお花畑の中で一人ぼっち。僕がどんなことをしたと言うのですか! 悪いことをしたなら謝ります。謝りますから、どうかお家に返してください!

「あのー、お客様。店内でお一人でうずくまられますと、他のお客様のご迷惑となりますので、お店から出ていただけますでしょうか?」

 一人じゃなかった! って喜んでる場合じゃない。多分アレだ。つまみ出されるパターンだ。

「は、はい。ところで、出口はどこでしょうか?」

「…目を開けたらどうですか?」

「大事な商品を鼻血で汚したくはないので」

「? は、はぁ…」

「すみませんすみません。その人わたしの連れです」

「あ、彼女さんと一緒だったんですね」

「かの…」

「はい。彼女です。カノジョ。では、失礼します!」

 彼女(変な意味はなく)は僕の手を握ると出口があるであろう方向に走り出した。

「こっち目閉じてるんですけど⁉︎」

「開ければいいじゃん!」


「はぁはぁ。し、死ぬかと思った」

「そういうのって敵から命からがら逃げ出した時に言うんじゃないの?」

「僕にとっては戦場でした」

 すっかり疲弊して椅子に座った僕を見下ろして笑う恵良さん。

「そういえば、さっきからタメ口なんですね」

「そいえばそだね。なんか、市東君に合わせて敬語使ってたんだけど、なんかバカらしくなっちゃって。素のが楽だし」

「そうですか。たしかにその方が彼女らしいですもんね」

 渾身の嫌味を込めてそう言った。

「ん? なに、さっき彼女って言ったこと怒ってんの?」

「別にそういうわけじゃないですけど…僕、彼女いらないって思ってて、一生縁のないと思ってたのに急に名乗られたからびっくりしたと言いますか…」

「そっか。じゃあ、これからも気が向いたら市東君の彼女を名乗ってあげましょう!」

 とニコッと笑う。

「け、結構です!」

「ふふっ。いつか本物の彼女とランジェリーショップに来れたらいいね」

「来世の来世の来世くらいに叶いそうな夢ですね」

「もっと早いといいね。そうだ、なんか奢るよ。買い物に付き合ってくれたお礼。マ○クで?」

「うん」

 訓練とはいえ、初対面の男子をあの店に連れてくとかかなり変な人だけど、恵良さんとの同棲に少しワクワクしている自分がいた。

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