変人たちのクリスマス

古井論理

占い好きの山村くん

 いつの間にか灯っていた12月の灯りは街を慌ただしくする。クリスマス商戦に備えるデパート、幼稚園児たちがクリスマスツリーの点灯式をしていた12月11日。私は駅のクリスマスツリーに灯りが灯るのを横目に、どこか疎外感を感じて歩みを速めた。駅の出口から改札までの間になんでこんなに人がいるんだ。

「あーあ、今日こんなことして大丈夫かな」

 一人の男子生徒が私とすれ違う瞬間、そんなことを口走っていた。その男子生徒と一緒に話していた他数名の男子生徒は、さっと離れていく。

「今日のこの……運が悪ければ……崩壊する……」

 私はそれにどこか嫌なものを感じた。その生徒の背格好を見ていると、男子生徒は慌てて走り出した。

「待て、置いてくなよ」

 だってまた占いみたいな話しただろ。そんなことを言って、他の男子たちは笑う。

「……まあいいや。それで今日は……」

 離れていく声が、私の頭の中で反響した。


 翌朝、私はいつもより早く教室に入った。そこには昨日の男子生徒がいた。

「おはよう」

「お、おはよう」

 私はクラスメイトを全員把握していない。だが、こんな奴は知らないぞ。そんなことを思いながら授業の準備をしていると、いつの間にか教室にいるのは私とその男子生徒だけになっていた。さっきまでは他の男子たちもいたようだが、いつの間にかどこかへ行っていた。

「私は山村淳博。同じ9組の生徒なのに、なんでそんな初対面みたいな反応するんですかねぇ?」

「……」

「木村さん、あなたに話しかけてるんですよ」

「……ああ、えっと」

「まあいいや。趣味は何ですか」

「特には……」

「どうして?」

「飽き性なので」

「ならあなたに合う趣味を考えましょうか?」

「……?」

「私、占いが好きなんですよ」

「ほう?」

「木村さんを占っても構いませんか?」

「えっと……」

「私の占いの的中率は48%です」

「ビミョーだねえ……」

「ビミョーで悪うございました。それで?趣味は見つけた方が良いですよ」

「なんで?」

「趣味がないと心のよりどころを他に求めなければいけませんからねえ。鬱になりやすいそうです」

「へ、へえ……」

 思い当たる節がないでもない。私は山村くんに占ってもらうことに決めた。

「じゃあ占ってくれる?」

「では手を出してください」

「手相……?」

「ええ。手はその人の性格や身体のつくりを端的に表してますからね。信じられないかも知れませんが、当たりやすい占いはだいたい科学に若干なりとも関係があるんですよ」

「そうなんだ」

「というわけで両手を組んでください」

 私が両手を組むと、山村くんは右手を出した。

「左手を出してください」

 私が左手を出すと、山村くんは目をこらして私の手を見た。

「そうですね……物書きとかが向いてるんじゃないでしょうか」

「え?私、作文苦手だけど」

「あなたは飽き性ですからテーマが固定された作文は大嫌いでしょう。ですから、妄想を短編として書いてください。頭に浮かぶ妄想ならどうとでも書けます」

「へー……で、他に占ってくれたりするの?」

「あ、もちろん」

「じゃあちょっと変なこと聞いていい?」

「うん」

「昨日、クリスマスツリーの点灯式についてなんか言ってたじゃん。あれってどういう意味なの?」

「ああ、あれですか……」

「教えてくれる?」

「わかりました。あれはクリスマスツリーの高さと向き、それから撤去するまでの日数が風水上非常に悪かったからです。最悪の場合倒れるかも」

「え?」

「言ったままです。私の占いの的中率は48%で、占いの結果50%の確率であのクリスマスツリーは倒れますから……」

「ちょっと待って、確率計算追いつかない」

「数Aの範囲は大丈夫ですか?」

「黙って……え?」

「どうされました?」

「24%も倒壊の危険が!?」

「風水は元々病気や建物の倒壊を防ぐために編み出された伝統ですからそれなりに的中率は高いはずですよ」

「……まじか」

 私はスマートフォンを手に取っていた。

「どうするんです?」

「父さんにクリスマスツリーを補強した方が良いって言ってみる」

「ええ……」

「どうしたの?」

「占いだけを根拠に動くなんてことはありえませんよ。実際になんとかするだけの根拠を積まないと、ちゃんとした大人は動かない。それと木村さん、あなたはもう少し情報を精査した方が良い。占うまでもありません、近い将来舌でも火傷するんじゃないですか?」

「……注意しとく」

「お気をつけてお過ごしください」

 私は山村くんの言ったことをメモ帳にまとめてから椅子に座った。


 その2日後、私はTwitterで面白い記事を見つけた。

【衝撃】80℃のお湯を飲むと口内炎ができにくくなる

 ちょっとやってみても良いかも。そんな考えが浮かんできて、お湯を沸かしてみた。そして温度計を取り出し、80℃に調整する。飲んだ私は、お湯を吐き出した。

「あっつ」

 山村くんの発言が頭をよぎる。私はスマホのメモ帳を開き、見直してみる。

「……そうか」

 私は山村くんを信用しようと改めて思った。私はメモ帳に小説を書いてみることにした。


 12月24日、私はすっかり暗くなった駅を歩いていた。クリスマスツリーはキラキラと光っている。電車は強風で遅れているらしい。まあ小説を書きながら待てばいいか……そう思ったときだった。


 ミシミシ、ガリガリという音とともに、何かがきしむ音が聞こえてきた。

「……!?」

 私は本能的に危険を感じ、駅の外へ出ようとした。しかし他の人たちも同じ事を思ったのであろう、出口には人がごった返している。

「皆さん、駅の奥へ。駅ビルへ逃げても構いません。なるべくクリスマスツリーから離れてください」

 駅のアナウンスが聞こえる。私は顔を上げ、アナウンスの誘導に従った。

「こちらへ!ここからも行けますから」

 聞き覚えのある声も聞こえる。その声の主は、山村くんだった。

 轟音を立ててクリスマスツリーが崩壊する。骨組みに使われていたであろう鉄パイプが転がってくる。パトカーと消防車のサイレンが聞こえてきたのは程なくしてからだった。




 警察と消防が事後処理に手を焼き、電車が止まり、瓦礫が散乱する駅の中で私は山村くんを見つけた。

「なんで誘導してたの?」

「緊急避難ってやつです。この駅には2つの通路があるのに、片方に人が集中してましたからね」

「へえ……結局占い当たっちゃったね」

「ええ、最悪ですね……ちょっと左手を出してみてください」

「あ、うん」

「ああ……今日の悪いことはここまでですね。あとは良いことが訪れるはずです」

 私が前を向くと、頭になにか冷たいものがかかった。

「……?」

 見ると、頭上には壊れたエアコンのダクトが伸びていた。

「当たりませんでしたね……タオルをどうぞ」

「なんで当たらないの?」

「48%の確立で当たる占いが、2つ当たって1つ外れたんですから平均値以上の活躍ですよ」

「そういうことを言いたいんじゃない!」

 私は山村くんの手から乱暴にタオルを取って、頭を拭き始めた。パン屋の方からパンが焼けたことを知らせるベルの音が鳴る。

「お、あそこのカレーパン美味しいんですよ」

「へえ……」

「買ってあげましょう」

 山村くんは手相を見ていた私の左手を引いて、パン屋へと歩いて行く。私はそんな山村くんについて行きながら、小説の新しいネタを思いついた。

―Fin―



作者コメント:クリスマスの運気を上げたくて運をあまり使わないようにしています。どうやったらじゃんけんに狙って負けられますか?

―古井論理

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