第二章

第21話 行事と謎の少女

 学校生活を彩るもの――その一例として、行事があげられる。


「ふーん、晴翔君ってけっこう積極的なんだね」

「仕方なかったんですよ。僕がいかなきゃ誰もいかなかったろうし」

「私なら絶対できないなー、文化祭委員」


 優里亜さんとの関係を大きく変化させたあの日から、休日を挟んだ月曜日。


 我が家にお邪魔している優里亜さんに、きょうの学校での出来事を話していた。


「なんでやるといってしまったんだろう……」

「いいじゃない。やって後悔はしないよ」


 ロングホームルームの議題は文化祭のことだった。


 文化祭自体、去年やっているのでだいたいイメージはつく。それは、文化祭委員の大変さも同様だ。


 もっと行事に熱い学校だったら、もっと大変なのだろうけれど、俺の感覚からすれば、我が高校の文化祭もかなり忙しくて大変である。


「司会とかできるか不安ですし、そして何より……」

「何より?」

「文化祭委員ってふたりいるんですけど、もう一方が色々あって」

「どういうこと?」

「といいますとですね……」


 俺の相方(と勝手に呼ばせてもらう)となったのは、女子だった。俺が先陣を切った後に、さっと手を挙げたのがその子だった。


 名を青江あおえ羽衣ういという。


 やや小柄な体格の子だ。メガネをかけているうえに、前髪は長く、顔がよくみえない。


 あまり人と話している様子はなく、なぜ彼女が文化祭委員という人の前に立つ仕事に立候補したのか、疑問を抱かざるを得なかった。


 そう考えたのは俺だけではなかったようで、クラスメイトの反応もあからさまだった。「どうしてお前が」といった視線をむけられていた。


「晴翔君、もしかして羽衣ちゃんに好かれてたりする?」


 会ったこともないのに、早々に羽衣ちゃん呼ばわりである。


「身に覚えがないです。第一、さして関わったことがない」

「片思いだったけど、文化祭という機会を利用してアプローチをかけよう、という考えかもよ?」

「いや、それはないと思います。なんとなく、ですけど」


 別にモテたっていいものでもない。優里亜さんとの半同居生活を満喫できる日常さえあれば、あとは他にほしいものはないといってもいい。


 氷空や縁菜、そして冴海ちゃんといった後輩たちとも、これまでの関係を築けていけたらいい。これ以上女性関係が増えても、身に余るというものだ。


「わからないよ? 晴翔君、顔だけは整ってる方だから」

「含みがあるいいぶりですね」

「中身を見たら失望しちゃうかもねってこと。あとはわかるでしょう?」


〝へ〟から始まり〝い〟で終わる四文字をいうのだろう。


「万が一惚れられていたとしても、それが発覚して幻滅してもらえると助かります」

「キャラにあわなそうな文化祭委員までやる子でしょう? もし君が好きなら、性格くらいじゃ諦めないかもよ? 失望はされてもね」

「そうかもしれませんね」


 俺と同じように、正義感とかそういうのが後押ししてやっただけなのかもしれない。


 人は見かけによらないともいう。昔はもっとアクティブな性格で、文化祭委員なんて、実は苦じゃないのかもしれない。


 考えすぎだ。しかし、気になって仕方がないのだ。ミステリアスなものには誰しも惹かれるものだろう?


「それにしても、青江羽衣ちゃんか。覚えやすい名前だね」

「どうしてですか?」

「だって、名前が〝あいうえお〟で完結してるじゃない」

「たしかに」


 あおえうい。あいうえお。


 本当だ。


「親御さんも意識してつけたのかな。はあ、私もそういう遊び心のある親がよかったな」

「優里亜じゃだめなんですか?」

「もちろんこの名前は気に入っているけど、ちょっと羽衣ちゃんみたいなのに憧れちゃっただけ」

「初川だと残念ながら遊びようがなさそうですけど」


 青江さんのは、人の名前を馬鹿にするわけじゃないけど、面白いとは思う。


初川廿はつかわにじゅうとかならどう? 二十日は二十、みたいな?」

「おー」

「もっと褒めるがよいっ」


 その発想はなかったな。いい名前かどうかは別として。


「残念ながら上倉君のは思いつかなかったわね。残念だけれど」

「晴翔っていう名前が気に入ってるんでいいです。そういう問題じゃない気もしますけど」

「……で、なんの話をしてたんだっけ」

「文化祭委員に立候補したっていう話ですね」


 脱線しまくりだ。


「僕、決めました。文化祭委員に選ばれたからには頑張ります」

「頑張ってね。私、応援してるから。あと、持ち帰りの作業とかがあったら手伝うからね。働かざるもの食うべからずというし、半分ヒモい私は労働しないと申し訳ないから」

「それじゃあ、ありがたく頼らせてもらいますね」

「任せてっ!」


 明るい返事をもらえた。頼りきりにならずとも、苦しいときは助けてもらおう。


「文化祭か。数年前にやったはずなのに、記憶がもう曖昧になってる」

「半年前のことですら半分くらい覚えていないものですから、数年前となれば忘れてても仕方ないですよ」

「あ……そうだ。嫌な記憶だから封印してたんだった……いいように利用されて雑用に追われていた高校一年生の記憶が」

「いいです、無理に思い出そうとしないでください。古傷をナイフでえぐるつもりはありませんから」


 一気に表情が曇っている。どれだけ嫌な思いをしたのであろうか。


「まあ、高校二年生の文化祭は相当楽しかったから、文化祭が完全に嫌いなわけじゃないから。気負いせず頼ってね」


 わり闇が深そうな優里亜さんであった。

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