第18話 友人と祝福①

 優里亜さんとの同居において、妥協点を見つけられた。


 気が楽になったというのはいうまでもない。


「これって現実なわけだよな?」

「もちろんさ、勝利」

「前世はさぞかし徳を積んだんだろうな」

「……そうかもしれない」


 我が友、勝利が我が家を訪れた。勝利にとって、これは優里亜さんとの初対面となる。


 氷空の兄である勝利。


 勝利は、氷空から優里亜さんのことをきいていることにはきいていた。


 ただ、彼からしてみれば、優里亜さんの存在自体が半信半疑であり、こうして会うまで「晴翔の妄想に氷空がつきあっているだけなのではないか」という、やや不名誉な憶測をしていたのだという。


「すまん、晴翔! 疑うような真似して」

「謝らないでくれ。俺も正直夢じゃないかと疑いたくなるときもある」

「もしよかったら頬を往復ビンタしてやろうか? これが夢じゃないって確認したげるよ?」

「ただ俺を殴りたいだけじゃねえか」

「この幸せ者がっ!!」


 両手の拳に挟まれ、こめかみをグリグリしてくる勝利。わりと力がこもっていて、冗談抜きに痛い。


「やりすぎだ!」

「晴翔はなんの努力もなしに願望を叶えやがって、羨ましい限りだな!」

「おいやめろ、頭が物理的に壊れる!」


 もみくちゃになって、どうにか頭グリグリ攻撃からの離脱をする。これはしばらく痛みが残るやつだ。


「いいじゃないか。優里亜さんは世界ちゃんの部屋に出払っているわけだし」

「まあそうだな」


 これから俺の部屋で食事をすることになっている。メンバーは四人。


 俺、優里亜さん、勝利、氷空。


 冴海ちゃんは、ここ数日風邪にかかっているようで、「はるとに迷惑をかけたくないの」という理由で本日の参加を見送っている。


 代わりに氷空がくることとなった。勝利は、優里亜さんの姿を拝みたいという理由で、ちゃっかりと食事メンバー入りを果たしていた。


 ちなみに、氷空はやや遅れてくるらしい。勝利いわく、「髪が決まらないのに外に出るとかありえない」から、一緒にはきていないということらしい。


「男同士積もる話もあるだろう? じっくりお話しようや?」

「肉体言語はやめようか。これで古傷が痛みでもしたら笑えねえ」

「大丈夫だ、あれ以上のことはしないから。もしやっちまったら氷空を嫁にくれてやる」

「妹を売るのか?」

「あいつを制御できる男はお前くらいしかいないだろう? 俺は全然ウェルカムだ」


 勝利の家にいったさいに、氷空の胸を見ていた、というジョークを俺が飛ばしたことがあったが、あのときも氷空と結婚うんぬんいっていたと思う。


 兄は妹のことを何だと考えているんだろうか。


 俺と氷空は友達にはなれるが。それ以上にはなりえない。それは過去の事例からも明白であろう。


「もし氷空と結婚したら、勝利を義兄にいさんと呼ぶんだろう? 違和感しかない」

「そこまで気にすることか?」

「するわ!」

「さほど変わらないとは思うんだけどな……」


 なんだかデジャブする。ああ、そうだ。優里亜さんとのやりとりか。


 今回に関しては、俺が抱く感覚と勝利が抱く感覚のどちらがふつうなんだろうか。自分の価値観が信じられない。誰か、答えを出してくれ。


 いずれにせよ、氷空と結婚することはあるまい。本来、論ずるまでもないことだ。


「ほらほら、そうこうしている間に戻ってきたみたいだな。我が妹と、優里亜さんという人が」


 勝利がそれとなく外のほうに指をさす。耳を澄ませると、外から足音と話し声がきこえる。


 ややあって、我が家の扉が開けられた。


「ただいまー、晴翔君に勝利君っ」


 優里亜さんは肩で押し開けた。どうも荷物を持っているらしい。


「お邪魔しまーす……ねえ、なんで晴翔がいるわけ?」

「ここが俺の家だからだよ知っていたかな」

「晴翔がユリアの部屋に居候してるヒモなんじゃなかったっけ」

「いちおう逆なんだよ」


 氷空の毒舌にかかれば、優里亜さんの微妙な立場をダイレクトにいえてしまう。


「ユリア、私が料理担当だよね?」

「そうそう、お姉さん、料理はからっきしだから」


 ふたりはビニール袋を両手に提げていた。料理の食材と調理機器。冴海ちゃんのところからいただいたものと、氷空が持ってきてくれたものだろう。


「よくひとり暮らしを使用と思ったわね」

「自炊しなくても生きていけるじゃない?」

「たしかにそうね」


 あっという間に、氷空は優里亜さんと距離を詰めていた。相手が年上にも関わらず、ユリアと呼び捨てしているし、ため口であるし。ズバズバ物をいうし。


 いつもどおりの氷空ではあるが、優里亜さんに対してもそれが適応されているという事実が、俺にとっては衝撃的なものだった。


「さあ、料理の支度をしましょう? はやく準備しないと、夜も遅くなってしまうから」


 そういって、袋の中身をオープンしていく。


 なかなかうまそうなものが入っているな。夕飯をむかえるのがもう楽しみで仕方ない。


「ともあれだ。これだけ人数がいると、この部屋の広さでは心もとないかもしれないな」

「文句があるなら廊下でひとり寂しく食べればよいのに」


 氷空にぴしゃりといわれてしまった。


「文句をいったわけじゃないよ。狭かったら申し訳ないって思ったんだ」

「そこは気にしてないわ、晴翔君」

「別に問題ないと思うぜ?」

「もしかして、今度は狭いのは私が太っているせいだとかいうつもりじゃないの?」


 若干一名を除き、あたたかい反応でむかえられた。

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