第10話 なんちゃって裁判と思惑①

 休日は終わってしまった。


 非日常とも思えるような優里亜ゆりあさんとの出会いは、もうおとといのことになる。


 プライベートが変わっても、学校での時間はいつもと変わらない。すぐに放課後をむかえ、真っ直ぐ我が家を目指そうと思っていたのだが。


晴翔はると、ちょっとききたいことがあるわ」

「なんだい、氷空ひそら? 」


 帰りのホームルームが終わり、教室を出てすぐのこと。俺は氷空に呼び止められた。おととい、彼女の胸をガンm……いや、チラ見していたとき以来の再会だ。


「あなたには二つの選択肢が残されているわ。ひとつは苦しみながら死ぬ道、もうひとつは苦しまずに死ぬ道よ」

「おいおい、俺に手をかけて捕まるだなんて氷空の最も嫌いそうなことじゃないか」

「安心しなさい、肉体による死ではなく精神的な死よ。今夜は眠らせないわ」

「誘ってんのか?」

「心が汚れてるわね……」


 蔑んだような目でこちらを睨みつけている。冴海さえみちゃんたちからも似たような視線をむけられたよな。


「ともかく。あなたは、寿司屋にいながらラーメンしか食べないような愚行をしたそうね」

「は?」

「私や冴海ちゃん、縁菜えんなとかが身近にいながら、あんたの性癖ドストライク女に走ったでしょ」

「はじめからそういってほしかったな」


 俺の女友達は文句なしにみんな可愛い。ただ、俺の性癖は年上のちょっぴりエッチなお姉さんなのである。


 可愛い子たちに囲まれているのはうれしいが、それ以上にただひとりのお姉さんと一緒に過ごしてみたいんだよなぁ、という主張を寿司とラーメンを使ってたとえたんだっけ。


「あんたと冴海ちゃんとユリアさん? と一緒にお泊まりしたんだって?」

「最初からそういえばいいのに」

「あんたの身に起きた奇跡が腹立たしくて直接的な表現をする気にはなれなかったのよ。ともかく、私の家に集合よ。強制だから」


 手首をグッと締め付けてくる。手を振り払って離そうとするも、怨嗟のためか、びくともしない。


「無駄な抵抗はよしたほうがいいわ。後で自分が苦しくなるだけだもの」

「氷空のことが末恐ろしいよ」

「大いに結構。さぁ、いくわよ」



 氷空ちゃんになかば連行されるような形で、彼女の家までやってきた。


「勝利兄さんは帰りが遅いから、じっくりとお話できると思うわ」


〝私たち〟と氷空はいった。その通りで、彼女の自室にはすでに人がいた。


「こんにちはなの。裁判長役の冴海なの」

「ほほぅ、晴翔殿ではないか! 絶対負ける裁判にくるとはな! ハハハ」

「……で、裁判云々いってるようだが、裁判ってなんだ」

「裁判というのは、訴訟を────」

「誰が〝裁判〟の意味をいえと」

「あなたが抜け駆けし、得体のしれないの女と接点を持ってしまったことに対する裁判よ」


 ああ、そういうことか。


 こいつら、俺と優里亜さんとの関係をバリバリ邪魔しにいくつもりなんだな?


「うん、わかったわ。馬鹿馬鹿しそうなんで帰るわ」

「……寝込みには気をつけた方がいいの」


 ドスのきいた口調で、冴海ちゃんが暗に俺を脅してきた。


「冗談きついなぁ」

「冴海は軽々しくそんなこといわないの。いわないの」

「わかったよ。そのぶん早く終わらせてくれよ」

「これで苦しんで死ぬことはなくなったわね」


 さて、どう落としどころをつけようか。ある程度の接触を禁止されるのは仕方ないとして、少なくともなにかしらで連絡をとれるようにしておきたい。そういや、まだ携帯の番号すら交換していなかったな。


「じゃあ、晴翔の犯した罪を再確認しておこうかしら」


 氷空ちゃんによって、俺の直近二日間のおこないが思い出される。三人の証言が組み合わさっていたから、どれもかなり事実に近かった。掃除していたことは判明していなかったけれど。


「ここまでの話をきいて、晴翔から物申したいことはあるかしら」

「ない。事実に違いない」

「それじゃあ私たちからいいたいことをいわせてもらうわ。まず私から」

「いいぞ」


 氷空は少し考えたそぶりを見せると、口火を切った。


「私からは全部で三つあるわ。一つ目、その女は信用できるのか。あんたが性癖について語っていた直後に出会うだなんて、出来過ぎじゃないかしら。結婚詐欺にでも遭ってるんじゃないかってレベルよ」

「どちらかといえば、引っかかってるのは優里亜さんの方だ」


 その言葉を受け、彼女は不満そうに口を尖らせた。


「それは置いといて。二つ目は、晴翔が信用ならないということよ。隣の部屋にいるんだから、晴翔が衝動に駆られてどんな行為に走るか不安なの。犯罪は未然に防がないといけないわね」

「まさか引っ越せと?」

「そこまではいってないわよ」

「ならよかった」


 出会って二日でハイさよなら、ってのは悲しすぎるよな。とりあえず、よかった。


「三つ目は、なんかイライラするだけ。以上よ。次、縁菜ね」

「任せたまえ」


 なぜか拳を突き合わせている氷空と縁菜。


「晴翔殿! 私からいいたいのはひとつだけだ。晴翔殿に幸せになってほしいからだ」

「なぜそうなる」

「私という可愛い女の子がいるのに、さらに可愛い女性と過ごすだなんて贅沢すぎるというわけだ。若いうちに運を使い果たして早く逝かれては困る。もう少し自制したほうがいい」

「長期的な目でみたわけか」

「目先のことに囚われていると後悔するというわけよ」


 いってることが正しいようで正しくない気がする。


「では、次は冴海殿だな!」

「あの女に私は負けてる。でも、負けたくないの。私より強いものを排除すべきなの。そうなれば、奴にやられる前にやるか、距離を置くかの二択なの」

「優里亜さんをモンスター扱いしないであげて」


 とまあ、各々の欲求に付き従って、こんな面倒な話し合いの場をもうけたのか。


 きっと、ここでは正論をぶつけても意味はない気がする。あいつらが満足するまで話を続けるしかなさそうだな。


 どうにかして、優里亜さんと接触できる機会を多く確保しておきたいッ!

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