第5話夏祭り

私がおにぎりを食べている間に考えた仮説はこうだ。

少年がボトルを割ったことで私が参考にした写真に映る2007年7月の白浜海岸に繋がりここへ来てしまったということ。そして少年が持っているボトルをもう一度割ることで元の世界に帰ることができる。この仮説に少しでも可能性があるならば今ここでボトルを割るべきだが。そうはいかない。割りたくない。私の作品を、私の思い出を壊したくない。子供のような理由だが、やはり私はまだあの時の思い出にしがみついていたい・・・


『7月7日の七夕祭りは予定通り開催いたします。』

手についた米粒を食べているとそんな放送が海に響いた。よく考えると8月25日から7月7日に来ている。夏休みがもう1回あったらいいなと言う子供の時の夢がある意味叶ったことに今更ながら気づく。

「僕 お祭りに行きたい」

一緒に放送を聞いていた少年が私の服を引っ張って言った。

「よし!じゃあ行こうか」

何となくそう返してしまった。ボトルを割ったら元の世界に戻れるかどうかもまだ確実では無い。何より私自身久しぶりの夏祭りに少し興奮していた。

ワクワクしながら立ち上がる。祭りの開催場所を知っている自分の足は勝手に動いていた。


「ねぇねぇここにはコロナないの?」

歩いてから数分がたったとき少年が言った言葉でそれまで感じていた違和感の正体に気づいた。

「マスク・・・してないな」

すれ違う人が誰一人としてマスクをしていなかった。

「そうだよここにはコロナがないからみんなマスクをしてないしお祭りもあるんだよ」

「それじゃあここの方がいいね」

少年が言った何気ないその言葉はなぜか私の心に残った。

「おじさんはどこに住んでるの?」

「え?えーっと長野県だよ」

「じゃあ僕と隣だね?」

子供は時々何を言っているのか分からない。別荘が岐阜県の飛騨にたっていて、そこで出会ったことからおそらく隣の岐阜県に住んでいると予想できる。隣の県に住んでいるから隣と言ったのだろう。確かお弁当箱に土岐小学校3年1組と書いてあった。実際岐阜県には土岐市という所があるので岐阜県で間違いないだろう。

「えーっとじゃあ好きな食べ物は?」

「ナスかな」

「えーー僕ナス嫌いだよ〜」

少年が質問をして私が答えると言ったぎこちない会話をしているうちに遠くの方から陽気な祭りの音楽が聞こえてくる。会場に近づくに連れてすれ違う人の数も増え、私は久しぶりの夏祭りに鼓動が高鳴るのだった。



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