詩の蜜酒編

第7話 いつかぴったりの三角帽子を

「その腕にもずいぶん慣れてきたね」


 ネブラがサダルメリクのもとに来て一ヶ月が経ったころだ。

 奴隷の身分を脱し、燃え盛る旅館から逃げおおせたネブラは、気づけばアトランティス帝国の帝都、その東端のブルースにいた。

 碌に食事も摂れなかったせいで痩せ細っていた胃は、サダルメリクから与えられる健康的な食事量に徐々に適応し始めていた。また、義手としてはあまりにお粗末な、しかし魔法使いにとっては非常に心強い杖腕に慣れてきたのも、時を同じくしたころである。

 杖腕をつけたばかりのころは激痛に悶絶し、気候の変化に耐えきれないことも多かった。そのたびにケートスを呼びつけてメンテナンスをおこない、無事に日常生活を送れるようになった。

 そして、利き手でない左手の動作にも慣れが見られた。今はサダルメリクと向かい合って朝食を摂っている。フォークで目玉焼きを切り分けるのもお手の物だった。

 先のサダルメリクの言葉に「おかげさまで」と返すと、「うん。いい兆候だね」とにこやかに頷かれる。


「もう少ししたら魔法の勉強を始めようか。けれど、その前に、改めて確認するよ。君は魔法使いになったらなにがしたい? なんのために魔法を使いたい?」


 サダルメリクの家に来て一ヶ月、二人がそういう話をすることはなかった。

 ネブラの旅館が燃え、彼が腕を切り落としたあの夜、おぞましい炎の中で彼の言ったことが全てだ。無力な自分を完膚なきまでに打ちのめされ、絶望した。否、本当はもっとずっと前から絶望していたのだけれど、それをついに自覚してしまったのだ。

 ネブラがあの日々を思い出すことをしなかったのは、忘れたことがなかったからだ。時計の秒針が進むのと同じ数だけ世界を呪った。なにもかもを火の海に変えてやりたい、全部燃えてなくなればいいと思った。

 だから、それを口にする。


「世界を燃やしたい」


 サダルメリクは穏やかな顔をしたままだった。ネブラが改めて口にするまでもなくそれを理解していたし、サダルメリクが理解していることもネブラは知っている。なのに何故、こんな質問をするのか。


「世界って?」

「全部」

「その全部がわかんないな。僕のことも燃やしちゃう?」

「……最終的にはそうなると思う」

「怖いね。僕も死なないようにしないと」

「怖いだけ? 俺のこと、止めたり殺したりしない?」

「止めないし殺さない。君の師匠だから」だけど、とサダルメリクは言った。「僕は師匠として導かなくちゃいけない。全部ってなに? 君が本当に燃やしたいと思ったものはなに? あやふやな気持ちのままじゃ魔法は使えないよ」

「…………」

「あの辺境の旅館だけで生きてきた君にとって、あそこは世界の全てだったはずだ。その旅館なら跡形もなく焼けちゃったよ。君を虐げた人間はまだ残ってるだろうけど。だったら、彼らを殺すだけでもかまわないはずさ。そうでないなら、君はなにを憎んで恨んでいるの? 世界のなにがそんなに嫌い?」


 怒涛の質問攻めは川の濁流に似ていた。気を抜けば押し流されそうになる。

 ネブラは呑まれてはいけないと拳を握りつつ、少しずつ言葉を探っていく。


「……人生。運命、条理。俺が俺であること……いや、本当はそうじゃなくて、俺が俺であることを苦しませるもの。あれをしろこれをやれって言われること。身分とか立場とかを押しつけられること。それを当然のようにされること。それを誰も不思議に思ったり、自分とは違うって気づかなかったり、口に出そうとしないこと。不自由なこと」


 自分の感情を言語化するのにはまだ慣れない。これまでずっとなかったふりをしてやりすごしてきたものだから。

 だから、自分の感情の発露はあまりにたどたどしくて、言葉として輪郭を作るたびに、ああでもないこうでもないと形を変えていく。


「君は自由になりたいんだね」


 サダルメリクはネブラの言葉を拾いあげた。きっとそのとおりだとネブラは思ったけれど、なんとなく素直に頷けないのが答えだと気づいた。


「決めつけられたくないんだ。俺は自分で舵取りがしたい。俺のすることは俺のためでありたいから、それを邪魔するものが憎いんだ。憐れむな、みくびるな、これまでの俺に甘んじてきた全てが嫌いだ。俺が星を見上げたときに幸せだったやつらが嫌いだ。俺がなにかを失くしたときになにかを得たやつらが嫌いだ。それこそが俺の燃やしてやりたい世界だ。復讐してやりたい全てだ」


 調理場で火が盛った。ワインを浴びたようにぶわっと燃えた。ネブラ越しにその火柱を眺めて、サダルメリクはわずかに目を瞠る——つくづく炎と相性のいい子だ。

 褒めてやりたいような、苦笑いしたいような、なんとも言えない気持ちになって、サダルメリクは言葉を詰まらせた。


「……うん、わかった」


 けれど、サダルメリクは魔法の師として頷くしかない。

 自分の役目は、彼をこれ以上絶望させないことだ思っている。この世界は残酷で、どこにも味方なんていなくて、やっぱり自分はただの塵屑なんだって、そのように失望させないことだ。


「僕が君を魔法使いにしてあげよう」


 いつか目の前の少年が三角帽子を被るとき、今とは違う顔をしていたならと願う。






 見習いの魔法使いが公の場で魔法を使うことは禁止されている——が、サダルメリクが上手く取り計らってくれたおかげで、先日の一件でネブラやコメットが処罰を受けることはなかった。

 近衛星団は違反者よりも公子であるラリマーの保護に忙しかったし、その場に居合わせた観客たちがコメットを褒め称えたこともあり、二人は厳重注意だけで済んだのだった。

 そして、それから数日が経ったある日。


「今夜は外で食事をしよう」


 と、サダルメリクが言った。

 普段はネブラとコメットが交代で食事の準備をしていて、夕餉についても同じだ。コメットが「外食なんて珍しい」と頬に手を当て、ネブラが「また飲みかよ、先生?」と訝しんだ。


「あたり」ネブラの指摘にサダルメリクはウインクする。「久々に、ケートスとライラの予定が空いててさ、飲もうって話になったんだ。君たちを置いていくのも可哀想だし、せっかくだから一緒にご飯にしようと思ってね」


 聞き馴染みのある名前にコメットは反応した。ケートスはサダルメリクの弟子であった魔法使いで、医者を営む男だ。温かな胡桃色の髪と、それにお似合いのゆったりとした笑みを思い出す。

 しかし、ライラとは誰だろう。聞いたことがあるようなないような。

 そのようにコメットが首を傾げていると、げっと顔を顰めたネブラが「ライラもいんのかよ……」と呻くようにこぼした。あまりに嫌そうな顔をしていたのでコメットが尋ねると、ネブラは短く答えた。


「とにかくクッソ疲れる」


 なにはともあれ。

 コメットが夜に出かけるのは初めてのことだった。

 昼間の商店街はわいわいちかちかと楽しいものだが、夜の商店街も同じくらい、いやそれよりもずっと賑やかで、きらきらぴかぴかしているように見えた。

 パブの多い南通りは格別だ。奥まったところまで突き進むほど料理と酒の匂いがする。魔法灯は一寸の闇も許さないほど煌々としているし、アーケードの金の柱はその光を鏡みたいに反射させていた。

 コメットはいつもと違う気持ちになった。通い慣れた商店街なのに、どこもかしこも初めて見るように眩しい。顔を真っ赤にしてわあきゃあと騒ぐのを、サダルメリクは笑いながら、ネブラは呆れながら見つめていた。

 サダルメリクに連れられて入ったのは、〈ホンキー・トンク〉という黒塗り壁のパブだった。

 店内ではゆったりとした音楽が流れていて、カウンター席には煙草を吹かしながら酒を飲む大人が幾人か座っている。その奥に規則正しく並べられた酒瓶がつるつると光る。テーブル席はほとんど満席で、相当に繁盛している店なのだとわかる。

 コメットはパブなんて入ったことがない。昼間に店を窓の外から覗き見たことがあるくらいだ。夜になるとこんなに賑やかなところだったなんて知らなかった。

 なので、「ねえこれは」「わあすごい」「帰りたくない」ときゃらきゃらはしゃぎ、「ポークビーンズ」「すごかねえ」「達者で」とネブラは返す。最後については本気で送り出されそうだったので、コメットはぶんぶんと首を横に振った。

 サダルメリクは一階を見回し、知った顔がいないのがわかると、カウンターの近くの階段まで行き、二階へと上った。

 二階に辿りつくやいなや、奥のほうのテーブル席から「あ、こっちこっち」と手を振られる。それにいち早く反応したサダルメリクが「あそこだって」とコメットとネブラを先導した。

 店の左側はカーテンを隔ててバルコニー席へと続いている。模様替えをしたらしく、「ペンキ塗りたて」の表示があったので、今夜は使えなくなっていた。そのテラス席にも近い、六人掛けのテーブル席に、ケートスと見知らぬ女性が座っていた。このひとがライラなのだとコメットは気づく。


「やあ、二人とも調子はどう?」

「遅いですよ、メリクさま。ライラはすでに三杯飲んでしまいました」

「ケートスだって二杯目飲み終わったとこじゃん」

「ちょっとちょっと、僕が来るってわかってたのに先に始めたの? 君たちに追いつくなんて至難の業なんだけど」

「ついてこないと置き去りにされますよ。ライラの慰労会なので」

「え、また振られたの? 早くない? やる気ある?」

「ヤる気がなかったのは向こうよ!」


 なんの話をしているのかはコメットには理解できなかったが、その女性は、褐色の肌に短い黒髪が艶やかな、実に美しいひとだった。

 絶世の美女という表現は彼女のためにあるがごとし。創造主が造形美という点で一切妥協しなかったのが伺える。そんな誰もがたじろくほどの美貌には、鮮やかな青緑のアーモンドアイが嵌めこまれている。惹きこまれそうだった。その瞳と同じ色の三角帽子には、モンシロダチョウの大きな羽根の先を玉虫色に染めた、お洒落な飾りがついていた。

 彼女も魔女、否、魔法使いなのだ。ミラといいこのひとといい、魔法使いの女性はみんな見目麗しいのかしら。ぼんやりとした頭でコメットは思った。


「あたしが二百歳だって言ったら、どうせあそこはシワシワでユルユルなんだろって逃げやがったの。あたしが魔法使いだって知ってたくせに、いざってときなに怖気づいてんのよ、処女かよ!」

「ライラ、子供たちの前ですよ。もう酒が回ったのですか?」

「処女じゃなくて童貞だったんでしょ」

「メリクさまは一滴も飲んでないでしょうが」

「ていうか、ライラって五十年くらい前から自分のこと二百歳って言ってるよね。鯖読んでるのバレたんじゃない?」

「自分の年齢なんて数え疲れたら適当になるから」

「俺にはまだその感性はありませんな……」


 そう言ったケートスはため息をつきながら、コメットとネブラへ振り返った。圧倒されているコメットと顔を顰めているネブラを見て、小さく苦笑する。


「お久しぶりですね、二人とも。先に飲み始めてしまったので、騒がしくてすみません。コメットは初めて会う方でしょうし、紹介しましょう。彼女はライラ・ル・フェイ。俺やメリクさまと親しくしている魔法使いです」


 紹介されたライラは「君があのコメット?」と腰を浮かせた。コメットとライラの目が合う。どのコメットかはわからなかったがとりあえず僕はコメットだと頷く。

 その瞬間、素早く椅子から立ちあがったライラがコメットの前に踊りでる。コメットがびっくりして後ずさるより早く、ライラはコメットの両手を握った。


「やん、ちっちゃい!」

「はえぇ」

「メリクから聞いてたイメージよりも小柄。手首も腕も細っ。砕けちゃう。ブラウスの袖に埋もれてんじゃないの! 肩なんて薄すぎ。ビスケットじゃないんだから。ああもう、ちゃんとこの目で見ておけばよかった。もっと背格好に合った外套ケープだって作れたのに! 決めた、あたしがコメットの三角帽子を作るときは、とびっきりお似合いのやつにしてあげるから!」


 ライラはコメットの腕やら肩やらにぱたぱたと触れ、なにかを確かめるように目を回していた。その動作に本当の意味で目を回していたのはコメットだ。いきなりのことに圧倒されて、意味もない音だけの声が漏れる。

 混乱しているコメットにサダルメリクは弁明するように言った。


「コメットの服を作ったのはライラなんだ」

「えっ」

「いま流行りの女の子の服なんて僕にはわからないから、ライラに頼んだんだよね。ライラは西通りで<豆の樹>って名前の服飾店を出してるんだよ」

「ちょっとメリク、あんたコメットは十五歳の女の子だって言ったわよね。寸法ミスったじゃないのよ、どうしてくれんの」

「でも、コメットが十五歳の女の子なのは紛れもない事実だし。ねえ、ネブラ」

「どっからどう見てもちんちくりんなガキだけどな」


 そのあいだも、コメットはライラに揉みくちゃにされていた。ふと顔を上げれば、人間の最高峰のような美顔と豊満な胸があった。甘いのにどこかスパイシーな匂いもする。わかる、これ、いい女の香りってやつだ。コメットはどきどきしてなにも言えなくなった。

 サダルメリクが「もう離しておやりよ」と言ってくれたので、ようやっとコメットはライラから解放された。最後にコメットの頬を撫でた指先にも鮮やかな爪紅が塗られていて、帝都に住む妙齢の女性の隙のない美しさにどぎまぎする。

 ケートスの隣にサダルメリクが座る。そのサダルメリクの隣にネブラが座ろうとすると、向かいの席にいたライラが「あんたはこっち!」と腕を捕まえて引いた。ネブラが抗議するのもおかまいなしに自分の隣に引っ張ったライラは、コメットにも「おいで~」と声をかけた。

 ライラが席を詰めたので、コメット、ライラ、ネブラの順番に席に着くことになる。ネブラは不服そうだった。

 コメットたちの分の飲み物を注文し、サダルメリクは葡萄酒を手に持った。ネブラとコメットは「子供だし」とジュースを押しつけられた。全員が各々の飲み物を手に取ったところで「じゃ、とりあえず、乾杯~!」とジョッキが上がる。


「あ、あの」

「うん?」

「僕の服を作ってくれたの、ライラさんなんですね。いつもお世話になってます」

「んま! 礼儀正しい子!」ライラは真珠のように並ぶ歯を見せて笑った。「いいのよ、店やってるけど、服を作るのはあたしの趣味だし。ちなみに服だけじゃなくて、コメットのその髪飾りとか、ネブラの腕の杖とかも、あたしが作ったの」

「エーッ! すごーい!」

「気持ちい~~もっと言って~~」


 ライラは足を組み、グラスを掲げながら、背凭れにしなだれる。そのとき肩がぶつかったので、ネブラは「離れろ」とこぼした。


「ライラの豆の樹は、服飾に宝飾、化粧品に香水、なんでもやってるんだ。特に多く扱ってるのは服だけど。ライラは見てのとおりお洒落さんだし」

「ふふん。扱ってるのはただの服じゃないわよ。最高にエレガントでロマンチックな魔法を施した、世界に二つとない至上の服を作ってるの」


 耽るようにライラは語った。

 コメットはそれにふんふんと興味深く聞き入る。


「有名なのは“花のパニエ”シリーズね。スカートの下一面に花が咲くのよ。本来は下着を見えなくするための魔法なんだけど、いまはお洒落として穿く子が多いわ。一番人気は“麝香撫子カーネーションのパニエ”、“白菊のパニエ”や“紫陽花のパニエ”も人気よ」


 あ、それ、見たことあるかもしれない——ベルリラのスカートが風に揺れて中が覗いたとき、一面に薄紫の紫陽花が咲いていたのをコメットは思い出した。かわいい、と思っていたけれど、まさか魔法だったとは。


「他にも、脚が細く見える石楠花シャクナゲズボンに、夏でも涼しい風信子ヒヤシンス外套ガウン、着たひとの存在感を四割ほど消す霞草カスミソウ外套マント……ああ、あたしって天才」

「本当にすごい! 魔法の服! 僕も着てみたい!」

「着てるわよ」

「えっ」

「コメットのその外套ケープには温度調節の魔法を施してあるから。冬は暖かくて夏は涼しいのよ。気づかなかった?」


 そういえばそうかもしれない。だって、どんなに寒い朝でも、この外套ケープを羽織れば途端にへっちゃらになってしまうのだ。あの感覚は魔法ゆえだったのだとコメットは納得した。


「ちなみにネブラの外套ガウンにも同じ魔法がかかってあるわ。風信子ヒヤシンス外套ガウンよりも魔法機構がちょっと複雑で、編成も厄介だったけど、なかなか使い勝手がいいでしょう?」

「はい、とっても」

「ね~」ライラはよしよしとコメットの頭を撫でる。「この子、あんたの弟子なんだって? ネブラ。これっぽっちも師匠と似てないじゃん。こんな幼気いたいけで純粋な子捕まえてなに教えこもうとしてんのよ」

「なにも教えこもうとしてねえよ」

「本当になにも教えてくれません」

「教えてやんなさいよ!」

「どっちだよ。お前のそういうところ本当に無理」


 テーブルの上の料理をパクパクと食べていたネブラだったが、ライラに絡まれて実に嫌そうな顔をした。コメットの見間違いでなければライラから少し距離を取っていた。関わりたくない、と全身全霊で示している。

 ネブラの発言が呼び水となったのか、ライラの瞳はじゅわっと潤んだ。涙を流すほどではなかったけれど、「悲しい!」と訴えかける表情だった。


「あの男もそうだったわ! 無理って! あたしのなにが無理なのよ!」

「今まさに無理なところが出まくってるぜ」

「こんなべらぼうに美人のあたしが、どうしていつまで経っても結婚できないのよ! 伊達に二百年も生きてないんだから抱かれかただって熟知してるのに! 抱いてみたらわかるのに! ネブラもベッドの中のあたしを知ったら目の色変えるんだから!」

「自分よりも肉厚な女には興味ねえよ」

「マセガキ! カワイーッ!」


 ネブラの生意気で辛辣な態度も、二百歳を超えるライラにはウケていた。そのしなやかな両腕でネブラを抱きしめ、胸元に閉じこめる。

 抱きしめるために身を翻したおかげで、コメットに背を向ける体勢になっていた。それを見たコメットは困ったような気持ちになる。背中が大胆に開いたドレスのような外套ローブをライラは着ているため、サテンの思わせる艶かしい肌を見せつけられて、なんというか最高に目に毒だった。

 ライラの背にはまるで刺青のように金色の枝葉が這っていたが、刺繍したような糸運びを見つけ、それが下着であることに気づいた。コメットは勇気を出して「見えてます」と訴えたが、ライラは「見せてんのよ」と返した。そうか、見せてるのか、そうか。コメットにはわからない世界観だった。

 そのあいだも、抱き竦められているネブラは「無理無理無理」と杖腕でライラの胸をびたびたと叩く。次第においこら離せババアと声を荒げるのだが、ライラはめげずに頬擦りして「大丈夫。あたし見た目は三十くらいだし」と返すだけだった。なにが大丈夫なのか。


「メリクがネブラを拾ってきたときからイイツラしてんじゃん~って思ってたのよね。この陰鬱な癖毛ちゃんと整えたら化けるわよ」

「ま、じ、で、無、理」


 抱きしめるネブラの頭をかいぐりかいぐり撫でまわすライラ。

 ネブラはいっそ暴れ散らかしたかったけれど、テーブルをめちゃくちゃにしてしまうことを危惧した。皿を割ってはいけない。食べ物を粗末にしてはいけない。ネブラはそういうところに敏感だった。

 ちなみに、ライラたちの体面に座っていたサダルメリクは、さきほどから二人の様子を肴に酒を飲んでいた。なんならケートスは三杯目を終えた。

 ネブラがあからさまに嫌がっているにも関わらず、仔猫のじゃれ合いを見ているみたいに、暢気にかまえている。一応の名目として今日は恋人に振られたライラの慰労会なので、好きにさせてやろうかな、と気持ちが傾いている。

 サダルメリクは二杯目に着手していた。今夜も酒が美味い。そのジョッキをテーブルに置き、しげしげと眺めながら口を開く。


「昔っからライラってネブラ贔屓だよね。そこがちょっと不思議。見た目の歳で言うなら、ネブラよりもよっぽど近いわけだし、僕に惚れてもいいものなのに。男の条件として、顔よし性格よし魔力よしと三拍子揃ってるんだからさ」

「真ん中一拍子揃ってないんだけど休符?」


 ライラは厳しくツッコんだ。コメットが「大先生はライラさんが好きなの?」と尋ねてみると、サダルメリクは「好きだよ。可哀想で面白いし」と返した。可哀想で面白いはどうなんだろう。褒め言葉でも口説き文句でもない気がする。

 案の定、ライラは「だから二拍子しか揃ってないのよ」と突っ撥ねた。


「あんたはいつもあたしの不幸を肴に酒を飲んでるんでしょうが。慰めてくれるのは最初だけで、二杯目からはヒイヒイゲラゲラ笑いながらあたしの愚痴聞いてるじゃない。ケートスを見習いなさいよ、この男は四杯目までは笑わずに聞いてくれるわよ」

「すみません、スパイス酒を一つ」

「四杯目だね、ケートス」

「恐れ入ります」

「ほら、この一杯分はケートスもちゃんと慰めてくれるはずだから、ライラは自分の不幸を話しきっておこうね」

「呼びつけた飲み友達に失恋したのを笑われる以上の不幸とかある?」


 サダルメリクはジョッキを傾けながら、「呼びつけた飲み友達に笑われるほどの男運のなさじゃない?」と言った。ライラは「うるさいわ!」とまなじりを裂いた。


「世の中の男が見る目なさすぎなのよ! まあ、魔法使いじゃない相手からしたら、ちょっと歳は食ってるかもしんないけど、あたしは三等級で魔法の腕だっていいし、結婚相手としては最高じゃない。美人だしスタイルいいし性格もかわいいしで三拍子揃ってるわよ! ねっ、ネブラ!」

「一拍子も揃ってないけど全部休符か?」

「キーッ! クソガキ! キスしちゃう!」


 むちゅっむちゅっ。ライラは、一度は緩めた腕の力を強くし、テンポよくネブラの頬やらにキスを落とす。漏れる呼気から酒の匂いがした。この酔っぱらいめ。ネブラはビキビキと血管を浮かびあがらせるも、ライラはタチの悪い酔っぱらいだったので、一拍も怯む様子はなかった。

 さすがにネブラを可哀想に思えてきたサダルメリクは、「こっちにおいで」と自分の隣の席へ誘うように、ネブラへ笑いかける。

 ネブラはぶんっと腕を回してライラを吹っ切る。席を立ったネブラが詰めるようにして座ったのは、サダルメリクの隣ではなく、ケートスの隣だった。ちょうどコメットと対面になる位置だ。

 サダルメリクが目をぱちぱちと瞬かせると、「先生は楽しんでたから嫌だ」とネブラが不機嫌に告げ、元の席に合った自分の飲み物を取った。ライラは弦が切れてはじけたように笑う。


「弟子に不貞ふてられてやんの!」

「えー、嘘でしょ、そんな、拗ねないで? 君が助けてって言ってくれたら僕だってライラをしてやるくらいはしたんだよ?」

「自業自得ですよ、メリクさま」

「ずるいよ、ケートス。君だってネブラのこともおかまいなしに飲んでたろ」

「この味の誘惑には抗えず」

「わかる。今夜もお酒美味しい」

「まじでクッッッッソ」


 左手で頬杖を突きながら、吐き捨てるようにネブラは言った。

 大人の魔法使い三人は湯水のように酒を浴びている。三人の酒気にてられ、コメットの頬もわずかに紅潮していた。

 会話には口を出さず、聞き役に徹していたけれど、この場の雰囲気に乗せられてしまう。だって、サダルメリクが愉快で、ケートスもいつもより砕けていて、ライラはいるだけで空気が明るくなって、なんだか楽しくなってしまったのだ。

 コメットは皿の上のチキンを啄みながら、テーブルの下でぶらぶらと足を揺らした。たまたまネブラの足を蹴ってしまった。ごめんと言う前にわざと足を蹴り返された。


「ちょっと」

「なに暢気に飲み食いしてんだ馬鹿弟子。この飲んだくれどもから酒を取りあげろ」

「なんなの、急に」

「お前は知らんだろうが、この三人は酔ったらやべえ。これ以上にやべえ。いっそ潰れてくれよって思うくらいに鬱陶しい。軒並み酒癖が悪いんだよ」

「癖ではなく本能」

「酒は飲んで飲まれるもの」

「こういうのを相思相愛って言うんだね」

「やかましいわ酔っぱらいが!」ネブラは三人に噛みついた。「歯止めが効かねえくせに意識は保ってるのが最悪なんだよ。ケートス先生なんて一番の無害みたいな顔してるけど、帝国の至るところで出禁の店作るのが趣味みたいなもんだから」

「そんな趣味はないです。俺は単に酒が好きなだけでして、その店の趣旨と俺の飲みかたが滅多に合わないだけでして」

「ミラのことを仄めかしたら黙る」


 その名を聞いただけなのに、ケートスは本当に黙った。いかに有能な魔法使いでも弟子に呆れられることは避けたいらしい。


「いや、だって、よい子なのです」ケートスはらしくもなく、しどろもどろになった。「魔法が制御できるまでは話さないようにという俺の言いつけも守って、真面目だし気も利くし……若い魔法使いはみんなかわいいものですが、自分の弟子というだけあってミラは特別かわいく見えてしまいます」


 それにウンウンと頷いたのはサダルメリクとコメットである。サダルメリクは「弟子ってかわいいよね」と、コメットは「ミラってすごく綺麗ですもんね」とそれぞれ別の理由で同意した。ケートスは気にせずに「そうなんです……」と答えた。


「でもケートス、ミラの他にも弟子はいたでしょ?」

「ミラの兄弟子が三人。一人は去年の暮れに独り立ちしました」

「末弟子なわけね」

「しかも美少女」

「そうなのです……なにぶん女の子に教えるのは俺も初めてのことですし、出会いも特殊なので、なので、ミラの前に立つと背筋が伸びてしまうというか、この子に嫌われたくないなあと胸がどきどきするというか」

「ケートスかなり酔ってるわね?」

「大丈夫。四杯目のケートスはまだ理性的」

「すみません。林檎酒を一つ」

「五杯目だね。もうだめなケートスだ」

「あたしの愚痴を聞いても腹が馬鹿になるほど笑うケートスね」


 ぐびぐびとジョッキの酒を飲みながら、にやついた顔のサダルメリクと呆れた顔のライラはケートスを眺めていた。ネブラは「ケッ」と吐き捨ててから口を開く。


「そんな骨抜きになるほどミラはかわいいもんかね。なに考えてんのかいまいちわかんねえし、魔法のコントロールは下手くそだぜ」

「僕はケートス先生の気持ち、わかるよ」コメットは反論する。「だって、とっても素敵なんだもの。ネブラはミラを見てなんとも思わないの?」

「焼いたらみんな死体だ」

「僕の言葉通じてる?」

「オーララルラララルラリラ」

「通じてないかも。なにそれ」

「ミラの真似」

「嘘! ミラのはもっと綺麗だもん!」

「ラルラルルラーラリラリラ」

「うるさい!」


 ついには「ランララランラーッヒャーハハハ!」と下品に嘲笑ったので、「ネブラの馬鹿、馬鹿っ!」と必死になって怒った。

 いつまでも笑いをやめないネブラは、コメットの足を思いっきり踏む。無論わざとだ。

 コメットも「やめてよう!」と言いながら空いている足でネブラの足をぎゅむぎゅむと踏みつけた。しかし、その足さえネブラはもう片足で踏みつけるので、テーブルの下で戦争が起こった。サダルメリクが「お行儀が悪いよ、二人とも」と注意する。

 そこで、ケートスはふうとため息をついてから、口を開いた。


「ネブラ。よしなさい」

「あん?」

「君は根は悪い子ではないのに、少し粗暴なところがあります」

「弟子でもねえ若者に説教かまそうってか? 最悪の酔いかただぜ」

「俺は君の兄弟子ですから。あえて嫌われようとしているように見えて心配なのです。いえ、そもそも、見習いの立場で弟子を取ったことには驚きましたが、ならばそれなりに魔法を教えてやればよいのに。以前、メリクさまのところに伺ったときには言いませんでしたが、コメットが可哀想です。こらちょっと、目を逸らさない、聞いているのですか」


 本腰を入れて説教しはじめたケートスを眺めて、サダルメリクとライラは「面白くなってまいりました」「これだからケートスと飲むのはやめられないよね」「言ったれ言ったれ、八十越えのジジイの本音」と煽った。

 ネブラは「ガヤってんじゃねえぞ酔っぱらい!」と二人を睨みつけたが、ケートスはそれさえ気に入らなかった。


「ミラはね、そんな汚い言葉も振る舞いもしませんよ。あの子はいつも優美で淑やかです。神秘の絶海に沈む真珠の化身。一刺しずつ縫いあげたオーロラの裾の娘。妖精と約束して生まれた」

「弟子にどんな幻想抱いてんだよ」

「なら、そんなミラの爪の垢でも煎じて飲めば、ネブラの素行もよくなるかもね」

「ミラの爪には垢なんてありません」

「ないんだってさ。残念。ネブラのそれは一生治りません」

「待って。人間の爪の垢を煎じた薬があるの? もうなにも信じられない」


 驚愕の事実を知ったコメットが、真っ青な顔で頭を抱える。その可哀想な反応が面白くてとにかく楽しかったので、サダルメリクとライラは「アハハハハ」と笑った。明日死ぬのかなってくらい笑った。

 飲みすぎると他人の不幸が楽しいのはサダルメリクとケートスの性質だが、ライラも満面の笑みだった。

 そのうち三人はこの世界に存在するありとあらゆるものを面白おかしく感じてきたらしく、ヒイヒイゲラゲラと腹が捩れて千切れるほど笑った。気力を失くした素面の弟子二人だけが残った。

 ネブラは髪をがしがしと掻いて、「だから疲れんだよ」と席を立った。

 そのまま、一度風に当たろうとバルコニー席のほうへ向かう。ペンキを塗っていたのは木製のテーブルとイスだけだったようで、床や手摺りには触れられた。手摺りに背凭れていると、カーテンからコメットがひょっこりと顔を出す。


「……お前も逃げてきたのかよ。楽しんでたんじゃねえの?」

「ネブラがどっか行っちゃうから」

「先生をつけて拍手しろ」

「ネブラ先生!」

「はしゃぐな」

「理不尽」


 言われるがままに拍手したコメットは、ネブラに邪険にされるなり、ぴたりとその手を止めた。ただ、ネブラの理不尽な態度には慣れているので、特に気にすることもなく、てこてことネブラのほうへ歩み寄り、手摺りに肘をついて夜の街を見下ろす。

 ぴかぴかと光る街並みは綺麗だ。冬めいた寒さは光の一粒一粒を際立たせる。透きとおる空気の間隙に滲む食事の匂いと、絶えず聞こえる音楽は、きっとブルースの象徴なのだとコメットは思った。

 今夜は本当に楽しくて、酒を飲んだわけでもないのに、その気分は浮ついている。

 サダルメリクはたまに踊るように酔っぱらって帰ってくることがあった。あの優雅な魔法使いがどうしたらそんなことになるのか、コメットはずっと不思議だったけれど、その舞台裏を覗いたような気分だった。

 コメットは「大先生たち、すごく仲良しなんだね」とネブラに言った。


「あの三人はいつもああなんだ。ライラが別れ話を愚痴って、ケートス先生が変に語りだして、先生は手を叩きながら焚きつける。最後は全員が気持ち悪いほど笑ってる。誰か一人でも欠けるとそうでもねえけど、三人揃うと最悪の調和だ」

「ケートス先生も楽しそうだった」

「今日はミラの話を出したから、ケートス先生も少しは落ち着いてるが、本当にやべえときは他の席のやつらに絡みだす。びっくりするほどだらしがない」

「ネブラ先生はライラさんに気に入られてるんだね」

「ライラは俺のことをかわいいぬいぐるみちゃんだと思ってるふしがある。自分の好きにしていいおもちゃを衝動のままぶん回すのと同じ理屈だ」


 疲れたようにフンと鼻で笑うネブラ。夜風に渇いたわけでもないのに、その目を細め、表情をくゆらせた。鎖骨につくほどの癖毛が靡く。顎や頬をくすぐるのにもかまわず、ネブラはただ佇んでいた。

 その姿を隣で見上げながら、コメットは思う。

 疲れたというのは本当なのだろう。たしかに大人たちの会話は目まぐるしかったし、いつもと違う調子で談笑するサダルメリクには呆気に取られた。

 だけど、楽しくないかと聞かれたらそうではなくて、不快な思いは微塵もしていない。

 サダルメリクの愛弟子であるネブラだってそのように考えてもよいはずなのに、ネブラはやはりどこか一本線を引いたように、線の向こう側の闇夜でじっとしている。少しだけ不服そうな表情をして。

 コメットは自分にだけ線を引かれているような気がしていたけれど、きっとそうではない。敬愛するサダルメリクにすら、ネブラには引くべき線があるらしい。

 ネブラの怒りはいつ噴火するかもわからない火山みたいなものだ。穏やかに見えて、地中でその熱を煮え滾らせている。

 コメットとて愚かではないから、ラリマーと出会ったあの日のネブラの怒りに思いを馳せたりはする。あのときわからなかったことに気づきもする。ただごとでないような様子だった姿は、サダルメリクの案じた、絶望から魔法を使うネブラなのだ。

 相変わらず意地悪だし、理不尽で乱暴で、先生としては最悪な魔法使いだけれど、コメットはこの危うい魔法の師が心配だった。

 呪いを吐いたその舌の根も乾かぬうちに、君は不埒にも笑うから、悪者ぶらないでいいのにって伝えたい。君が悲しいならその悲鳴は絶対に道理なんだよ。


「ネブラってもしかして奴隷だった?」


 コメットは一歩だけ、線を飛び越えてみた。

 踏み越えるなかれという禁足区域。何故なら火傷では済まないから。轟々と火柱の猛る絶望の底。煮え滾る憎悪が噴きだすより先に一刻も早く逃げださなくてはならない。灼熱の地帯に物怖じもせず、片足を突っこむなんて馬鹿のすること。


「本当、馬鹿って無敵」


 そう言ったネブラは眉を顰めながらも、いっそ唖然とした面持ちで、コメットへと視線を落とした。

 火山は噴火しなかった。






 まだ出会って二ヶ月にも満たない短い付き合いだけれど、コメットには脅しが効かないと、ネブラは理解している。

 無論、まったくの無効というわけではなく、手荒な真似をすればわりとあっさりコメットが折れ、へにゃりと萎びれた顔を晒すのだが、また性懲りもなく突撃してくる。

 雑草のような活力と胆力である。

 ネブラがどれだけ睨んでも凄んでも、怖がらないし臆さない。相変わらず生意気な口を叩く。

——ネブラが本気で怒っているわけではないと、気づいているのだ。

 先刻、酔ったケートスは、ネブラはあえて嫌われようとしているように見えると言った。それは近からず遠からずといった診察眼で、彼の医者としての力量が知れる。

 長年、自分の不快や嫌悪を表に出すことをしなかったので、少しでもそう思ったら態度で見せてやるのだとネブラは決めていた。だから、実は大して怒っていないときでも、わざと怒ったふりをするのだ。

 顔を顰め、声を低くし、舌を打ち、手を出し、物を蹴る。そうやってネブラが意図しておこなっていることを、コメットは意図もわからずに察している。

 馬鹿なくせに、とネブラは舌を打った。


「……たぶんお前の出身と同じくらい片田舎の、古い旅館で働いてたんだ。朝から晩まで扱き使われて、殴られて、自分のためじゃなくて誰かのために息を吸ってるみたいだった。みじめだったよ。俺を燃やしてくれとか、馬鹿げたことを言うくらい」


 大きな二つ目に見上げられているのをネブラは感じる。滔々と、けれどどこか茫洋と語るネブラの声に、コメットはなにも言わず耳を傾けていた。


「俺は別に死にたかったことなんて一度もないんだけど、俺にとってはこの世界で生きることが針を飲んでるみたいに痛くて、恨むのも憎むのも億劫で、なんにもできなくて、だからいつも星を見上げながら死にたいごっこして遊んでた」


 期待、希望、奇跡。そういうものは、物心がつくよりも先にごみ箱に捨てたか、あるいは生まれてこのかた持った試しがなかった。

 ただ、漠然と、永遠に手が届かないようなにかを世界から取りあげられている感覚があって、ネブラ自身も気づかないまま、ぐつぐつとした感情が沸きあがっていた。


「腕を失くしたのもそのとき。でも、俺は先生に拾われて……魔法使いになるために弟子にしてもらったんだ」


 そう語り終えてから、ネブラは再びコメットを見下ろす。

 夢と希望しか見えていないような、自分とは似ても似つかない子供。ネブラが絶望の淵に立たされて、やっと掴もうと思えたものに、目を輝かせながら手を伸ばせるのがコメットだ。

 ネブラがコメットに線を引いているのではなく、ネブラとコメットでは一線を画すのだ。それを本当の意味でコメットが理解することはきっとない。話すつもりもない。

 話を打ち止めたネブラに、コメットは「そっか」と俯いた。

 その横顔は難しくて、ネブラを不憫に思う気持ちや、なんと声をかけてよいか考えあぐねている心境が滲んていたけれど、それらのほとんどは、あどけないかんばせのしっとりとした肌の下に隠している。ただ真摯に受け止めたのだ。目の前にいるいまのネブラが怒ったり悲しんだりしていないのに気づいているから、かける言葉は慎重に選んだ。


「……奴隷だったから、ネブラ先生ってあんなに家事が上手なんだね?」


 その努力が垣間見えたのにこの有様ありさまだったので、ネブラは「こんの馬鹿野郎」と思った。

 なんたる無神経。フォローのつもりか。いっそ呆れて笑うしかなくて、口から漏れたのは乾いた吐息だ。

 だって、しょうがないのだ。コメットは田舎から出てきた、世間知らずの、ただの十五歳の子供なのだ。未熟な心をやり取りする成長の真っ盛り。誰かを気遣う生真面目さはあっても、万事順調とはいかない。そりゃあ失敗だってする。

 許してやろうと思うよりも先に、咎めようとも思わない。


「……こんな腕でも、お前よりもな」

「魔法使ってるけど」

「これまでなんのもなしにやってきたんだ」

「水汲みすらさぼって僕に任せようとした、不真面目な君がなにを言うかと思えば」

「真面目にやることに疲れたから不真面目に生きることにしたんだよ。真面目にこつこつがんばったって上手くいくことなんて皆無だった。先生と出会ってからは、先生の不真面目を手本にしてんのさ。見ろよ、お前の大先生を。見習い甲斐があるぜ。面倒くさいことは全部弟子に押っ着せて、効率よく生きていらっしゃるお人だ」

「理不尽ってことじゃん」

「物は言いようと捉えよう」

「大先生のよくないところがネブラにも似たんだね」

「あれでも俺の恩師だよ。ケートス先生は俺の口の利きかたに不満があるみたいだけど、そういうのを教えたのも先生だ」

「それは嘘」

「信じたいように信じとけば?」


 ネブラが他人に牙を剥く術を身につけたのはここ最近のことだ。

 サダルメリクのもとへ来る前までは、その牙さえ抜かれていた。

 反抗すれば鞭が飛ぶ、傷つけられたのだと訴えても鞭が飛ぶ、痛がってもうるさいと鞭が飛ぶ。たとえなにをされたとしても、全部受け入れてしまったほうが、血を流さずに済むのだ。

 嫌なことは嫌と言っていいのだと心の底から思えたのは、サダルメリクにそう教えられてから。

 自分がいま傷ついている、あるいは怒っていると、相手に言い返せるようになってからが、ネブラの反撃の始まりだった。ここ一年は快進撃を続けている。威嚇や素振すぶりができるようになってからは、ネブラの武装には箔がついてきた。

 近年で真実怒り狂ったのは、先日のラリマーの一件だけだ。真っ向から神経を逆撫でされて、劇薬を飲まされたような心地がして、自分でも滑稽なほど感情が魔力として発露した。

 普段の自分では到底ありえないような事態で、わりと本気で情けなくて、なんとなくコメットに対して気まずい思いでいたのだが、一方のコメットは全然普通に接してくるので、ネブラの心境は次第に均されていった。

 目に見える態度が悪辣でも、滅多なことがないかぎり、ネブラがなにかを特別疎ましく思うことはない。なにかに心を傾けることもしない。平衡感覚を失わない。今日も世界中のなにもかもが等しく嫌いだ。恨めしい。

 ネブラにとってはお荷物にしかならないコメットを、無理矢理にでもねないのは、ひとえに「いつか世界を燃やし尽くしてやる」という考えがあったからだ。

 どうせみんな滅ぼすんだから。

 どうせこいつも死ぬんだから。

 それはネブラがこの世界へ与えた免罪符だ。心の底でそんなふうに思っているから、毎日毎秒すぐにでも爆発しそうな感情を鎮めていられる。禁足地に踏み入れても許して帰してやれる。いつか燃やしてやるから首を洗って待っていろ。

 畢竟ひっきょう、来たる未来で灰になるのだから、ネブラは寛容でいられる。

 目下で無邪気に己を見上げる子供だけではない。魔法を教えてくれる師匠も、義手を施してくれた医者の魔法使いも、その弟子の娘も、ふざけた振る舞いで猫可愛がりしてくる服飾の魔法使いも、南通りのよく知る兄妹も、不幸なんてちっとも知らないような顔でいる通りすがりの人々も、パブで飲み明かす客も、金貨をひっくり返したようにさんざめく夜景も、煌々とする月夜も、それを越えて迎えるだろう爽やかな朝日も、庭で揺れるアメジストセージも、ひっそりと冬を待つ化粧桜ケショウザクラも、あまりに穏やかでなんの変哲もない日常も。

 全部灰になる。

 生きとし生けるものを灼熱で焼き払った徒野こそが、ネブラのまだ見ぬ原風景。


「戻るぞ」ネブラはぬるく笑った。「いつまでもへべれけになった三人を放置しておくのはよくない。話があらぬ方向へ爆速で進んでいくからな」


 ただ——とネブラは思う。

 恨みつらみの炎を鮮やかな火花へと変えたコメットの魔法は、まっすぐにネブラの胸へと届いた。届いたから、こいつは俺とは正反対の理由で魔法を使えるやつなんだと理解してしまった。

 そうやって無邪気に魔法使いになることを夢見ているコメットが、世界の破滅を目論んでいる自分なんかの弟子をしていることについては、あるかなきかの憐れみを持っている。

 自分とは違うというだけで、特に憎いわけでも嫌っているわけでもない。本当に、俺の弟子なんて辞めればいいのに。そうしたら、一も二もなく手放してやるのに。口に出すほどでもない、けれどたしかにそこにある言葉が、静かに積もっていく。

 ネブラとコメットはカーテンをくぐり、バルコニー席から戻ってくる。

 たったの数分しか経っていないはずなのに、テーブルに戻れば、ライラの歴代の恋人たちについてという話題へ挿げ変わっており、三人は顔を真っ赤にしながら盛りあがっていた。


「何人か前の男は本気でライラの見る目がなかったよね」

「結婚詐欺に遭いかけたときですか?」

「それもだけど、ほら、直近で浮気されたときの」

「なんて言って振られたんでしたっけ」

「たしか君は一人でも生きていけるとかなんとか」

「一人でも生きていけるけどお前と生きていきたかったんだろうが!」

「真理」

「アハハハハハ」


 笑っていたのは案の定サダルメリクとケートスだった。涙目のライラはケートスの胸倉を引っ掴み、自分のジョッキの酒を思いっきり煽らせる。サダルメリクはテーブルを叩き、床を蹴りあげ、幼子のように笑った。

 ネブラは「他の客の迷惑になんだろうが」と小言を言いながら、完全に酔いの回っている三人を介護する。

 結局、ライラが本格的に泣きはじめたところで、今夜は解散ということになる。

 店の外はがらんとしていた。この時間帯になると、ほとんどの客が店の中に引っこむので、通りの往来は少なくなるのだ。建物の中からはがやがやと飲みの声が聞こえてくる。きっと朝まで飲み明かすだろう。

 ケートスとライラは足元の覚束ない者同士、互いに肩を貸しあい、「星が綺麗」「あれは星じゃなくて魔法灯」とか「えげつない美人がいる」「窓に映ったあたしじゃん」とか言いあいながら笑っている。転んでも楽しい。

 二人と同じように意気揚々と店を出るサダルメリクの手をコメットが引いた。サダルメリクはその小さな手を握り返して、「なにこれ蛙?」「潰れそう」「可哀想」ととりとめのないことをこぼす。この店から家まではそれなりに歩くというのに、全然頭が回っていないようだった。酔い覚ましとして、夜風に蒸発していくかのようなぬるいサダルメリクの背中を、ネブラは左手でバシンと叩いた。

 商店街を出るまではと五人揃って通りを歩いていると、ある店の前で、珍しく立ちこんでいる人影を見つけた。

 彼らにいち早く気づいたのはサダルメリクだった。

 自分の握り締めているものはやはり蛙なのではと半信半疑になっていたところ、「おや」と声を漏らす。

 続いて、自分の手が蛙と間違えられていることにモヤッとしたコメットが「あっ」とこぼした。

 最後にネブラが「ああん?」と気づいて一丁上がり。

 淡い水色の髪に、浅瀬を思わせる爽やかな眼差し。麗しい見目の公子・ラリマーがそこにはいたのだ。

 何十歩も距離が離れていたため、ラリマーはサダルメリクたちには気づいていなかった。相変わらず高貴な装いで、同じくらい高貴な装いをした相手と言葉を交わしている。そのそばには従者らしき人影もいた。

 今度はきちんと供を連れて来ているのだとわかったが、それにしても、「どうしてラリマーさんが商店街に?」とコメットは首を傾げる。


「一緒にいるのブルース侯爵だ」サダルメリクは独り言のように告げた。「アトランティス帝国に滞在しているあいだはブルース侯爵がおもてなしをするって話だから、それでじゃないかな。彼らの目の前の店も皇室御用達のレストランだし」

「この前あんだけ騒ぎを起こしたのにかよ」

「騒ぎを起こしたのはネブラでしょ。それに、公子は国賓だよ。帝国貴族は彼を無下にはできないよ」


 サダルメリクの話に耳を傾けていたライラとケートスは「なになに因縁?」「ネブラ、よそに喧嘩を売るなとあれほど」と口々に話している。

 コメットは苦笑いしながらそれを眺めた。ラリマーのほうへ視線を移すと、彼らの話し声も聞こえてくる。


「よいご馳走でした。感謝します、オーキッド・ブルース侯。まさか街中にこのように素晴らしい店があるとは」

「お気に召したようでなによりです、ラリマー公子。勉強のためにアトランティス帝国へ来たとはいえ、そればかりでは疲れましょう。外に出るのも息抜きになるかと思いましてね」

「お気遣い痛み入ります」

「こちらにはもう慣れましたか?」

「うむ。やはりアトランティスは魔法の先進国ですね。日々、刺激をもらっている。母国では学べないようなことも多い。できることならトリスメギストス殿とはもっとお目通りを願いたいところだが……俺の指導にあたってくれている宮廷魔法使いも、とても優秀な方々ばかりです」


 ラリマーは無事に魔法の勉強に取り組めているらしい。よかったとコメットは息をつく。碌な別れかたをしなかったけれど、少なからず気にしてはいたのだ。


「そうですね、宮廷魔法使いの面々は素晴らしい魔法使いです。我がブルースからもサダルメリク・ハーメルン氏がその名を挙げています」

「ああ。氏には何度か世話になりました。その弟子にも会ったことがある」


 ぽやぽやとした顔のライラたちが「メリク、侯爵さまに知られてんだ~」「すごいですね」「いやあそれほどでも」と暢気に話している。背中の先のそんなやりとりを聞きながら、コメットとネブラは足を止めた。


「帝国に来た初日だ」

「公子が従者や護衛を振り切って町へ下りたときですね」

「言ってくれるな。危うく火傷を負うところだったんですから」

「それは災難でしたね。まさかハーメルン氏のお弟子さまが……?」

「魔力が暴発したのでしょう。未熟な魔法使いにはよくあることだ」


 この流れは大丈夫かしらと、コメットは横目でネブラを見る。その口元が引き攣っているのが見えたので、大丈夫じゃないかも、と身構えた。そのうち飛びかかってしまいそうな危うさに、コメットはあたふたした。


「俺が本気で怒っていると言えば、あの男はなんらかの処分を受けることになるでしょう。ハーメルン氏の立場も悪くなるだろうし、俺もそれは望んでいない。あの日のことは水に流すことにしました」

「寛容なことで」

「俺には公子という立場がありますから。気のままに癇癪を起こしてしまえる者にはいっそ羨ましいとさえ思いますよ。そもそもの器が違うといえばそれまでですが」


 ただの世間話なのに地雷の真上。いつ踏みこんで被爆するか知れない危うさだった。当人と相対することなく自然体でここまで煽れるのだから、もういっそ逸材である。

 いよいよネブラが地を蹴ろうとする。ぶつぶつと短く呪文を唱えると、左手を滑らせた杖腕が鋭利なアイスピックに変身したのを、コメットは見た。

 ただならぬ空気を背負ってラリマーに近づくネブラを、コメットはその小さな体で羽交い締めにする。


「お、落ち着いてネブラ、怪我させる気っ?」

「生温いこと言ってんじゃねえ、殺すんだよ。脳天かち割ってロックでキメてやる」

「世界の拷問百科から引用したような発想」

「法律がこの事態を想定してない。未成年飲酒禁止法だけじゃなくて脳漿摂取禁止法も必要」

「普通に殺人は犯罪では?」

「そんなこと言ってないで、大先生たちも止めてよう!」


 コメットの体重ではネブラの足止めにもならない。腰に抱きついたまま引きずられていたとき——パリンと大きく砕ける音が響く。

 突飛なことに、コメットは肩を震わせる。ネブラの目から血走ったものが抜けた。

 驚いて急かされた鼓動よりも早く、パリンパリンパリンと景気よく音は続く。それは、商店街の魔法灯が砕けていく音だった。

 歩いていた通りの魔法灯の明かりが手前から順番に消えていく。割れた硝子が地面に落ちるのが見えた。店内の照明が漏れるだけの、なんとも心細い夜の暗闇。

 同じ通りにいたラリマーたちも何事かとあたりを見回している。警戒したラリマーの従者が、ラリマーを庇うように身を乗りだす。

 そのとき、ドッと空気が揺れる。

 風が強く吹いたかと思えば、ラリマーの隣にいたブルース侯爵の身体が、猛牛の体当たりを食らったかのように吹っ飛んだ。息の呑む音が重なる。たちまちに腰を落としたラリマーの従者も、見えない攻撃を浴び、地面に仰向けに倒れこむ。

 これはいよいよ様子がおかしいと、コメットが目を白黒させていると、背後でコツンと足音が響いた。一歩踏みだしたサダルメリクが、腰のフルートを抜いていた。

 小鳥の囀るような軽やかな音色が響く。

 サダルメリクの奏でるフルートは、風の帯を繕い、ラリマーへ向かう攻撃を跳ね返した。大きな気流が反発する衝撃で、コメットの身体はびりびりと震える。

 束の間、呆気に取られていたけれど、何者かの攻撃は鎌鼬かまいたちとなって、しぶとくラリマーを切りつけようとした。それらはバシン、バシン、とサダルメリクの魔法で跳ね返され、いなされた攻撃で地面が斬りつけられる。

 コメットやネブラのいる地点まで、その鎌鼬が飛んだとき、


「“Adagioアダージオ”」


 ライラを支えていたケートスが指揮棒を振るう。

 襲いかかろうとしていた鎌鼬は失速し、足元に届いたころには、ふわりとしたそよ風として、コメットとネブラの外套の裾をわずかに捲った。

 ぽかんとした顔のコメットはケートスを振り返る。まだ赤みの差す顔は真剣な表情をしていて、「二人とも、俺のそばまで」と呼びかけた。

 そのうちにも、魔法灯の砕けた硝子片が独りでに浮かび、嵐のようにラリマーへと襲いかかっていた。再起した従者がラリマーを抱きしめるように庇う。

 しかし、硝子片の飛礫つぶては誰に届くこともなく、闇夜に煌めきながらサラサラと砂と化していく。

 息もつかさぬ猛攻を凌いだのは、サダルメリクの魔法に他ならなかった。

 サダルメリクはフルートから口を離す。


「まだるっこしいね。“出ておいで”!」


 そう唱えたサダルメリクが片手で握ったフルートを軽くクイッと動かせば、まるで餌にかかった魚のように、男が店の陰から

 べしゃりと地べたに蹲り、苦い顔をする男は、ラリマーの前に駆けつけたサダルメリクを睨みあげた。


「クッソ……護衛が別についてたのか……!」

「ううん。ただの通りすがり」

「ただの通りすがりに魔法で負けたってのかよ!?」

「あー。マントと帽子を脱いだら近衛星団だってわかんないもんね」サダルメリクは両手で頭と肩をぽんと叩く。「僕ね、通りすがりの宮廷魔法使い。君は誰?」


 その言葉に、男は「近衛星団!?」と顔を蒼褪めさせる。

 サダルメリクはにこーっとお茶目に微笑んだ。

 ケートスの背後に隠れているコメットは目を瞬かせる。ついさっきまで飲んだくれて使い物にならない魔法使いだったのに、ひとたび事件とあればなんと頼りがいのあることか。

 しげしげとサダルメリクの背を眺めながら、「大先生、酔いは醒めたのかな」とこぼした。すると、サダルメリクはアハッと振り返り、「醒めてなーい!」と両手を振った。いくらなんでも下手人を前に余裕すぎないか。


「クッソォ!」


 サダルメリクが目を離した隙に、男は身を翻し、逃走を図った。

 いち早く反応したのはラリマーの従者だった。元より魔法ではなく体術に優れた者だったので、素早く男を取り押さえようとしたのだが、たちまち男は姿をくらました。従者は顔を顰め、「魔法迷彩か」と漏らした。


「……ハーメルン氏」ラリマーは腕を組む。「助けていただいたのはありがたいが、男を逃がすとはなんたることか。あれは一国の公子を襲ったのですよ」

「ごめんごめん」サダルメリクは飄々としていた。「でも、僕は本来お休みだし、近くにいる近衛星団に任せましょう。これだけ魔法を使ったんだから、魔力はあちこちに残っています。心配しなくとも、すぐに見つかりますよ」


 言うが早いか、サダルメリクはポケットからハンカチを取りだし、軽く広げたあと、フルートを添える。ハンカチに話しかけ、逃げた男の情報を文字として刻印していく。ややあってから、「“行け”」と囁くと、ハンカチは風に吹かれたように舞いあげられ、高く空を飛んでいった。報告を終えたサダルメリクはすんと鼻を啜る。


「……甘い匂い?」


 サダルメリクがこぼすと、ラリマーが「香水でしょうか」と首を傾げた。

 夜闇に染まった通りに面した店の向こう側からは、今も賑やかな笑い声が聞こえている。

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