普通と特別

 体育館の舞台袖に移動し出番を待つ。かすかに茅蜩の声が聞こえる。部員が一人な故、準備を手伝ってほしいと頼まれたのだ。


 舞台の上では華やかな衣装を着た生徒たちが、眩い光に照らされて演技をしていた。よく通る声だ。舞台に立っている全員が主役のようだった。ふと思った。


 今まで自分を普通ではないと思ってきたが、この考え方も実に自己中心的なものなのではないかと。現に同じ環境で育ち、同じ性格で、学力も特技も苦手なことも思考内容も同じである人間なんて、この世には存在しない。


 よって、一部の人が特別で一部の人が普通であるということはない。つまり、全ての人には各々の良さがあり、その良さを自分の尺度を以て測ることは、空気がいいか水がいいかを判断するくらいナンセンスなことだ。自分が抱いていた普通でないというコンプレックスも、自分の一つの性格として認識すべきものだと思った。


 物思いにふけていると、青葉が小さな声で尋ねてくる。見上げると青葉の顔がすぐそこにあった。


「澪さん、さっき言ってたことですけど、承諾してくれますか?」


舞台の光に照らされて、顔が紅潮しているのが分かった。きっと自分も真っ赤だ。いたたまれなくなり、さも劇に見入っていますと言うふうに素っ気なく頷いた。やった、と小さく呟く声に心臓が高鳴った。


 劇は終了したようで、幕が降り、小道具や大道具を持って生徒たちがこちらへやってきた。体は疲れ切っているのに、達成感でいっぱいの顔で目には意欲の火が灯っている。


 彼らを見て思い出した。自分も初めて弓を引いた時は、あんな顔をしていたのだと。何回うまくいかなくても、あの弓の感触を忘れられず、ふらふらになるまで練習した。ただただ楽しい、という感情だけで弓を引いていた。


 弓が引けるだけで嬉しかったのに、いつしか的中しないと満足のいく射でないと、喜べなくなっていた。自分の強欲さに情けなくなった。

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