か・・・蚊?

 襖の開く音に振り返ると青葉がびっくりしたような顔で立っていた。心臓が高鳴った。

 「青葉」と口に出してみる。想像以上に恥ずかしくなり顔を背けた。顔が熱い。


 いや、待てよ。今日は何も青葉に会いにくるのが目的でない。こうはしていられないと顔を上げると、こちらも恥ずかしくなるほど彼の顔が赤くなっていた。動揺する気持ちを抑え、口を開く。


「この前、大会の日、ごめんね。せっかく応援に来てくれたのに。」


青葉はやっと畳に上がって「いえ」と首を振った。青葉が私の前に正座したのを見て続けた。


「私、結構前から不調でね、的中すらしてなかったの。焦っててあんな事言ってしまった。本当にごめんなさい。」


頭を下げると青葉が慌てるのが分かった。


「いえ、打ち明けてくださりありがとうございます。もっとも、あなたの調子が悪いのは薄々気づいていましたが。」


その言葉に勢いよく頭をあげた。

「気づいてた?」

私の声にならない囁きに青葉は笑いながら言った。


「えぇ。弓道場から僕の音が聞こえるのと同じくらい、あなたの音が聞こえていました。ですが、あなたが時折思いつめた顔をなさるので聞こうにも聞けませんでした。」


独りで悩んでいたことが馬鹿みたいに思えた。青葉が気づいているということは千鶴も気づいているのだろう。


「完璧でない私を見て、格好悪いって思わなかった?」


思わずそう尋ねる。青葉は笑いながら


「えぇ。だって、誰にもうまくいかない時はありますよ。」


と言った。さっきまで澄ました顔をしていたのに、急に赤くなった。


「それに悩む姿も、かっかっ––––」


か、を不自然に連発する青葉に「蚊、どこ?」と聞く。


「いえ、悩む澪さんも可愛かったです。」


歩き回って蚊を探していると微かな声が聞こえ、変な体勢で固まってしまった。鼓動が早くなった。


 ナヤムレイさんもカワイカッタ。

 悩むレイさんもカワイカッた。

 悩む澪さんも可愛かった。


顔が熱くなる。横目で青葉を見ると、顔が真っ赤に染まっている。どうすることもできない空気ができてしまった。冷静を保とうと咳払いをし

「どうもありがとう」

と呟いた。どうすればいいのか分からなくなり

「水でもどう?」

と緑茶の入った水筒を渡した。青葉は嬉しそうに

「いいんですか。」

と茶を飲んだ。澪さんもどうですか、と勧められたが断った。もっと重い空気になると思っていたのに、青葉と話すと不思議と楽しくなる。

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