第6話 女子高生はロートル棋士の悪口にキレる。

「謙作ちゃん、今日も記録係の仕事なの?」


「いや、今日はショッピングモールの指導対局の仕事。予定してた棋士がダメになったんで代わりに行ってほしいと協会から言ってきたんだ。」


「ふーん。なんか対局がなくなってからのほうが忙しそうね。」


謙作は毎週2回の記録係の仕事、そして合間に谷本道場で手合い係と合間に指導対局もやっている。


(当てが外れちゃったな。)


実のところ、咲良は謙作の引退が決まったら一緒に住もうともちかける気でいた。もう協会会館の近くに住む理由もないだろうし謙作に主夫をしてもらって自分が稼げばいい、どうやら娘は将棋をやってるらしいので


謙作にも懐くだろう。その前段階として娘の将棋を謙作に見てもらうつもりだった。


これまでは謙作の将棋棋士という体面も気にしてデリヘル嬢である自分が表に出ないようにしていたが引退後はそうした将棋界との接触も減るだろうから一緒になっても問題ないだろうとも考えていたのだ。



「悪いな。おかずは冷蔵庫に用意してあるからレンチンしてくれ。細々した買い物も済ませてあるから。」


「それでなんだけど、今日の夜、娘を連れてくるから会ってほしいんだ。」

「えっと。将棋をやってる高1の娘さんだっけ。」

「そう。部活がおわったらこっちに来るから夜になるけど。20時にいつものファミレスで待ってて。」

「わかった。遅くならないようにする。」





「おい、雨宮。お前将棋が強いんだってな。俺もちょっとやってるんだよ。一局指してくれよ。」

府立高校の昼休み。弁当を食べ終わったばかりの雨宮 美央あめみや みおに男子生徒が話しかける。


「いいけど、どれくらいなの?」

「まあ結構できるよ俺」男子生徒は言葉を濁してポケット将棋を取り出し駒を並べだした。


「平手でいいの?」

「コマ落ちなんかかっこ悪いしこれで行こうぜ」


男子生徒と美央は対局を始めたが10手もいかないうちに男子生徒が駒損をしてしまった。

(なんだ、ほぼ初心者に近いじゃないの)


 その後30手ほどで美央が勝ってしまった。


「参りました。雨宮つええじゃん。でさ、これから俺に将棋を・・・・」男子生徒がそう言おうとしたが美央はさっさと席を立って教室をでていってしまった。


(ただのナンパか。いつものアレね。)


 美央は同じようなナンパは何度か経験している。母親似で顔立ちも整っている美央は美少女と言える部類に入るし、靴箱には毎朝のようにラブレターが入っている。学校の将棋部の男子もほとんどが美央ねらいだ。いわゆる強豪将棋部ではなく、中学の時、女子の個人戦で府のベスト4に入った美央としては物足りないが、それでもちゃんと部のメンバーも強くなってほしいと思っている。


 スマホに母の咲良からLINEが入った。


「ふーん。今日の謙作おじさんは指導対局の仕事か。」


(天王寺なら近いから行ってみようかな。)



 謙作は昼過ぎからショッピングモールでの指導対局である。若手の男性棋士と女流棋士、そして謙作ということになった。引退棋士がもう一人予定されていたが急用でその代わりりが謙作というわけである。他に誰もいなかったに違いないのだが。それでも謙作にはありがたい。


 指導対局待ちの列はやはり女流棋士が一番だ。料金は1500円一律で格安である。棋士の派遣料はショッピングモールの会社が払うのだ。若手男性棋士も女性棋士もルックスが良く、人当たりもいい。どちらにも対局待ちの列ができていた。


 指導対局というのはその棋士を応援したいファンが期待料として払うものだ。本当に強くなりたいなら道場で強豪相手にみっちり指すなどする方がいい。それでもプロとしては料金分は手ごたえを感じてもらうために色々工夫するものだ。中には手抜きなしでボコボコにする棋士もいるが。


(指導対局ばかりやってると将棋が歪むんだよなあ。)


 アマが崩しやすいようにわざと隙をつくったり、手順を前後してそれを咎めてもらうようにするのであるが奨励会員がそれをやって対局に影響することもある。それを嫌う棋士は手を抜かないで全力で指す場合もあるのだ。


 謙作の前の列はガラガラである。3人ほど相手にしたがそれで終わり。今日の手当ては定額でもらえるので幾ら指しても関係ないのだが。


(わざわざ俺に教わる意味はないしな。こんなものさ。)


 謙作は頭で携帯中継でみた将棋を頭で並べたりして時間をつぶしていた。



 そんなとき、目の前に制服姿の女子高生が座わった。


「先生、お願いできますか。」

「ハ、ハイ。よろしくお願いします。

手合いはどうしますか。」

「角落ちでお願いします。」


(男性プロに角落ちで挑むか。アマ三段から四段はありそうだ。)

(しかし、やたら可愛い子だよな。どこかで会ったことがあったっけ?)


実際、アマ四段では角落ちでプロには勝てないが指導対局なら何とかという所である。


 戦型は矢倉になった。金銀の厚みを作って全部の駒をつかう、居飛車の王道と言える戦法だ。角落ちでも基本定跡といえる。


(駒組はオーソドックスだな。手つきも指し慣れている感じだ。)

駒の持ち方で指し慣れてるかどうかはすぐわかる。もっとも最近は駒を使わないでネットオンリーという若者もいるので一概に言えなくなってはいるが。


中盤に入って女子高生は仕掛けた。ロートル棋士に女子高生の美少女が挑む取り合わせが珍しく、ギャラリーがたくさん集まってきた。となりの男性棋士と女流棋士も謙作たちが気になっているようだ。


 謙作と対局しているのは美央である。謙作の顔は協会のサイトなどでみているから知っていた。


(ここまではうまく進んでるけど・・・)


(当たり前だけどプロははっきり悪い手は指さないなあ。)


 謙作は相手の棋力が相当上と考えたのでここまで手は抜いていない。角落ちのハンデもあるし、相手は純粋に棋力向上のために申し込んできたようなのでそれに応えるつもりでいた。


美央は中盤から激しく攻めたてた。(これならいけるかも。)


やがて謙作の玉を追い詰めていく。そして謙作の玉に必死がかかった。


(多分、こっちは詰まないと思うんだけど)


そして謙作が美央の玉に王手をかけつづける。


(えーっと。逃げ間違えたら不味いよね。)


17手目の王手は歩の頭に桂を打ち据えた王手が飛んできた。歩頭桂の手筋だ。


(うわー。こんな手みえない。)


 この局面だけをみたなら発見できるだろうが、どうやら詰み筋に入っていたようだ。謙作はノータイムの指し手なのでずっと前から読み切ってるのだろう。



 結局、美央は最後まで指して投了した。最後は25手詰めであった。


「負けました。」美央は頭を下げた。


「ありがとうございました。」謙作も頭を下げる。


「先生、どうだったでしょう。」


「いい将棋でしたね。あと、最後は途中の応手を間違えていて、ここ」


 謙作は局面を戻す。19手目の王手の局面だ。


「ここで玉の逃げ方を間違えたかな。こうすれば実は詰まなかった。こうやってこうやって」


 かなりきわどいがギリギリ詰まない順であった。


「相手を信用しすぎるのも考え物で最後のお願いの場合もあるからね。」

「そっか。先生がためらいなく指してきたので詰み筋に入ったのかとあきらめちゃった。」


とはいえ、詰みを逃れる順は難しく、短時間で読み切るにはアマ六段クラスの力が必要だろう。


 そのあと、謙作の列に並んでいるお客はいなかったので謙作と美央は初手に戻って30分ほど検討を続けた。そこで指導対局会は終了となった。


「先生、ありがとうございました。」美央はにこやかにお礼を述べた。


「いい将棋を指すね。アマ四段は間違いないよ。」アマ四段の基準はまちまちだが謙作としては谷本道場の高段者に辛い基準でいったつもりだ。他の道場なら五段はあるだろうと思われた。


「そうですか。ありがとうございます。」

美央はにっこり笑って席をたって売り場のほうに消えた。




 そのあと謙作は事務室に挨拶をして会場を去った。報酬はのちほど協会を通して振り込まれるのだ。謙作は自宅の方面の電車に乗った。自宅近くのファミレスで咲良と待ち合わせているのだ。



「あのおっさんの先生、女子高生に遠慮なしだったな。」

「まったくだ。ゴミプロのくせに。負けてやれ、つーの。」

「だいたい、本当は市来八段だったんだろ。代打か何かしらんけど。空気読めって話だ。」


 電車の中でそんな会話をしている二人の男性がいた。謙作には気づいていないようである。謙作は不快には思ったが人前なのでその二人から背を向けて気づかれないようにした。その時、


「ちょっと。先生をゴミプロ呼ばわりはないでしょ。!」


 謙作の後ろから大きな声が聞こえた。

美央が悪口を言っていた二人の男性を怒鳴りつけたのだ。


「私は先生に真剣に習いたかったの。だから先生も厳しめに指してくれたのよ。何もわかってないくせにプロ棋士をバカにするんじゃないわよ。」



「ちょっ。」謙作は慌てて美央と二人の男性に割って入った。


 二人の男性は止めに入ったのが悪口を言っていた謙作であることに気づき、別の車両に逃げてしまった。


「あ、先生。」

「無茶しちゃいけないよ。危ないめにあうかもしれないし。」

「ごめんなさい。でもあんな言い方はない、と思って」

「人気商売なんで仕方ない所もあるのさ。言われてナンボ。それも含めてプロだしな。」

「じゃあ、僕はここで降りるから。気を付けて。」



謙作は自宅の最寄り駅で降りたが、美央も同時に下車した。いぶかし気に思いながら謙作は待ち合わせのファミレスの方に向かった。


店の前を通ると窓側の席で咲良が待っていた。謙作は店に入ると店員の案内で咲良の席に向かった。


「あら、美央も一緒だったの?」


謙作が振り返ると。先ほどの制服を着た女子高生がいた。


「あ、君は。。」


「ハイ。永井先生、私が娘の雨宮 美央あめみや みおです。」






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