エルフ、魚を焼く
パチパチ、と魚の焼ける音が響く。
幸いにも食べられなさそうな怪しげな魚が釣れることはなく、レイシェントの火魔法によって出来た焚火が大活躍していた。
「よぉし、良い焼け具合だ。なんかこう、一家に一人旦那って感じですなあ」
「このくらいは嗜みだがね。やろうと思えば出来る、を言葉通りにしておくのがエルフには必須なんだ」
「じゃあやればいいじゃないんですかね」
「やりたくないんだ。しかし『どうせ出来ないんだろう』と言われた時にサッとやってみせると……愉しいだろう?」
「嫌な性格してますなあ……」
「エルフ全体の伝統的な趣味だ」
「嫌な種族ですなあ……」
そんなんだからよく森を焼かれるんじゃないかとハナコは思わないでもないのだが、そこは言わぬが花というものだろう。
だから言わずに黙って魚を齧る。
良い焼け具合の魚はジューシーで、思わずハフッと声をあげてしまう。
「美味いですなあ、この魚」
「この辺りは魔力に満ちているからね。魚の味も自然に上がるんだろう」
「魔力が満ちてると何か違うんですかい?」
「違うとも」
レイシェントは頷き、魚の刺さった棒を振ってみせる。
「此処もそうだが森とか山の上とか、空気が良いというだろう?」
「そうですな」
「あれは自然と魔力の濃さを感じているんだ。まあ、あまり魔力が濃すぎるとダメな連中もいるがね」
「ほー、そんなもんですかい」
「そんなもんさ」
言いながらレイシェントも魚を齧る。
「む、美味いなコレ」
「でしょう? 干物にしてもいけますぜ、これは」
「干物かあ。人間が交易で持ってきたものばかり食べてたからなあ」
「何気に手間もかかりますからな。しかし今後を考えれば作っといて損はねえです」
「今後、か」
生活に必要なものは、エルフであれば木があれば作れるし材料用の木はエルフであればいくらでも手に入る。
つまりこのまま暮らすだけなら今後の事など何も悩む必要はないが、今のレイシェントには此処を賑やかにするという目標がある。
ならば当然、「今後の計画」というものが必要になるわけだが……。
「ふーむ……家を増やしてみるかね?」
「家だけ増えてもどうしようもねえって気もしますが」
「まあ、住人が必要だものな。とはいえ、さっきの人間みたいなのは要らないしなあ」
「そういやアレ、何処に飛ばしたんです?」
「どっか適当な人里の近くだ。人間が同じ人間に迷惑かける分には構わないだろう?」
「うーむ、雑だがあっしもそれでいいって気がしますな」
レイシェントもハナコも、基本的に人間にはほとんど興味がない。
むしろ嫌っているといってもいい。
人間の国の1つ2つが消えたとか増えたとかよりも、明日の天気の話題の方が興味があるだろうというくらいだ。
そしてそれは、さっきの人間のせいでその傾向がさらに強まっていたのだ。
「で、話を戻すがね。ゴブリンがいることは確定しているわけだ」
「話を聞く限り必ずしもゴブリンってわけでもねえ気がしやすが」
「かもしれないな。しかし精霊がゴブリンを嫌悪している様子はない……つまり、それなりに話が通じる連中な可能性はあるわけだ」
「やけに精霊をかってますな」
「精霊は良くも悪くも素直だからな。嫌いな奴はハッキリ嫌いって言うから分かりやすいし、精霊に嫌われる奴ってのは大抵話が通じない奴だ」
「はー、その理屈で言うと」
「そう、人間は精霊魔法への適性が低い。奴等傲慢だからな、魔力を積み上げて望みを押し通すくらいしか出来ないんだ」
「ほー」
たまにそうじゃない奴もいるがレアだな、と言うレイシェントにハナコは頷いてみせる。
まあ、人間ならそんなもんだろうと納得したのだ。
「となると、当面はゴブリン探しですかね?」
「ああ、そうなるだろうが……私がちと寂しいな」
「ハハッ、ならエルフでも探しやすかい?」
「エルフかあ……」
こんな土地だ、エルフがいないこともないだろう。
しかし、いまいちピンとこない。
「まあ、こんな皮算用しても仕方ねえですがね」
「確かにな。ゴブリンを探してオークに出会うことだってある」
「オークですかあ。連中、男女で仲悪いですよな」
「仕方ないさ。連中、美的感覚が人間寄りだ。同じオークを美形と思えないんだ」
「あー、よく人間攫ってますもんな。つーかその理屈で言うと此処でオークの女と会ったら、旦那が狙われるんじゃねえですかい?」
ハナコがそんな素直な感想を漏らすと、レイシェントは恐ろしそうに自分の身体を抱きしめる。
「ひえっ、怖い事を言わないでくれ。本当になったらどうするんだ。守ってくれるのかね」
「いや、そりゃ守りますがね」
「というかハナコ、君だってオークの男どもの好みの範疇だと思うがね」
「心配はいらねえですよ。オリハルコンの斧でズバンでさあ」
「その調子で私も守ってくれたまえよ」
笑いあいながら魚を食べるハナコとレイシェントだったが……まあ、結論としては話はほとんど進まなかったに等しい。
等しいが……別にそれでも構わなかった。
「近くに住んでるのがオウガだったらどうしやす?」
「いいね、彼等は理知的だ。交流する価値は充分にある」
この会話が、とても楽しかったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます