第20話 葬儀


 姉の身に起きた悲劇をまだ知らない狭間は授業を受けていた。

 相変わらず親友たちに無視され、たった一人で生徒会の業務をこなしていた。


 放課後狭間は、無視続ける幼なじみの春香と仲直りするために彼女に言い寄っていた。


「聞いてくれ春香っ、俺が親父さんの良からぬデマなんか流してないって!」

「馴れ馴れしく名前で呼ばないでって言ったよね?」

「……ごめん、でも」

「手を離してっ先生呼ぶわよっ!」

「わ、悪い……」


 流石に春香の手を離した。


「もう二度と会わないから」


 春香がそう言って階段を駆け下りた。まだ諦め切れない狭間が追いかけ校門を出た。


「お願いだ聞いてくれ春香っ!」

「ついて来ないでって言ったでしょ!ちょっと触らないでっ!」


 狭間が春香を追いかけていると黒塗りの車が急に止まり、中から黒いスーツ姿の源蔵が飛び出し狭間の顔を殴った。


「がっ!」


 突き飛ばされ、電柱に背中をぶつけお尻をつけた狭間。


「小僧、これ以上娘に近寄ったら殺すぞ……」

「なっ!?」


 最初は単なる脅しかと狭間は思ったが、源蔵の目が殺し屋の眼光で本気だと悟った。

 恐怖で身がすくむ、しかし、男だからまだ引けない。


「なんだよアンタ、子供の喧嘩に親が手を出す気かよ?」

「……黙れ。とにかくお前の様な汚らしいガキに我が娘はやらぬ。さっさと消えろ」


 源蔵が邪気に狭間を手で追い払う。

 可愛い娘を男から守る父親の気持ちは分からないではないが、彼は父親の仮面被った殺し屋。

 しかも、ついさっき静音を殺害したばかりなのに罪の意識より、娘を守る方が優先している身勝手な大人だ。


「なんなんだよっ親が出てくんなよ!」


 相手の方が百倍悪いのに、狭間は罪の意識を感じ逃げる様に立ち去った。


 今日も嫌なことが起きた。だから早く帰って優しい姉さんの顔を見るために狭間のアパートに向かう足取りが早くなっていた。


「俺には、まだ、帰る場所があるんだ、んっ?」


 突然スマホから着信音が鳴った。狭間は画面を見ると静音のマネージャーからだ。


「はいっ狭間ですっマネージャーさん?」

『優斗君、今から僕が言うことを気を引き締めて、良く聞いて欲しい……』

「はい……」


 最近不幸が立て続けだったからだけど、あの元気なマネージャーが妙に神妙な声で話しかけてくるので、狭間はただならぬ不安を抱いた。


『本当に済まん……僕が彼女と離れている間に、君のお姉さんが自害した……』

「嘘だろっ姉さんが自殺っ!?」

『おいっ!気を確かに優斗君っ!』


 頭の中が一瞬で真っ白になった。

 全身が脱力してスマホを落とし、ひざが崩れ狭間は呆然と空を見あげた。


 唯一の味方で希望だった最愛の姉が死んだ。信じたくないけど、立て続けに起きた不幸が疑う余地を与えない。


 今すぐに姉が安置されている病院に走って向かうべきだけど、悲しみとショックで狭間の思考が停止していた。


「俺は……」


 ただ一つ分かったことは、この日から狭間は天涯孤独の身になった。


 ◇ ◇ ◇


 翌日最愛の姉静音の通夜が執り行われた。それで、右も左も分からない狭間に変わってマネージャーが代わりに葬儀の手続きをしてくれた。


 一応親戚や静音の親しかった芸能人にも通達したが、重篤寺の報復を恐れて誰一人として参列しなかった。

 しかも、人気女優の葬儀なのにマスコミすら訪れないのが不自然だった。


 この時まだ狭間は、翔馬の圧力の影響のせいだとは疑問すら思わなかった。


「優斗君……」


 神妙な面持ちを浮かべるマネージャーが言い難そうに口を開いた。


「静音さんの死因は……当て付けなのか、それとも話し合いに行ったからか知らないけど……」


 不倫相手の俳優のマンションの十階のベランダから飛び降りて自殺した。

 せめてもの幸い顔の損傷は免れたものの、背中から地面に叩きつけられ全身骨折内臓破裂で即死だったと説明した。


「姉さん辛かったね……」


 余りにも辛い説明だった。それでも優斗は泣くのを我慢していた。

 とは言え、前日は涙が枯れる程に泣いたから我慢出来たのだ。ただ、それでも涙をこらえるのが辛かった。


「優斗君……お姉さんに顔を見せてくれ」

「ああ……」


 マネージャーに言われ狭間は静音が眠る棺桶に向かおうとするが、立ちあがる力が出なくて這いつくばって向かった。


 ようやく辿り着いて棺桶を覗くと、安らかに眠る静音の綺麗な顔が見えた。


「姉さんどうして死んでしまったんだ? あれだけ俺と一緒に生きて行こうと誓い合ったのに……うわあああああっ姉さん!」


 強い弟との姿を見せたくて今日は涙を我慢するつもりだったが、安らかな姉の死に顔を見た瞬間、涙腺に溜め込んだ涙が溢れ彼は泣き崩れた。


「先輩」


 突然の訪問者が狭間に声をかけた。


「……」


 無言の狭間が振り向くとそこに、後輩の守屋純が弔問に訪れていた。

 彼は静音の大ファンだったから葬式に訪れてもおかしくはないが、ただ、彼女の死に関しては一部の関係者以外知らされていない。当然守屋にも狭間は連絡していないのに、何故知ったのか不明だった。


「守屋お前……確か姉さんのファンだったな……」


 呼ばれてないのに突然来た守屋に疑問を抱く余裕は、狭間になかった。

 ただ、悲しむはずなのに彼の顔はニヤついていた。


「死んだんだ……」

「なに……」


 聞き捨てならない台詞に、流石の弱っていた狭間が反応した。


「ふふっ……」

「なにがおかしい守屋……」


 狭間は当初唖然としていたが、徐々に怒りの表情になっていく。


「コレもう要らないんだよね……」


 守屋が鞄から色紙を取り出して、ヒラヒラと団扇の様に仰いだ。

 これは以前静音が守屋のためにサインした色紙だ。

 それをわざわざ持って来て見せた意図とは?


「自殺した女優のサイン色紙なんて不吉だから処分しに来た」

「なんだと……」


 狭間は立てひざを着いて立ちあがろうとした。


「もういーらないっ!」


 ニヤつく守屋は狭間の目の前で色紙を破り捨てた。


「あーースッキリした」


 手をパンパンする守屋。


「守屋てめえ……」

「落ちつきたまえ優斗君っ!」


 拳を握り立ちあがって守屋に向かおうとする狭間を、慌ててマネージャーが止めた。


「あれ? まだ僕に向かって先輩ヅラしてんの狭間?」

「なんだと……」

「ふんっお前さっ二度と先輩なんて呼ばねーからなっ!」

「お前なんだよ急に……」


 態度が急変した守屋の挑発に狭間は怯み困惑した。

 まあしかし、背も低く童顔の守屋では狭間を脅すのは難しい。ただ、憎たらしいのは確かだ。


「あのさ、葬式が済んだらこの東京から出てってくんね?」

「なんで俺が出て行かなきゃなんねーんだよ?」

「なんでって無理でしょ今後……」


 意味深な言葉を残して弔問もせず、守屋が立ち去って行った。

 つまり、狭間の前で色紙を破り捨てる嫌がらせをしたかっただけだ。

 だけど、この程度の精神攻撃で狭間に深い傷は付けられなかった様だ。


 翌日の午後無事に葬儀が終わり、マネージャーが狭間に話しかけた。


「優斗君僕からの忠告だ。近いうちこの街から出た方が良い」

「ちょっとマネージャーさんまで?」

「あっ悪気があって言ってるんじゃないんだ。き、君はその、重篤寺の御曹司からなんらかの恨みを買われている……」

「……まさか翔馬が?」

「いや、そこまでは分からないけど、非常に悪い予感がするんだ……」

「田原さん……」


 家族でもないのに唯一味方してくれるマネージャーの優しさに、狭間は感謝していた。

 だけどこれ以上は……


「田原さんごめん。もう良いよ」

「優斗君……す、済まんっ!」


 マネージャーがお辞儀して謝った。


「全ての処理が終わったら僕は田舎に帰るよ」

「そうですか田原さん。今まで姉を支えてくれてありがとうございましたっ」


 狭間は彼の手を両手で握り頭を下げた。


「優斗君も決して無理はするなよ……」

「はいっ……」


 葬儀が終わりマネージャーと狭間は別れた。これでまた一人味方が減った。


「タロ行くぞ」

「ワンッ!」


 葬儀場に連れて来ていた愛犬タロに話しかける狭間。

 狭間にとってタロが最後の家族だった。










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