読む日常|5分で読める短編集

山田志穗

vol.1 くせとまとまり

ドラッグストアの一角で、男が立ち尽くしている。はるか

そこへ女が近付いてくる。一花いちか



一花  あー、いた。探した。


 遥  ん。


一花  あった?


 遥  うん。でも迷ってる。


一花  おお。


 遥  変えてみようかな。


一花  いいね。どれにする。


 遥  ス―スーするやつにしようかな。暑いし。


一花  ミント系か。


 遥  ミントなんだ。


一花  多分。え、違うのかな。


 遥  いや分かんない。


一花  夏用の涼しいのがいいってことでしょ。


 遥  うん。


一花  んー……これは?


 遥  ちょっと高くない?


一花  えー男の人のシャンプーなんてこんなもんじゃないの。


 遥  高いよ。高級品だよ。


一花  今のやついくら。


 遥  三百円とか。


一花  安っ。いいね男の人は安くて。


 遥  女の人は。


一花  いろいろだよ。私は千円くらいのやつ使ってる。


 遥  千円は出せないな。


一花  髪さらさらになるよ。


 遥  俺は。さらさら?


一花  さらさらっていうか、ふわふわ、かな。


 遥  くせ毛ってこと。


一花  真っ直ぐではない。まあ柔らかい。


 遥  これ柔らかいんだ。


一花  うん。いいと思うよ。犬みたいで。


 遥  犬……


一花  え。褒めてるよ一応。


 遥  なるのかな。男でも。


一花  何が?さらさら?


 遥  うん。


一花  使ってみる?使ってみたら一緒に。私の。


 遥  使ったことある。


一花  あれ。そうなの。


 遥  一回だけ。


一花  どうだった。さらさらになった?


 遥  いい匂いになった。


一花  ほう。


 遥  きれいなお姉さんの匂い。


一花  あら。そりゃいい。


 遥  でもなんか、ぬるぬるするよね。


一花  ちゃんと流したのそれ。


 遥  多分。


一花  もしかしてコンディショナー使った?


 遥  リンスのこと?


一花  リンスじゃないけど、まあシャンプーのあと使うやつ。


 遥  分かんない。


一花  だとしたらめっちゃぬるぬるするよ。赤い方?ボトル。


 遥  赤いのと何。


一花  透明な赤。


 遥  どっちも赤じゃん。


一花  透明なのがシャンプーで、透明じゃないのがコンディショナー。


 遥  よく区別つくね。


一花  だってほら、上とか横にみぞ付いてるじゃん。ギザギザ。


 遥  そうなの。


一花  うん。目つぶってても区別付くように作ってあるんだよ。


 遥  へえ。よく知ってるね。


一花  ふふ。


 遥  ギザギザ付いてるのがシャンプー?


一花  あー……(並んでいるシャンプーを見て)そうだね。


 遥  覚えてないじゃん。


一花  いや。そんなパッと聞かれても分かんないよ。お風呂でそんな意識しながら使ってないし。


 遥  そういうもんか。


一花  いいじゃん。スースーしなくてもいいなら私のやつ一緒に使おうよ。


 遥  ス―スーするのがいい。


一花  あ、そう。


 遥  これにしとこうかな。


一花  見せて。


 遥  安いし、クールって書いてある。


一花  いいけど、せっかく変えるんだからもっと有名なやつ試してみたら?


 遥  例えば?


一花  ……これとか。


 遥  ええ。これおじさんのやつ。


一花  え、全然おじさんじゃないよ。CMがほら、最近よくドラマとか出てる男の子。


 遥  若い子?


一花  うん。めっちゃかっこいい。モデルやってた子。


 遥  俺知ってる?


一花  絶対知ってる。なんて名前だったっけな。


 遥  ……


一花  だめだ。出てこない。


 遥  やっぱこれでいい。


一花  いいの。


 遥  うん。クールだし。


一花  こっちはエクストラクールだけど。


 遥  ただのクールでいいよ。


一花  スーパークールもあるよ。


 遥  嫌なの。


一花  嫌じゃないけど。なんかつまんないじゃん。もっと面白いの使えばいいのに。


 遥  面白いシャンプーってなに。


一花  チャレンジ精神の話だよ。もしかしたら何かが開花かいかするかもしれないじゃん。


 遥  シャンプーで。


一花  ものすごく好きなシャンプーに出会えるかもしれない。


 遥  出会えなかったら。


一花  違うのを試す。


 遥  試したの?


一花  ううん。私はもうずっと同じやつ。


 遥  なにそれ。チャレンジしないの。


一花  好きだもん今のシャンプー。


 遥  おお出会えたんだ。


一花  はい。


 遥  決め手は。


一花  決め手は……匂いかな。


 遥  ああ。いい匂いだよね。


一花  ていうか言われたからね。


 遥  ああ……


  

  間。言葉の意味を理解する時間。



 遥  え。誰に。


一花  君にだよ。


 遥  あ、俺か。


一花  付き合った時。この匂い好きって。


 遥  そうだっけ。


一花  覚えてないの。


 遥  いや、そうだった。


一花  はは。いいよ覚えてなくても。


 遥  今思い出した。


一花  はいはい。


 遥  それからずっと変えてないの。


一花  まあ。そうなるね。


 遥  へえ。そうなんだ。

  


  遥、少し考え、



 遥  今日はいいや。


一花  え。買わないの。


 遥  うん。


一花  もう無くなるよ。うちのやつ。


 遥  借りる。いい?


一花  いいけど。ぬるぬるするかもよ。嫌じゃない?


 遥  あの時はリンスだった。


一花  コンディショナーだけどね。


 遥  ギザギザついてなかった。


一花  はは。さっき知ったくせに。


 遥  ふ。


一花  ギザギザ。


 遥  うん。さっき知った。


一花  でしょ。


 遥  もう分かる。大丈夫。


一花  そう。じゃ、いっか。とりあえず。


 遥  うん。

  


  二人、去りながら



一花  あ。


 遥  ん?


一花  歯磨き粉も買わなきゃ。


 遥  ス―スーするのがいい。


一花  また?




くせとまとまり 終わり

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