第05イヴェ ヨッポー、〈青春18きっぷ〉を知る

 ヨッポーは、〈遠征〉とは、新幹線や飛行機を使って移動するものとばかり思いこんでいた。

 埼玉県在住のヨッポーは、全国ツアーが行われる十四都市・十五公演中、関東地方と静岡の五都市・六公演に関しては、迷う事なくチケットを取る決断を下すことができた。だが、それ以外の地については、ヨッポーにとっては〈遠征〉になってしまう。そのため、初めての〈遠征〉として何処に行くべきか決めかねていたのである。

 そういった次第で、ヨッポーは、自分よりも、はるかにヲタク歴が長い先達からアドヴァイスを受けることにしたのであった。


 全部の公演に征く、いわゆる〈全通〉することを前提として、全てのチケットを押さえて、かつ、移動も新幹線や飛行機といった高速・短時間移動ができれば、ヨッポーだって、何も行き先に悩む必要など一向にないのだが、いかんせん、ヲタク活動、いわゆる、〈ヲタ活〉には先立つ物が必要で、ヨッポーの場合、ヲタ活に費やせる金額には上限があった。


 ヨッポーが入っているグループのメンバーの中で、〈グッさん〉は、基本、高速・短時間移動をすることにしているらしい。その一方で、〈ふ〜じん〉は、どんなに時間がかかったとしても、一円でも安く移動する主義で、原則、高速バスや鈍行列車で移動する事にしているそうなのだ。

 そこで、お財布の中身に一抹の不安を覚えているヨッポーは、安さ絶対主義者のふ〜じんに、初〈遠征〉の指南を受けることにしたのである。


 ふ~じんは、安い移動手段として、高速バスのことから話を始めていた。

「でも、ふ〜じんさん、高速バスでの夜の移動って、眠れるんですか?」

「〈夜バス〉の場合は、眠れないケースも、ままあるよ。それでさ、なかなか眠れないのに、明け方になって眠気がようやく襲ってきたと思ったら、その直後に到着ってのは、夜バスあるあるなんだよね」

 夜に運行する高速バスのことは〈夜(や)バス〉と呼ぶらしい。

「その〈夜バス〉って、ヤバいっスね」

「だから、高速バスの場合、移動時間も距離も同じならば、〈昼(ひる)バス〉の方が圧倒的にラクなんだよね」

「じゃあ、〈昼バス〉を使った方がよいって事ですか?」

「それで、ライヴの開始時刻に余裕をもって到着できるならね」

「どおゆう事ですか?」

「例えばさ、ライヴが十八時開場、十九時開演の場合、僕だったら、十五時には到着している昼バスを選ぶかな」

「開始の四時間前なのに、それって早すぎないですか? 開始前に観光でもするからですか?」

「ちゃうちゃう、高速で渋滞にはまった場合の二時間くらいの遅れをコミで考えているわけなんだよ」

「なら、あと一時間くらい遅く、十六時到着でも大丈夫では?」

「座席指定ならね」

「指定以外のケースってあるんですか?」

「整理番号順入場だったら、ぶっちゃけ、入った順の自由座席だから、開場の時にいなくちゃならないんだよ。まあ、今回のツアーはホールでの指定座席だから、昼バスを使うなら、十六時到着で大丈夫かな。自分の場合、行き先が仙台や名古屋の場合は、だいたい〈昼バス〉にしているよ。京都や大阪の場合も〈昼バス〉を使うことがあるけれど、座席指定で、物販がない時かな」

「となると、今回のツアーの遠征は、その〈昼バス〉を使えばよいってことになるのですね」


「ノンノン。ツアーは夏じゃないですか」

「どおゆうことですか?」

「夏に遠方地に安く移動したいのならば、それは〈青春十八きっぷ〉一択なのですよ」

 そう、ふ〜じんは断言したのだった。

「ちょっと、よろしいですか? ふ〜じんさん、自分、こんな童顔でも、一応、今年で四十歳なのですよ。そんな、もう〈青春〉をとっくに過ぎちゃっているおっさんでも、その……、何でしたっけ? ………、十八歳切符って使っても大丈夫なのですか?」

「………………………………………………………………………………………………」

 ふ〜じんがアングリとしているようにヨッポーには見えた。


「え、えっとですね、ヨッポーさん、〈十八きっぷ〉というのは単なる名称で、JRの在来線全てが一日乗り降り自由の五枚綴りのお得切符のことなのです。乗客の年齢は何歳でも、まったく問題はないのですよ」

「ということは、京都や神戸とかも、その〈十八〉だけで行けるってことですかっ!」

「もちのロンろん。その通りですよ。JRの鈍行列車の線路が続いている所ならば、『線路が続けば何処までもおおおぉぉぉ〜〜〜♪』

 例えば、始発の東海道線で品川を発って、乗り継ぎに問題がなければ、一枚の切符で、なんと九州の小倉まで行けちゃうのですよ」

「ま、まじっすか、それで、その〈十八〉って、お幾ら万円なのですか?」

「五枚綴りで、一二〇五〇円だから、一日、二四一〇円の計算になるかな」

「えっ、えええぇぇぇ〜〜〜。ちょっと待ってください」

 ヨッポーは、スマフォで何やら調べ出した。

「今、調べたんですけれど、東京から大阪までは、新幹線でだいたい一万四千円、福岡までは二万二千円、で、飛行機だと四万円以上かかるみたいなんですよ。それなのに、二四一〇円なんて圧倒的な安さじゃないですかっ! なんでみんな、そんな安い手段を使わないんでしゅか!?」

 ヨッポーは興奮して、ちょっと噛んでしまった。

「考えてもみてよ、ヨッポーさん。大阪まで十時間、小倉まで十九時間、鈍行列車でトコトコ揺られて行くんだよ。〈推し〉への過剰な愛と、相当な肉体的耐性がないと、〈十八〉での移動なんて、精神的にも肉体的にもキツすぎるって。だから、僕も、こんな方法の提示はするけれど、強くおススメはしないわけ。ただ、安さって点で考えるのならば、やっぱ〈十八〉なんだよね」

「でも、ふ〜じんさんは、その〈十八〉を使っているんですよね」

「もちのロンろん。ここに愛があるからね。〈十八〉で〈愛〉に征くんだよ」

 そう言って、ふ〜じんは、胸の前でハートマークを作ったのだった。


「それならば、〈十八〉を使えば、全国どこにだって行けちゃいますね」

「それがさ、ヨッポーさん、『線路が続けば何処までも』征けるんだけどさ、残念ながら、〈十八〉では、日本国内でも、沖縄には行けないんだよね。沖縄へは、船か飛行機を使うしかないんだよ。まあ、今回のツアーでは沖縄公演ないから、関係ないんだけどさ。それに……」

「それに?」

「この切符は、春夏秋冬の学校の長期休み期間に合わせられている期間限定切符で、夏期の場合は、七月二十日から九月十日がその利用期間になっているんだよ」

「ということは……」

 ヨッポーは、スマフォで〈エール〉さんのサイトにアクセスして、ツアーのスケジュールを確認した。

「そう、ツアーの後半の〈遠征〉には、もう〈十八〉は使えないってわけ」

「なるほど」

「だから、もしも〈十八〉を使っての〈遠征〉を考えているのならば、八月から九月の上旬にかけて、ライヴが開催される場所ってことになるわけ。ということは、自ずと、ヨッポーさんの初〈遠征〉先も限定されるよね」


「つまり……」

 ヨッポーは再度、ツアーの日程を確認した。

「つまり、京都と神戸の関西ってことになりますかね」

 ふ〜じんは、自分から具体的な遠征先を指摘せずに、あたかも、ヨッポーが自ら答えを出すように導いたかのようであった。このことから、ヨッポーは、ふ〜じんを密かに〈導師フージン〉と呼ぶことに決めたのだった。

「でもさ、京都と神戸に征くのならば、次の高松も余裕で〈回せる〉よ。関西から四国って実はかなり近いから」

「なるほど、それ、いいっすね」


 以上が、〈導師フージン〉の御導きの結果、ヨッポーが初〈遠征〉先を、京都・神戸・高松に決めた経緯である。

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