『化け猫亭』という聞いたことのない店の名前に、喜助は首を傾げる。


「親方。その『化け猫亭』ってなんです? 俺、聞いたことないっす」

「なんだ知らねぇのか? 八丁堀にある化け猫のお蘭がやってる、猫又の貸し出し屋だ」

「化け猫? 猫又? 貸し出し屋?」


 喜助の頭には疑問符ばかりが浮かび上がる。


「で、そこに行って、どうするんです?」

「だから紅丸っていう猫又を借りてこいって言ってんだよ! うだうだ言ってねぇで、とっとと行きやがれ!」

「うぇ! は、はい!」


 仁平に怒鳴られ、喜助は慌てて八丁堀へ向けて、走り出した。


「ったく、あいつは。まだ見習いにしとくべきだったか?」

「親方~。そんなこと言って、紅丸を喜助につけてやるってことは、喜助の腕に見込みがあるって確信したからじゃねぇんですかい?」


 ひょっこりと仁平の後ろから顔をだす、川獺かわうそ飛八とびはち。部下でありお調子者である飛八は、にやにやとした笑みを浮かべていた。


「ふん。おめぇも紅丸に、習いてぇのか?」

「冗談。俺は猫になんて、教わりたくありやせんよ」

「だったら、文句言ってねぇで、とっとと仕事に取り掛かりやがれ!」

「へいへい。そんなに怒鳴らなくても、こんな至近距離なんだから聞こえていやすよー」


 飛八は笑みをひっこめることなく、ゆっくりとした足取りで持ち場に向かった。

 それを見送った仁平は、あることを思い出した。


「喜助に、紅丸の賃貸料を渡すの忘れたな」

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