第2話 嘘


「名探偵山本。じっちゃんの名にかけて、この後輩行方不明事件を解決してみせる!」

「先輩のおじいさんって、探偵でしたっけ?」

「いや? 元ピアノ教室の先生」


 鈴木がいなくなって二日。大学の授業が終わると同時に、俺と先輩は鈴木の行方を探す算段を立てていた。俺も先輩の言を聞いて、鈴木のことが少し心配になっている。いや、さすがに、十八の男が二日いないだけで大騒ぎするのもどうかな、と思わなくもないが。


 ちなみに、現在、俺の携帯には、母親からの圧力メッセージが届いている。

 その内容は、「鈴木君ちのお母さんが心配してるから、探してあげて。夕飯にグリーンピースを大量に入れられたくないのであれば」というものだ。

 こういう時、自身の親と幼馴染の親の仲がいいと息子に被害がくる。このままでは、俺は今日の夕飯、嫌いなものを無理やり口に入れなけばならない。


 これは警察の仕事であり、俺の仕事ではないのではないか。そんなことを思いもしたが、俺としても鈴木家に借りを作ると、おいしい特製角煮がもらえたりする。なので、微力は尽くすつもりである。

 それに男子大学生ひとりの家出をどこまで事件性があると警察が判断してくれるのか、疑問でもあるし。


「先輩、真面目に探してくださいね?」

「おー、わかってる、わかってる。俺も五千円も返してもらわにゃならんし」


 そう言って、先輩は笑う。先輩はこの捜索活動に乗り気だ。

 色々と軽口をたたいているが、先輩も根はいい人だ。やはり、後輩がいなくなるというのは、心配に違いな――、


「いやぁ、俺は怪しいと常々思ってたんだ! 俺より先に、鈴木に彼女ができるなんて! 俺より先に! 俺より先に! 鈴木に彼女が、彼女ができるなんて!」


 ――先輩も心配に違いない。

 決して、後輩に先を越されたことが悔しく、それを覆せそうな事実が見つかりそうだから張り切っている、というわけではないと思いたい。


「とりあえず、その彼女に話を聞こう! いなくなった日は初デートの日! デートでなにがあったのか、なにをしたのか。件の彼女に訊かないとな!」

「……まあ、確かに、その通りですね」

「彼女の名前は?」

「林堂さんです。右から二番目の子です」


 そう言って、俺は先輩に写真を見せた。それは俺が鈴木に見せた写真と同じ、新人歓迎会の写真だ。居酒屋での集合写真。その右から二番目に座っているミディアムヘア。それが林堂さんである。


「……なんか、かわいい娘じゃないか?」

「はい、そうですね」

「くっそ。こんなかわいい娘が鈴木を好きになるわけがない。やっぱり裏がある」


 先輩は確信した様子でそう言った。


「で、今日、彼女がどこにいるのか、田中は知ってんのか?」

「……今日はシフトに入ってたと思います。今行けば、バイト先にいるはずです」

「よし、じゃあ早速話を訊きに行こう!」


 先輩の提案に、俺は頷いた。



 *



 俺がバイト先に着くと、店番をしていたのは俺の一個下の後輩ひとりだけだった。


「あれ、田中先輩。どうしたですかぁ?」

「……忘れ物。あ、こっち、俺の先輩」

「どうも、田中の先輩の山本です」

「どうもどうも~。こんにちはぁ。田中先輩、かっこいい先輩がいるんですねぇ」

「いやぁ、それほどでもあるけど!」


 先輩は後輩のおべっかにデレデレだ。女子高生にちょっと褒められたくらいで、鼻の下伸ばさないでほしい。かっこ悪い。


「なあ、今日、林堂さんもシフト入ってなかったっけ?」

「あ、それが風邪で病欠ですってぇ。ただでさえ林堂先輩三連休だったのにぃ。店長に愚痴ったら、ヘルプ来てくれるって、今ここに向かってる途中ですよ。それまでは私一人でーす。あ、田中先輩。忘れ物ついでに、ヘルプ入ってくれません?」

「別に三人で店番するほど繁盛してないだろ、この店。じゃ、俺は用事済ませてくるから」

「はぁい、ごゆっくりぃ。あ、田中先輩の先輩。ピンクの綿菓子とか、買って行きませんかぁ?」

「買う買う!」


 後輩に乗せられる山本先輩の声を後目に、俺はスタッフルームへと入って行った。


 まさか目的の林堂さんがいないとは。忘れ物を口実に来た以上、引っ込みがつかなくてスタッフルームに入ったが、やることがない。

 どうしたものか、と部屋をぐるりと見渡すと、隣にあるマネージャールームの扉が目についた。


 あ、そうだ。この際手ぶらで帰るというのも癪に障る。非常事態だ。神様にも目を瞑ってもらおう。

 俺はそんな言い訳を頭の中で唱えつつ、鍵も監視カメラもついてない、セキュリティガバガバの部屋へ入った。



 *



「ねー、連絡先交換しない?」

「えー、どうしよっかなぁ?」


 目的を済ませてバックヤードから戻ると、そこにはピンクの綿菓子片手に、後輩に連絡先を交換するように迫る先輩の姿があった。

 なんて恥ずかしい。


「先輩、なにしてるんですか」

「なんだよ。忘れ物もういいのか?」

「ええ」

「後輩の忘れ物に付き合うなんて、優しいんですねぇ」

「まーねー!」


 年下の女の子の誉め言葉ひとつで、先輩は鼻の下を伸ばしている。

 なんて、こっずかしい先輩だ。さっさとこの場を去ってしまおう。


「ほら、先輩。さっさと行きますよ」

「ったく、せっかちだな。じゃあ、ありがとー。また来るねー」

「ありがとうございまぁす! またのお越しをお待ちしておりますっ」


 店から出ると、俺は歩きながら、写真アプリを開いた。

 隣では、歩きながらピンクの綿菓子を齧る、そこそこガタイの良い大学生がおり、俺の携帯画面をのぞき込んでくる。


「で、林堂さんはいないっつーのに、忘れ物したふりまでして、裏でなにしてたんだよ」

「……ここまで来てなにも収穫がないのもどうかと思ったので、店長のデスク漁って、契約更新のコピー探してました。ほら、林堂さんの個人情報がこの通り」


 そう言って、俺は先輩にも画面がよく見えるよう、すこし携帯を傾けた。そこには先程撮影した林堂さんの個人情報が映っている。


「先輩の妄想の通り、今鈴木がマグロ漁船に乗っているにしても、なにか事故に巻き込まれてどこかの病院で寝てるにしろ、一人の人間が行方不明になっているのには違いありません。早く居場所を突き止めたい中で、林堂さんの出勤待ってられないじゃないですか。だから今、彼女の家に直接訊きに行きましょう」

「それでわざわざストーカーみたいに情報抜き取ったと。そんなの直接電話でもして、訊いちゃえばいいだろ?」

「そこまで仲良くない男に、そんなホイホイ教えてくれるとは思えません。それに、電話だとはぐらかされても、なにもできないじゃないですか。逃げ場のない状況で、準備もさせずに訊くからこそ、隠し事を防げるんです」


 これはあくまで、鈴木の失踪に林堂さんが関わっており、なおかつ、それを隠そうとする場合に限る、乱暴な対処法である自覚は俺にもあった。

 しかし、現状、一番事情を知っていそうなのが林堂さんであるのは事実だ。先輩の馬鹿げた推理に乗せられたわけではないが、石橋を叩いてなんとやら、というやつである。


「なんだよ、お前も鈴木に彼女ができるなんておかしいって思ってたんだなぁ、だよなぁ!」


 先輩は同類を見つけたと、嬉しそうに俺の背中を叩いた。うるさい、一緒にするな。俺はちょっとだけ心配してるだけだ。


「で、彼女の家は?」

「二個となりの駅ですね」

「じゃ、電車だな」


 目的地がはっきりした俺たちは、彼女の家へと向かった。



 *



 駅から徒歩十分。林堂さん宅はスーパーの近い、比較的便利な場所にあるマンションだった。


 マンションに入る前、先輩は驚いたようにマンションの最上階である八階を見上げていた。

 太陽が燦燦と輝く中で、よく天を見上げるような行為をするものである。先輩は眩しそうに目を細めている。そこまでするなら、見なければいいのに。


「ここ住んでんの、彼女? 実家?」

「いえ。ここ、一人暮らし用の賃貸マンションみたいです。それに、一人暮らしだって、本人がバイトの休憩中に言ってた気がします」


 俺はマンション名から検索した情報を携帯で見つつ、先輩の疑問に答える。この賃貸マンションはすべて面積広めの1Kであり、月額九万円と、それなりに良い値段を取られる住処である。


「一人暮らしの大学生がこんないいとこ暮らせんの?」

「女の子の一人暮らしですからね。ガタイのいい先輩とは違って、ボロ安アパートに住ませるわけにはいかないでしょ? 親も、娘がオートロック付きの家に住まわせるためなら、多少の援助はするんじゃないですか?」


 俺が話しているのは、あくまで推察だ。実際に彼女が親から仕送りを受けているかなんて知らない。俺は林堂さんについて、あまり知っていることがないのだ。何度でも言うが、もともと仲がよかったわけでもない。鈴木が彼女に興味を示さなければ、このように彼女の家の場所を調べることもなかっただろう。


 そんな俺が、まさか彼女の家をアポなし訪問することになるとは、昨日まで露にも思わなかったのである。


「さ、入りますよ」

「彼女の部屋番号は?」

「三〇二です。……とりあえず、行ってみましょう」


 そう言って俺はエントランスに入ったが、先輩は動かずに上を見ている。太陽が雲に隠れたのか、彼の身体に影が落ちた。


「先輩?」

「……おー」


 呼びかければ、先輩はすぐにこっちへと駆けて来る。


「よし、じゃあベル鳴らすか!」

「あー、ちょっと待ってください」


 エントランスでインターホンを鳴らそうとする先輩に待ったをかけ、俺は自分のリュックをガサゴソと漁った。中に入っているペンケースやら教科書やらが、俺の手に刺さる。


「なにしてんだ?」

「エントランスの方はカメラあるみたいなんで、ピンポンしたら俺が来たってすぐバレるし、ここまでして得るものがないのも虚しいんで。ここで追い返されるようなことは避けたいんですよ。あ、ほら、静かに」


 俺が先輩に口を閉じるように命じたと同時に、エントランスのドアが開く。そこには一人の若い女性。おそらく、このマンションの住人だろう。

 彼女は俺たちを一瞥すると、さっと鍵を出し、自動ドアを開けた。俺らはさも当然のように、その後ろについて行き、自動ドアを通った。


 女性がエレベーターに乗ったのを確認すると、俺たちは階段を昇っていく。そこでようやく、俺たちはそれまで閉ざしていた口を開けた。


「……なあ、お前まさか、『マンションの住人だけど、鍵が見つかりません』ってフリしたのか?」

「はい。こんなマンション、住民同士が全員、顔を把握し合っているわけじゃないですから。適当に住民のフリしとけば、警戒されずにエントランス通れます」

「せっこ~」


 俺のおかげでスムーズに開錠されたというのに、先輩は責めるように目を細めて俺を見た。黙れ、役立たず。


「んー、ちょっと探偵っぽくなってきたな」


 なんだか先輩は楽しそうだ。もうちょっと緊張感を持ってほしい。


 俺たちはあっという間に三階に辿りとく。件の部屋は階段のすぐ傍にあった。俺と先輩はじっと表札の「林堂」の文字を見る。


「……これ、間取り的に、さっきの部屋か?」

「さっきの部屋?」

「ほら、エントランス前で見上げた時、窓三部屋分見えたじゃん。きっちりカーテン閉めて、天気いいのに勿体ねぇなって思ったんだよ」


 このマンションは、一階のエントランスの入り口は南側。そしてマンションの二階から八階まで、各三部屋の窓が南面だ。


 俺は辿ってきた階段とエントランスの向きを頭の中でぐるぐると回す。しかし、いまいち林堂さんの部屋の向きとエントランスの向きがわからない。俺は自分の三次元的な空間把握能力のなさを隠すべく、「そうですね」とだけ答えた。


「先輩。とりあえず俺は病欠の同輩を心配してきた同僚、という体でいくので、先輩は隠れててください。その設定だと、見ず知らずの先輩がいるの変なので」

「へーい」


 俺の指示に先輩は素直に従い、数歩先に移動した。林堂さんが玄関にいる分には見えない死角の位置であったが、傍から見れば共有廊下に突っ立っている不審者だ。


「先輩、もうちょっと離れた方がいいんじゃ……」

「いや、これ以上離れたら、お前らの会話聞こえないじゃん。大丈夫だって」

「……わかりましたよ」


 確かに、後で林堂さんとの会話の内容を伝えるのも面倒だ。ここは大人しく先輩の意見を受け入れよう。最悪、他人のふりをすればいい。


 俺はこほんと咳払いをし、思い切って玄関の呼び鈴を鳴らした。


「はーい」


 ほんの数秒待つと、家主の声がインターホン越しに聞こえる。


「すみません、宅配便です」


 エントランスと違ってカメラが付いてないことをいいことに、堂々と嘘を吐く。


「ぶほっ」


 俺の名乗りを聞いて、先輩が噴き出した。ちらりと横を見れば、肩を震わせている先輩が見える。

 おい、その笑い声が聞こえたらどうするんだ。


「はーい、ちょっとお待ちください」


 林道さんはそう言うと、数秒後に印鑑を持って、玄関を開けてくれた。

 扉を開けた彼女は、


「はーい……、あれ? 田中君?」


 と、俺の姿を見て戸惑った。扉を支えるように寄り掛かる彼女に、俺は小さく頭を下げる。

体調不良と聞いていたが、意外と彼女は元気そうだった。交通事故に遭ったような形跡も見受けられない。


「すみません、サプライズです。病欠と聞いて。はい、これ見舞いの品です」

「え、あ、ありがとう。……え?」


 見舞いにサプライズとかなんぞや、と俺は自分でも思いながら、俺は鞄から未開封のスポーツドリンク一本を取り出した。

 実はこれは見舞いの品などではなく、俺が自分用に買った物なのだが、ちょうどよいので利用した。林堂さんは戸惑いながらも、生温くなっているそれを受け取る。その時、わずかに上げた彼女の腕に合わせて、ワンピースの袖のフリルが揺れた。


「今日は大丈夫だった? 病院は? 看病してくれる人とかは?」

「えっと、病院に行くほどじゃないんだけど、ちょっとだるくて休ませてもらったの。誰かの看病とか必要なレベルじゃないし、全然ひとり」

「じゃあ、今日は外出てないんだ。もしかして寝てた?」

「えっと、そうだけど……。あのさ、なんで田中君がお見舞いに? なんか用かな?」


 ペットボトルと俺の顔を交互に見て、林堂さんが不思議そうに首を傾げる。そこまで交流のない俺たちだ。疑問に思うのも無理ない。

 そこで、俺は一応考えてあった言い訳を放った。


「あー、林堂さんの彼氏……、俺のダチの鈴木ね。あいつがデートだって騒いでた日から、林堂さん休んでるって聞いたから。もしかしたら、あいつがなにか粗相したんじゃないかと思って。鈴木に訊こうにも、無視されてて事情わかんないし。なにか林堂さんにあったら、紹介者として申し訳たたないから。気になって来ちゃった」

「ああ……、そういうことかぁ。でも気にしないで、なんでもないの。ちょっと、振られちゃっただけ」


 林堂さんはさらりと、そう言った。小さく笑いながらも、その眉は少し下がっている。

 他方、俺は目を真ん丸に開けた。


「え? 鈴木が? 振った?」

「うん」

「あいつが?」

「うん」

「あいつごときが?」

「う、うん……」


 三度も訊かれて困惑ぎみの彼女を、俺は信じられない気持ちで見ていた。


「……詳しい話、訊いてもいいか?」

「そんなたいした話じゃないよ。デートが終わった別れ際に、……なんか合わないなって言われて。多分、田中君を無視してるのは、紹介してもらった手前、気まずいからじゃないかな?」

「…………そっか。ごめんね、俺があんなの紹介したばっかりに」

「ううん、いいの。き、きっと私がつまんない奴だから――」


 俺からの謝罪を拒絶し、林堂さんは首を振る。そして零れそうになる涙を指で掬った。


「大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。ごめんね。……今日はもう帰ってもらっていいかな? 一日中寝てたからかな、ちょっとまだ、だるくて」


 林堂さんはマスカラが落ちるからか、袖で目元を拭うような真似はしない。彼女は何度か目尻を指の腹で軽くこすると、俺にそう言った。

 俺はじっと、かつこっそりと、彼女の後方を見る。部屋の中には廊下と、仕切りの扉が一枚。扉は採光タイプで、中央に横十センチ、縦二メートルほどの細長いガラスがあしらわれている。そこからはフローリングの板目模様しか見えない。


「そっか。具合悪いのにゴメンね。ごめん、これだけ質問。鈴木の奴、なにか変わったことなかった?」

「えっと……。特になかったと思うけど。私も振られて一杯一杯だったから、ちょっとわかんないな。あ、でも……」

「でも?」

「なんか、ほかに好きな人できたみたい。その人のところ、行ってるのかも……」

「え」


 俺は眉をひそめた。


「……そっか。確かに、あいつ移り気だから、ありえるかも。ごめんね、うちの馬鹿が」

「…………ううん、気にしないで。それじゃ――」


 そう、首を振った彼女が扉を閉めかけたとき――、


 彼女の部屋の奥から、不思議な音が聞こえた。


 ドンッ――。


 なにか大きな足音のような、重い音だった。


「……なんの音?」

「あー、犬だよ。ごめんね、うるさくて」

「……へー、犬飼ってたんだ」

「うん、そうなの。最近飼い始めて」


 ドッ、ドッ、ドッ――。


 なにかがぶつかるような音が、数回に渡り聞こえる。


「相当暴れまわってるね」

「そーなの、ボールとかすぐに追いかけちゃって」

「子犬?」

「そうだよ」

「へえ。ゲージ買ったの? それとも、サークル?」

「えっと……」


 俺の質問に、林堂さんは戸惑って、言葉を詰まらせた。


 ――ああ、そうか。


「ごめん、まだ子犬なら飼ったばかりか。放し飼い?」

「そうそう放し飼い! まだその、サークルとかはちょっとないかな」

「へぇ、犬種なに? 今度写真見せてよ。俺も犬好きだから、見たい」

「そっかぁ、わかった。じゃあ、バイト行ったときに見せるよ。種類はその時のお楽しみってことで」

「了解。じゃあ、今日のところは帰るよ」


 林堂さんの快諾を聞き、俺は頭を下げてその場を去った。


 最後に、


「あ、そうだ。林堂さん、明日はバイト来れそう?」

「え?」

「意外と元気そうだから。明日、シフト入ってたでしょ?」


 俺がそう聞くと、林堂さんは笑顔を浮かべた。


「うん。大分良くなったから、明日は行けるよ」

「おーけー。じゃあ、店長にそう言っとく」

「ありがとう、よろしく」


 扉が閉まり、ガチャリガチャリと鍵をかける音がする。俺はスタスタと階段に向かって歩き出した。その後ろに先輩がサッと合流する。

 階段で二階まで降りると、先輩が口を切った。


「なんか、鈴木がすごい生意気なことしたって話が聞こえたんだけど」

「……まあ、その話の信憑性はあんまりないですね。鈴木ですし。彼女結構嘘吐くタイプみたいですし」

「あ、やっぱり嘘ついてた?」

「……先輩も気がついたんですか?」


 俺は正直驚いた。彼女は嘘を吐いている。これは俺の中で確信に近い。しかし、それは視覚情報があったから辿り着いた結論だった。それを、会話を聞いていただけで彼女の姿を見ていない先輩が察するとは。


「おー、気づいた、気づいた。どうする? お前鈴木のことも嘘吐いてるだろって、突撃してみる?」

「いや、いったん引きましょう。彼女は嘘を吐いてると思います。でも、それが鈴木に関係するかはわからないので。これ以上は不審ですし、明日バイトに来ると口約束も済ませましたし。その時までに情報まとめて問い詰めましょう。それとも、先輩には彼女の嘘と鈴木の失踪が関わっているって確たる証拠があるんですか?」

「……いや、嘘は女の武器だって言われたらそれまでだな。警察呼ばれても面倒だし……。わかった。作戦会議も兼ねて一旦引くぞ」


 先輩は降参するように肩をすくめた。


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