幼馴染再び、そして事件の真相

 やっとこさあのDQN系女子たちから解放された僕と霧島は、暮れかかりそうな空の下、帰りの途についていた。

 そう、ここからが勝負だ。この前みたいに下心を覗かせないよう注意して、何か霧島の食いつきそうな話題を……。



 「そう言えば、霧島! 貸してもらったオススメの曲……えーと、プライマル・スクリームの『カム・トゥゲザー』だっけ? あれ、すげー良かったよ! 流石は霧島のオススメだなー!」



 僕のちょっとわざとらしいネタフリを聞いて、霧島は徐に立ち止まると、僕の顔を訝し気な顔で見上げた。

 し、しまった。やはり少しインチキ臭かったかな? でもまあ、確かに結構気に入ったし、携帯にダウンロードしちゃったのも事実だ。



 「ふん……あの曲をいいと思うなんて、あなたも少しはUKロックの何たるかが分かってきたようね」

 「……ふう(助かった!)」



 霧島は疑念を抱くどころか、表情こそさして変わらないものの、だいぶ機嫌が良さそうだった。よし、ここはもう一押し。



 「いやー、メロディーも優しいしさ、最初は歌詞からして普通のラブソングなのかと思ったけど、単純に男女の色恋とか……そう言うのよりもっと深いメッセージ性を感じたよ!」

 「そうね、プライマルファンの中にも、あの曲をベストに選ぶ人が多いの。私も大好き……」

 「できれば、また何かいい曲教えてくれよ! 最初は言葉が分からなくて抵抗あったけど、何だかハマりそうな気がするよ!」

 「そ……そう、そこまで言うのであれば、し、仕方ないわ……また何か、貸して……あげないことも」



 僕もだいぶ大袈裟に言ったけど、霧島はロックを語りたい衝動に抗えず、僕を遠ざけるようなことはしない。

 まあ、今日は色々あったが、空の彼方には薄っすらと黄昏色が滲んできて、僕は少し霧島と打ち解けられてる気がしていた。そう、あいつに出くわすまではね……。



 僕らがぎこちなくも楽し気な会話をしていると、少し赤みがかった逆光の眩しい道の先に、一人の女生徒がずいぶんと思い詰めた感じで立ち塞がっていた。



 「那木君……あの子、確か……」

 「げッ! ひ、毘奈!?」



 ああ、今日は色々あったが、まだこれでは終わらせてくれないようだ。とにかく、もうかなり面倒なことが起こるってことは確定なんだから。

 毘奈のただならぬ雰囲気に呆気にとられる僕と霧島。毘奈は生唾を呑み込み、緊張した面持ちで言葉を発した。



 「吾妻、あんなに言ったのに! 言うこと聞かないんだから!!」

 「だ……だから、こないだも言っただろ? 俺は……って、そもそもお前、部活じゃないの?」

 「早退したの!!」

 「早退って、え? ……ええ!?」

 「もういいもん! 吾妻がそこまで言うなら、私がこの人が本当はどんな人なんだか直接確かめるんだから!」

 


 よく分からんが、毘奈はあんなに怖がっていた霧島と、直接腹を割って話す覚悟を決めて来たらしい。

 毘奈は少し怯えながら探り探り霧島に歩み寄り、真剣な面持ちで霧島の顔を、キスでもしちゃうような距離でまじまじと見つめた。



 「ちょっ……何なの、この子?」

 「うーん……悔しいけど、改めて見ると、女の私でも気を抜くと好きになっちゃいそうな程に可愛い……小柄なのも、ポイント高いし……」



 毘奈は顎に手を当て、難しそうな顔をして論評を始めた。とりあえず、毘奈の中で第一ラウンドは完全に霧島に軍配が上がったようだ。霧島は首を傾げ、怪訝な顔をしている。

 すると、毘奈はふと目線を下げて霧島の胸の辺りを見た。かと思うと、自分のと交互に見返しだし、最後には踏ん反り返って鼻で笑った。



 「ふん……どうやら、こっちはまだまだのようね!」

 「だから、なんなの……?」

 「ああ……なんか勝ち誇ってる」



 霧島は更に混乱するも、悪意を感じたのか反射的に手で胸を隠した。まあ、毘奈だってその辺は空木先生なんかと比べれば、決して威張れるような代物じゃないんだけどね。

 とにもかくにも、これで勝負は一対一の対に持ち込まれたってわけだ。一体何の勝負だかは謎だけど……。

 


 「那木君……さっきからこの子、何をしたいのかさっぱり分からないのだけど……?」

 「霧島……うちの幼馴染が、本当に申し訳ない。だけど、僕にもさっぱり分からん」



 一人で勝ち誇る毘奈を、僕と霧島は唖然としながら眺めていた。

 いい加減、僕と霧島が呆れているのに気付いたのか、毘奈は少し焦った様子で畳み掛けようとする。



 「ちょっとばかし人より可愛いからってね、むっつりの吾妻を垂らしこんだみたいだけど、私はそうはいかないんだから!」

 「ちょっと、毘奈……もういい加減に」

 「吾妻は黙ってて! 私はね、吾妻が道を踏み外さないよう、那木ママから面倒見るように頼まれてるんだからね! だから、幼馴染として……えーと……」



 最早、毘奈は自分でも何を言ってるか分からなくなってきていた。もう勘弁してくれ、こっちは恥ずかしくてしょうがないんだから。



 「よく分からないけれど……那木君も色々と大変なのね」

 「ああ、そう言ってもらえるだけで涙が出るよ……」



 毘奈についてはもう収拾がつかないので、このまま本人が満足するまで喋らせておこう。そんなことより、僕は霧島が何か別のことを気にしていることに気付いた。

 霧島は暴走する毘奈を尻目に、振り返って道端に立つ電柱の影を伺った。薄暗くなってきて見えにくいが、確かに人の気配を感じる。



 「そこのあなた、さっきからコソコソこっちを伺っているようだけど、私たちに何か用かしら?」

 


 すると、だいぶ焦った様子でもぞもぞと、うちの高校の女生徒が電柱の陰から顔を出した。

 おさげをした小さくて大人しそうな女子だった。その子は酷く怯えた様子であったが、霧島に何かを伝えた気な感じだ。



 「ちょっと! 私の話まだ終わってないんだけど!」

 「うん、とりあえず、あっちのが深刻そうだから、お前は黙ってようか……」



 露骨に無視された毘奈がブーたれるが、霧島の気はめっきりおさげの女子にいっていたので、僕はいいチャンスだと思って毘奈を黙らせる。

 だが、電柱の陰から出てきたおさげの女子は、酷くキョドって何も言うことができない。霧島の威圧感もあるだろうが、相当コミュ症みたいだ。



 「あなた……うちのクラスの赤石 光あかいし ひかりさんでしょ? 学校にも来ないで、こんなところで何をやっているの?」

 「わ……わわ私は……その……えーと……ききき……霧島……さん……に……」



 痺れを切らした霧島が問い質す。どうやら、霧島のクラスメイトであるらしい。色々と突っ込み所は満載だが、とりあえずは霧島がクラスメイトの名前をちゃんと憶えていたことに驚きだ。

 で、おさげの子……赤石 光は何か喋り始めたようだけど、これがまた酷いブツ切れで、通訳が必要なんじゃないかとすら思った。



 「そう……私に言いたいことがあるのね」

 「わ、わかるんかい!」



 霧島がそう答えると、赤石 光はコクコクコクと何回も肯いて見せた。そして赤石は恐る恐る霧島に近づいていき、唐突に頭を深々と下げたんだ。



 「何の真似かしら?」

 「ご……ごめん……なさい! わ……たし……のせいで……霧島さん……あんな……ことになって……」



 相変わらず、赤石が何を言ってるのかは理解に苦しんだ。だが、どうやら霧島に対して必死に謝っているのだということは伝わってくる。

 霧島は変わらず無表情のままであったが、赤石の思いを全て察したようで、淡々と返答をした。



 「別にあなたのせいではないの……。全ては私が選んだ結果よ……何も後悔はしていないわ」



 おさげでコミュ症で、おまけに不登校の赤石 光は、彼女なりに必死に霧島 摩利香へ思いを告げに来た。

 そして、まさに彼女の存在こそ、謎に包まれていた霧島事件を読み解く為の大きな鍵であったのだ。



 ――ねえねえ、あの子なんかトロくない? 天然なの?



 ――私たちがせっかく誘ってあげたのに、うんともすんとも言わないしね。



 ――違うでしょ、あれわざとやってんだよ。



 ――何それ? ドジっ子アピール? マジウケるんだけど。



 ――うわぁ、あざと! あんな地味なクセして男子の気引こうとしてんだ。



 ――とりあえずさ、なんかムカつくよね……。



 霧島事件の発端となった最初のいじめの矛先、それはミステリアスな孤高の美少女ではなく、気が弱く、地味でコミュ症なただの幼気な少女だった。

 最初は小さな疑念から生まれた赤石 光への誤解は、日を追うごとにクラス全体へと渦巻き、大きな不協和音を生んでいく。



 ――あいつ、またお昼どっか行くよ。



 ――どうせトイレでしょ? 最近お昼にトイレが弁当臭いって有名だよ。



 ――嘘? 便所飯なんてほんとにあるんだ! 絶対無理なんだけど!



 ――面白そうだからさ、見に行ってみようよ! リアル便所飯!



 ――うっわー! ごめーん、冷たかった? トイレがあまりにも臭くて汚いからさ、私たち掃除しようと思ったんだ。まさか、入ってるなんて思わなくてさ。



 ――もう、何も泣くことないじゃーん! わざとじゃないんだからさ。……でも、トイレでお弁当なんか食べておいしいの?



 ――ねえ、赤石さんに対してのあれ、流石に酷くない……?



 ――よしなよ、下手に同情なんかしたら、今度は私たちがやられるんだよ!

 


 クラスを取り仕切る女子多数が赤石 光へのいじめに関与し、そうでない者たちは、或る者は自らが次のターゲットになるのを恐れ、或る者は面倒がってこの理不尽を黙殺した。

 そしてその余波は、クラスの生徒とは一線を引いていた事件前の霧島 摩利香へも飛び火して行く。



 ――あいつ、あんまり学校来なくなったね。



 ――あ、今日は来てるみたいだよ。



 ――ウッザー、死ねばいいのに……。



 ――勿論、霧島さんもそう思うよね?



 ――だって仕方ないじゃん、元はと言えばあいつが悪いんだからさ。ブスのクセに私らの誘い断るから……。



 ――だからさ、霧島さんも一緒にやっちゃおうよ! スカッとするよ!

 


 霧島の生徒手帳を拾った時、その中の一ページにこう書いてあった。



 “学校よりも、三分間のレコードから多くのことを学んだ”

 ――ブルース・スプリングスティーン



 あそこに書いてあった言葉の一つ一つは、ただの怪し気なポエムなどではなく、彼女が一人でずっと聴いてきた憧れのロックスターが残した言葉、言わば人生の教科書だった。

 少なくともそこには、弱者を集団で痛めつけ、傷つけるような教えは書いてはいなかった。いや、むしろ最も忌むべきものだ。



 悪魔からの囁き……差出されたその薄汚れた手を、霧島は周囲の目など全く気にも留めずに平然と打ち払った。

 霧島は目の前に渦巻く、吐き気を催すような卑劣、悪意に満ちた同調圧力、巻き込まれたくないが故の黙殺……全ての忌むべきものに唾を吐きかけ、ノーを突きつけたのだ。

 そんなこと、男だってそう簡単にできることじゃない。霧島、お前かっこいいよ……。


 

 赤石 光は僕らに教えてくれたんだ(だいぶ聞き取り辛かったが)。誰よりも強く、美しくて気高い、そして優しい本当の霧島 摩利香って少女のことを。



 「でも……ごめんなさい、私……霧島さんが……あそこまで……してくれたのに、結局……怖くて……学校行けなく……なって」

 「いいの……学校に行くも行かないも、あなたの自由だもの。本当に嫌なら、辞めればいいのよ」

 「ごめんなさい……でも……私」



 あーあ、何も霧島もそんな言い方……。悪意がないのは分かっているが、どうもコミュニケーション能力に大きな問題のある二人の会話は、上手くかみ合わない。

 こういうとき、二人の間に何か良い潤滑剤でも欲しいところだ。例えばこう……。



 「もう見てらんない! 二人ともヘタクソ! そうじゃないよ!」

 「げっ! 毘奈?」



 しばらく黙りこくっていた毘奈が、急に息を吹き返したように二人の間に割って入りに行く。頼むから、これ以上面倒だけは起こさないでくれ。



 「赤石さん! 違うんだよ!!」

 「……はい……え?」

 「こういう時はね、ごめんなさいじゃなくて、ありがとうって言うんだよ!」

 「……あ……はい……き、霧島さん! わ、私を……助けて……くれて、あああ、ありがとう!!」

 「うん、そうそう、よくできたね!」



 毘奈に促されるがまま、赤石は大声で霧島にお礼を告げる。一方突然の毘奈乱入に、霧島は呆気にとられたままポカンと立ち尽くしていた。

 


 「霧島さんもそう、ダメだよ、せっかく勇気を出して会いに来てくれたのに、そんな突き放すようなこと言っちゃ!」

 「え……私は別に、どうしようとこの子の自由だと言っただけで……」

 「もう! 本当に何も分かってないんだから! 赤石さん……光ちゃんはね、霧島さんと友達になりたいんだよ!!」



 あのクールな霧島が、目を真ん丸に見開いて驚いていた。予断を許さない冷や冷やものの展開ではあったし、論理の飛躍とも受け取れたが、そこは一応コミュ力モンスターだ。



 「む……無理よ、私といたら、これまで以上にこの子に危険が及ぶわ……それに」

 「そんなこと、光ちゃんは分かってるよ!! それでも霧島さんと友達になりたいんだよ!!」

 「う……まあ、そこまで覚悟が……できているのであれば……ううう」



 仮にも学園最凶と謳われた霧島が、僕のフ〇ッキン幼馴染にはたじたじであった。毘奈って、もしかしたら僕が思っているよりも、ずっと凄い奴なのかもしれないね。



 「よし、これでもう今日から二人は友達だよ! 良かったね、光ちゃ……え?」



 毘奈が振り返ると、赤石 光は前を向いたままボロボロと涙を流していた。



 「なって……くれるんですか?」



 ああ、毘奈って言う特殊効果があったにせよ、まさか霧島に普通の女友達ができるなんてね。

 涙が溢れて止まらない赤石の前に、霧島はゆっくりと歩み寄って言う。



 「自由は与えられるものではなくて、戦って勝ち取るものなの……世界は優しくないわ、それでもまだあなたに戦う覚悟があると言うのであれば……手を結びましょう」

 「私……グスッ……戦います! 私の為……霧島さんの……グスッ……為にも……強くなりたい……グスッ……力になりたい!」

 

 

 学園最凶の少女といじめられっ子の少女、鮮やかな夕暮れ色に染まった彼女たちは、こうして手を取り合ったのだ。お互いが本当の自由を勝ち取る為に……。

 全く、このお節介な幼馴染もたまには役に立つこともあるもんだ。手を握り合う二人の少女を横から抱きしめ、毘奈はまるで我が事のように満面の笑みを浮かべた。



 「うんうん……光ちゃんも霧島さんも、本当に良かったね! 私たち三人はずっと友達だよ!!」

 「はい……ありがとう……ございます! あの……ところで……あなたは……一体どなたなのでしょうか?」

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