3


 浜辺に沿った道を鈴に続いて自転車で行く。海水浴やサーフィン、釣り人などを点々と目にする。そうした外界の人々を含めた光景はちゃんと夏休みっぽかったので、受験勉強ばかりだった僕の心も幾分か開放感を得た。ちょっと頑張りすぎてたのかもな、と思う。しかし鈴は僕にそうした内省をする暇を与えない。


「到着! 着替え!」


 浜辺に降り立った瞬間、ワンピースを脱ぎ出した。ぎょわ!?と声を上げる僕の前で、鈴はじゃーん!とポーズを取った。水着になっていた。中に着てたらしい。


「夏休みその二! 海辺にて、水着姿の女の子と戯れる!」


 水着はこれまた白だった。上下ともにフリフリしたものが付いていて、全身像はココアスポンジを過美なクリームで飾ったケーキみたいな仕上がりになっていた。


「涼太郎も、着替え!」


 投げてよこされたのは海パン的なもの。


「ちょっ、こ、どこで!?」

「あのへん!」


 指し示された岩陰で海パンに履き替える。今日が早く終わりますように。

「海~!」と走っていく鈴の後ろ姿はすべての水分を弾き飛ばせそうなほど溌剌としていて、高い波に体当たりしても全然大丈夫そうに見えた。けど全然大丈夫じゃなかった。溺れた。


「バカヤロぉー!!」


 僕も溺れそうになりながらも引き上げに成功。砂浜に転がす。すると鈴はくるりと仰向けになって「心肺停止! 人工呼吸!!」と言って目を閉じるので「めちゃくちゃ生還してるだろぉ!!」と叫んだら次のでかい波が来て、僕はよけたが鈴は顔面からかぶって鼻の穴に海水が入ったらしくふがふがっ!と悶えていた。


 ひとしきり波をかぶった後、鈴は鞄からスイカを取り出して砂浜に置いた。それからその辺の棒を拾ってきて僕に渡す。


「三回まわって、ワンッ!って言ってからスタートね!」


 ワンッ!は余計な気がしたがご丁寧に目隠し用の布切れまで準備済みであったので僕はしゃっ!と頭に巻き付けてしゃしゃっ!!と縛った。

 一発で終わらせてやる。もう十分夏休みしたし暑いし疲れたので帰って冷房の部屋でアイスとか食べたい。僕は棒を中心に高速三回転を決めた。


「ワンッッッ!!!」


 スタートダッシュでスイカの元へと一直線、したはずだったのだが、だりゃあああ!!!と叫びながら振り下ろした棒は熱い砂浜にささやかな穴を開けただけだった。

 結局僕は三回ワンッッッ!!!だりゃあああ!!!したがすべて砂浜に穴を開けただけで三半規管が無理になりリタイヤ、結局鈴が一発で割ったスイカを無言でしゃりしゃり食べている。

 鈴はまた例のノートを開く。


「海、水着、人工呼吸を催促されどぎまぎする、完了!」


 どぎまぎした覚えはない。


「スイカ割り、三半規管イカれる、おいしく食べる、完了!」


 うん、まだなんかくらくらする。スイカはうまい。


「よーし、もうひと泳ぎ!」


 ひと泳ぎどころか十二泳ぎくらいした。

 久しぶりの海はなぜだかすごく広くて、そこに浮かんでいるだけで自分の小ささを思い知った。それは爽快だったが、同時に不安が頭をもたげる。

 志望校はなかなかの進学校だし、勉強についていくのも大変だろう。来年の僕に、海でこんなふうに夏休みをする余裕があるだろうか。そんな僕の気も知らず、照りつける太陽はひたすらでかく、海水はしょっぱかった。

 気付くと、海面から目だけを出して鈴が僕を見ていた。


「……涼太郎、それは夏休みの顔じゃないぞ」

「は?」

「クロール十三回戦! よーいドン!」


 鈴が派手に上げた水飛沫が顔にかかってぷはっとなった。水面がきらきらと眩しく、それは確実にこの季節のみの、期間限定の光で、まぁせっかく夏休みしているのだから今だけは不安なんかほっとくか、と思えたのだった。


 浜辺に上がってからも、まだ海の中にいるように体がぷかぷかしていた。鈴は犬のように全身の水を振り払うと、タオルを翻して言う。


「さぁ次だ!」

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