第38話 イネスが【黄金の椋鳥】に喧嘩を売った


6日目4



「イネス様はカースさんと親しくお食事を共にされる間柄。そのようなお方が、しかも深淵騎士団副団長としての権威を振りかざして尋問を行うのは、公平とは申せません!」


ユハナの言葉を聞いたイネスは、一瞬目を細くした。

しかしすぐに表情を緩めると、今度はわざとらしい位の満面の笑みを浮かべながら、ユハナに語り掛けた。


「なるほど。確かに貴女の言う事にも一理ありますね」

「でしたら、ここはお引き取り……」


しかしイネスはユハナの言葉が終わるのを待つ事無く、トムソンに問いかけた。


「ここの訓練場、少しの間、お借りしても良いですか?」


トムソンが怪訝そうな顔になった。


「え? そりゃまあ、構いませんが……」


イネスは満面の笑みのまま、ユハナに向き直った。


「では今からこの場所で、私とあなた方【黄金の椋鳥むくどり】とで勝負致しましょう」

「はい?」


ユハナの目が、これ以上無い位、真ん丸に見開かれた。


トムソンが口を開いた。


「え~と……ヴィリエ卿イネス?」

「はい。なんでしょう?」

「なんでまた突然、【黄金の椋鳥むくどり】と勝負を?」

「それはもちろん、確かめるためです」

「確かめるって、何を?」

「もちろん、彼等【黄金の椋鳥】が捕らえて来たこのメンダースという男が、カース殿の尾行者だったかどうかを、です」


トムソンが当惑したような顔になった。


「申し訳ない。お言葉の意味が今ひとつ……」


トムソン、大丈夫だ。

イネスのお言葉の意味、俺も“今ひとつ”だし、そっと見回してみた感じ、ナナ以外の他の奴らもほぼ全員、“今ひとつ”のようだ。

ちなみにナナは話に関心が無いのか、いつも通り、ぼ~っと突っ立っている


それはともかく、当のイネスは、わざとらしい位不思議そうな顔になった。


「おや? 私、何かおかしなことを言いましたか?」

「ですから、どうしてヴィリエ卿イネスこいつら【黄金の椋鳥】と勝負する事が、この捕らえられた男が尾行者かどうかを確認する事と結びつくのか、という……」

「簡単な話です」


イネスが満面の笑みを浮かべたまま言葉を続けた。


「実は私、昨日、カース殿の尾行者を目撃した際、不覚にも取り逃がしてしまいました」


そうでしたよね? とイネスはいきなり俺にも話を振って来た。

まあ、取り逃がしたというか、脅して追い返したんだけど。

しかし俺も馬鹿じゃない。

空気を読んだ俺は、力いっぱいうなずいた。


「はい。そうでした!」


ちなみにナナもあの場にいたけれど、彼女は言葉を返す事無く、先程と変わらず、ぼ~っと突っ立っている。


俺の返答を確認したイネスが、話を続けた。


「ところがこちらにいらっしゃる【黄金の椋鳥むくどり】の皆さんは、私でさえ……あ、言い添えておきますと、レベル200を超えるこの私でさえ取り逃がしてしまったカース殿の尾行者を、いとも簡単に取り押さえた、と話しています。であれば当然、私如きでは相手にもならないはず。ですからそれを、身を以って確認させて頂きたいのです」


イネスの完全脳筋なその発言を耳にしたマルコ、ハンス、ミルカ、ユハナら【黄金の椋鳥むくどり】のメンバー全員の顔が引きつった。

まあ、気持ちは分かるよ。

あいつらのレベルは40少々。

対してイネスはレベル200オーバー。


ユハナが声を上げた。


「そ、それはあまりに理不尽です!」


イネスが不思議そうに聞き返した。


「あら? どうしてですか?」

「レベルはともかく、イネス様は貴族で、しかも深淵騎士団の副団長でいらっしゃいます。そのようなお方を相手にして、私達が本気を出せるとお思いですか?」


さすがはユハナだ。

論点を微妙にずらしてきている。


「では条件を付けてあげましょう」


そう前置きしたイネスが、条件とやらを列挙した。



1.イネスは魔法もスキルも使わない。訓練場に置いてある訓練用の木刀1本で勝負に臨む。

2.【黄金の椋鳥むくどり】は武器もスキルも魔道具も使用制限は無し。

3.どちらかが降参するか、【黄金の椋鳥むくどり】がイネスを縛り上げる事が出来れば勝負はついた事とする。

4.勝負の過程で、イネスが怪我、或いは命を落としたとしても、【黄金の椋鳥むくどり】は一切、責任を問われない。その旨、イネスが深淵騎士団副団長の名において、命令書を書き記す。

5.【黄金の椋鳥むくどり】が勝負に勝てば、カースは仲裁を取り下げ、今までのわだかまりも捨てて、もう一度【黄金の椋鳥むくどり】に復帰する。



「カース殿、宜しいですよね?」


恐らく5番目の項目への同意を求められていると察した俺は、先程同様、力いっぱいうなずこうとして、ユハナにさえぎられた。


「お待ち下さい!」


彼女はすっと僕に近付いて来た。

そして耳元でそっと囁いてきた。


「カースさん、先程のお話、よもや忘れてはいないですよね?」


先程の話……

恐らく、ユハナがマルコの悪事の証拠を提供するから、この場はともかく仲裁を取り下げると申し出てくれとかいう、あの話に違いない。


黙っていると、ユハナが再び囁いてきた。


「ともかく、ここは当初の予定通り、仲裁を取り下げる、と申し出て下さい」


俺はユハナを軽く睨んだ。


「あれはお前等が捕まえた尾行者が本物だったらって話だ。偽者連れてきといて、さあ、取り下げろって言われてハイそうですかってわけにはいかないだろ?」

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