第35話 ユハナが突然助けを求めて来た


5日目7



『無法者の止まり木』を出た俺は、周囲に視線を巡らせた。

今の所、怪しい人物の姿は見当たらないし、妙な気配も感じない。


よし、じゃあとっとと済ませて来るか。


俺は、通りを街の東の出入り口目指して走り始めた。

そのまま昨夜同様、街を抜け、森の中の上り道を駆け上がる事10分程で、特に何事も無く東の高台へと到着した。

俺は改めて周囲の状況を確認した。

月明かりの下、高台の様子は、昨夜俺が【殲滅の力】を使用した時とくらべて、特に変わりはないように見えた。

つまり半径100m位に丸くすり鉢状にえぐられ、赤茶けた大地がき出しになっている。

そして魔族やあの『ござる』野郎含めて、怪しい気配は感じられない。


俺は一度深呼吸してから心の中で念じてみた。


『【殲滅の力】……』



―――ピロン♪



軽快な効果音と共に、ポップアップが立ち上がった。



【【殲滅の力】を使用しますか?】

▷YES

 NO


残り04時間43分50秒……



俺はいつものように▷YESを選択しようとして、ちょっと考えてみた。


これ、いつも俺を基点にして爆発起こるけれど、爆発の中心というか、爆発させる場所って、指定できないのかな?

もし出来るなら、うんと遠く、そうだな……


俺は、街とは反対側の方向にそびえる山岳地帯に視線を向けた。

距離にして数km以上ありそうだけど。


俺は試しにその山岳地帯で一番高そうな山のてっぺんに意識を集中してみた。

途端に不快な効果音と共に、赤枠のポップアップが立ち上がった。



―――ブブッ!


【現在レベルでの【殲滅の力】の射程は500m以内です】



現在レベル?

射程?


若干、解釈に困る文言だけど、とにかく、必ずしも俺中心じゃなくても爆発を起こせそうな事だけは推測出来た。


俺はとりあえず、街の反対側、まばらな灌木に覆われた場所に意識を向けてみた。

距離にして200~300mであろうか?

今度は不快な赤枠のポップアップは立ち上がらない。

意識をその場所に集中したまま、俺は▷YESを選択した。

瞬間、視界が白く焼かれ、やや遅れて凄まじい音圧が俺に襲い掛かって来た。



―――ゴオオオオオオォォォォ……



俺は思わずうずくまってしまった。

耳元でポップアップの立ち上がりを告げる効果音が連続して鳴り響いた。



―――ピロン♪



『ワイルドボアを斃しました』

『経験値53を獲得しました』

『ワイルドボアの魔石が1個ドロップしました』

『イノシシ肉(小)が1個ドロップしました』



―――ピロン♪



『ベビーベアを斃しました』

『経験値53を獲得しました』

『ベビーベアの魔石が1個ドロップしました』

『クマの爪(小)が1個ドロップしました』



―――ピロン♪



…………

……


数秒後、俺が再び顔を上げた時には、周囲に静寂が戻って来ていた。

ただし俺の視線の先、ちょうど俺が【殲滅の力】の目標地点に選んだ場所を中心に、半径100m程の新しいクレーターが生じているのが見えた。

先程連続して立ち上がったポップアップは、不幸にしてあのクレーターの領域内に居合わせた哀れな犠牲者モンスター達が、魔石とアイテムを残して光の粒子となって消えて行った事を教えてくれたものだったようだ。

あのポップアップ、正確には数えていなかったけれど、少なくとも10回は立ち上がっていた。

という事は、あの出来立てのクレーターの領域内に同数の魔石と、いくつかのドロップアイテムが散らばっているということになるけれど……


悠長に魔石やドロップアイテム拾い集めている最中に、異変に気付いた誰かがここに駆け付けて来たら、話がややこしくなるよな。


少しの葛藤の後、魔石とドロップアイテムとを諦めた俺は、元来た道では無く、街まで大回りして戻る事にした。


1時間後、大きく迂回した俺は、南から街へと帰り着いた。

方向が違うせいもあるだろうけれど、少なくとも街の南部で、今夜俺が発生させた“謎の爆発”に関して話す人の姿は見かけなかった。

そのまま無事、『無法者の止まり木』に帰り着いた俺は、早々にベッドに潜り込んだ。




6日目1



―――ピロン♪



【おはようございます】

【今日も【殲滅の力】を使用して、ナナの力を解放して下さい】

残り17時間15分15秒……

現在005/100



翌朝、目覚めるとまだ朝の7時前であった。

けれど昨夜は早い時間に寝たからであろう。

眠気は感じない。


う~~ん……


軽く伸びをしながら俺はベッドの上で上半身を起こした。


「カース……おはよう……」


俺の隣でベッドに潜り込んでいたナナが俺を見上げて声を掛けて来た。


「ナナおはようって、もしかして起こしちゃった?」


俺の言葉に、ナナが小首を傾げた。


「起こし……ちゃった?」


ん?


「いやだから、もしかしてナナはもう少し寝ていたかったのかな~と」


しかしナナは小首を傾げたまま。

まさか……?


「昨晩はちゃんと寝ていた……よね?」


ナナはこくんと頷いた。


「一晩中、ちゃんと目を閉じていた」


目を閉じていた?


俺は4日前、ナナと初めて一緒に夜を過ごした第7話――断っておくが、文字通り、単に夜一緒に過ごしただけだ。何もやましい事件は発生していない――時の事を思い出した。

あの時、ナナは“寝方”を忘れているっぽかったけれど、一晩中目を閉じていたって事は、ちゃんと眠れたって事……だよな?


少し混乱したけれど、とにかく起きる事にした。

昨日はナナの服を買ってやったりしたお陰で、手持ちが心細くなっている。

早目に冒険者ギルドに顔を出して、バーバラから、割りの良さそうな依頼クエストを紹介してもらう事にしよう。



手早く着替えを終えて、ナナと一緒に階下に下りて行くと、俺達と同じく朝食を食べる冒険者達で、席の半分ほどが埋まっていた。

俺がナナと一緒に壁際の二人掛けの席につくと、早速ゴンザレスが近寄って来た。


「カース、今朝は早いな」

「早いって、もう7時過ぎているぜ」

「だってお前、大体8時前にならないと下りて来なかっただろ」

「昨日はナナに服買ってやったから、ちょっと金欠なんだ。だから早目にギルドに行って、実入りの良い依頼クエスト回してもらおうと思ってさ」

「なるほどな……」


ゴンザレスがナナに視線を向けた。

今朝のナナは、いつもの白っぽい貫頭衣では無く、上はパステル調のブラウスに下は紺の綿パンといった出で立ちだ。


「だからナナはいつもと違った格好しているんだな……って、おっと、それなら朝食、急いで持ってきてやるよ」

「ああ、頼むよ」



ゴンザレスが運んできてくれた朝食を食べていると、宿の扉が開いて青いローブをまとった女性が一人、入って来るのが……って、ユハナじゃねぇか!?

ユハナは入り口付近でゴンザレスと二言三言、言葉を交わした後、俺達の方に視線を向けてきた。

彼女は俺と目が合うと、微笑みを浮かべながら近付いて来た。


「カースさん、それにナナさん、おはようございます」


俺は素早くユハナの様子を観察した。

見た所、彼女一人のようだ。


「……何しに来たんだ?」

「ご報告したい事がありまして」


俺のつっけんどんな物言いを気にする様子も無く、ユハナは微笑みを浮かべたまま言葉を返してきた。


「報告?」

「はい。カースさんの尾行者を捕えました」

「えっ!?」


俺は思わず手にしていた黒パンを取り落とす所であった。

尾行者を?

捕まえた?

って事は、あのレベル200超の『ござる』野郎を、レベル40の【黄金の椋鳥】の連中が取り押さえる事に成功したって事になるけれど……


「本当かよ」


俺の口から当然の疑問がこぼれ出た。

ユハナが力強く頷いた。


「つい先程、この宿の前の通りで不審な人物を見付けて取り押さえました。その者が自らカースさんを尾行していた事を白状したのです」

「で、そいつは今、どこにいるんだ?」

「マルコさん達が責任を持って、ギルドまで護送中です」

「……」

「それでカースさん……」


ユハナが顔を寄せて来た。


「今回の“仲裁”の件も含めて、カースさんに相談したい事があるんです」

「相談?」


聞き返してから俺は思い当たった。


「尾行者捕まえたからって、“仲裁”取り下げたりしないぞ」

「違います。実は……」


ユハナがなぜか深刻そうな顔つきになった。


「私を助けて欲しいのです」

「助ける?」


ユハナの発言の意図がよく分からない。


「私、このままだとマルコさんに殺されてしまうかもしれないのです」

「はい!?」


ユハナの唐突な言葉に、思わず俺は裏返った声を出してしまった。


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