第21話 【殲滅の力】を南の森で使った


3日目6



―――ピロン♪



予定通り夕食後すぐに寝床に潜り込んでいた俺は、突然鳴り響いた効果音で目が覚めてしまった。


なんだ?


せっかくの熟睡をいきなり中断されて、結構不快な気分の中、目を開けた俺の目の前に、ポップアップが立ち上がっていた。



【本日中に、【殲滅の力】を使用して、ナナの力を解放して下さい】

残り59分42秒……

現在002/100



【殲滅の力】……

そういや、一日一回使えって話だったな。

使わなかったら確か……“俺が死ぬ”んじゃ無かったっけ?



―――ガバッ!



勢いよくベッドの上で身を起こした。

一気に眠気は吹き飛んだ。

視界の右下隅、タイムリミット?は、58分台に突入している。


どうする?

どこで使う?

昨日はロイヒ村からの帰り道で、ダイアウルフども相手に使ってみた第10話ら、文字通り、謎の大爆発を起こしてしまった。

そのせいで、今日は朝から冒険者ギルドのマスター、トムソン自ら調査に向かい、夕方には帝都から騎士やら司祭やらがダレスの街にやって来る騒ぎになっている。


なら、『封魔の大穴』で使ってみるか?

さすがにこの時間――夜の11時過ぎ――『封魔の大穴』に潜っている酔狂な冒険者はいないんじゃないかな。

どこか適当な階層に入り込んで、入り口から少し進んだ場所で、奥に向かってぶっ放す。

うん、これが一番良さそうだ。


俺はベッドから床に降り立とうとして、隣で横たわったまま目をぱっちり開けて俺を見上げているナナの存在に気が付いた。


ナナはどうしようか?

でもまあ、【殲滅の力】使いに行ってくるだけだし、わざわざ連れ出すのは可哀そうか。


俺はナナに声を掛けた。


「ちょっとだけ出掛けて来るからさ。ナナはこのまま寝ていていいよ」


ナナが小さく頷くのを確認した俺は、手早く準備を済ませて宿の外に出た。



通りを抜け、街の灯りが届かない場所まで来ると、夜の暗さが辺りを支配していた。

今夜は曇っているらしく、見上げた空に、月や星の明かりは確認出来ない。

そのまま『封魔の大穴』の入り口に向かった俺は、その少し手前で足を止め、慌てて物陰に飛び込んだ。


『封魔の大穴』の入り口付近に、松明を掲げた複数の人影が見えた。


なにやってんだ?

こんな真夜中にこんな場所で?

まあ、俺も人の事は言えないけれど。


距離が少しあるのと、逆光になってしまっているのとで、彼等(或いは彼女等?)の詳細は分からない。

そのままじっと成り行きを見守ってみたけれど、複数の人影は何をするでも無く、ただその場に留まり続けているだけのように見えた。


もしかして、『封魔の大穴』の入り口を見張っている?

おかしいな……

今まではあんな場所に人なんて配置されたりしていなかったんだけど。


『封魔の大穴』に潜るのに、特別な許可なんかいらない。

つまり誰でも進入可能だ。

とは言え基本、内部はモンスターが徘徊しているだけなので、わざわざ潜るのは、ほぼ冒険者に限られてはいるけれど。


それはともかく、困った。

あの集団の目的が分からないけれど、今から行う【殲滅の力】の使用は、出来れば誰にも気付かれない内に終わらせたい。

しかし俺が『封魔の大穴』に潜ろうとすれば、必ずあの集団の目の前を通過しなければならない。

彼等の目にはきっと、真夜中に『封魔の大穴』に潜りに来た妙なやつ、と映るに違いない。

その上で俺が『封魔の大穴』のどこかの階層で【殲滅の力】を使用して、痕跡が残って、それを誰かに発見されてしまった場合、当然俺が“容疑者第一号”って事になってしまうだろう。


視界の右下に表示されているタイムリミット?までの時間は、40分を切っていた。

ぐずぐずしていて、タイムリミット?を迎えてしまって、万が一本当に死んでしまっては元も子もない。

少し考えてから、俺はそっとその場をはなれて、一旦街の通りまで戻って来た。

それからロイヒ村とは逆方向、南に通じる道を街の外に向けて走り始めた。


街から出ると、すぐに左手に森が迫って来た。

この森は、そんなに強いモンスターは生息していない。

そのため日中は、薬草集めをする駆け出し冒険者達や山菜取りのおばちゃん達で、そこそこ賑わっている。

しかしさすがに真夜中に近いこの時間帯、俺以外の人影は見当たらない。

俺はそのまま出来るだけ街から離れる方向に、ずんずん森の奥へと進んで行った。

暗い中、時々動物かモンスターの唸り声が聞こえて来るけれど、幸いな事に襲って来る気配は無い。

もしかすると、俺のレベルが312なのと関係しているのかもしれないけれど。


視界の右下に表示されているタイムリミット?が3分を切った瞬間、またもポップアップが立ち上がった。



―――ピロン♪



【警告! 残り時間が3分を切りました】

【【殲滅の力】を使用しますか?】

▷YES

 NO


残り02分58秒……



ふう、ここまで来たら大丈夫かな?

俺は再び周囲を見回した。

少なくとも付近に人の気配は感じられない。

俺は一度深呼吸してから▷YESを選択した。



―――ゴオオオオオオォォォォ…….



昨日とは異なり、▷YESを選択した瞬間に目を閉じ、両手で顔を覆ったお陰か、今日は目を焼かれる事は無かった。

しかし昨日同様、この世のモノとは思えない凄まじい音圧が周囲を圧倒するのが感じられた。

そして続けざまにポップアップが立ち上がる時の効果音が連続して鳴り響いた。



―――ピロン♪



『フィルシーラットを斃しました』

『経験値41を獲得しました』

『フィルシーラットの魔石が1個ドロップしました』

『ネズミの尻尾が1個ドロップしました』



―――ピロン♪



『フライモスを斃しました』

『経験値40を獲得しました』

『フライモスの魔石が1個ドロップしました』

『蛾の鱗粉が1個ドロップしました』



―――ピロン♪



…………

……



概算で20~30回は鳴り響いたであろうか?

顔から手を離し、ゆっくり目を開けると、凄まじい数のモンスターを斃した事を告げるポップアップが立ち上がっていた。

どうやら【殲滅の力】の効果範囲内――半径100m?――にいたモンスター達が大量に犠牲になったようだ。

暗くてよく分からないけれど、きっと周囲はとんでもない事になっているに違いない。

自然、心臓の鼓動が早くなっていく。

俺は散乱しているはずの魔石やドロップアイテムを拾う心の余裕も無いまま、逃げるようにしてその場を立ち去った。



森を抜け、ダレスの街に戻る街道に出た俺は、ようやく少し落ち着きを取り戻していた。


とりあえず、今日のノルマは達成だ。

しかしコレ、いつまで続けなきゃいけないんだ?

まさか永遠に……って事は無いだろうな。


街まで戻って来た俺は、街への入り口あたりに結構な人数の人々が集まって何か騒いでいるのに出くわした。

彼等の内の一人、冒険者風の若い男が、俺に声を掛けて来た。


「あんた今、南から来ただろ? あっちで何があった?」

「あっち?」


男が指差したのは、間違いなく俺がつい先程、【殲滅の力】を使った方向だ。

一旦落ち着きを取り戻していたはずの俺の心臓が、再び早鐘のようにバクバク言い出した。

そんな俺の心臓の動きには、まるで関心無さそうなその男が、食い気味に言葉を返してきた。


「南の森の方角が突然明るくなったと思ったら、ドーンって凄ぇ音したろ?」

「そ、そうだっけ? 俺はあっちで夜の散歩がてら、考え事をしていたから、気付かなかったよ」


俺はわざと南の森とは違う方向を指差した。

俺に興味をくしたらしいその男は、またわいわい騒いでいる人々の中へと戻って行った。


やばい。

早速こんなに人が集まって来ているって事は、きっと明日は、“南の森の謎の大爆発調査隊”が結成される事になる違いない。

で、またトムソンが駆り出され、結果的に俺と【黄金の椋鳥】の“仲裁”の件がどんどん先送りになる、と。

なんだか踏んだり蹴ったりだ。


すっかり気分が落ち込んでしまった俺は、宿屋『無法者の止まり木』へ向かって、文字通りとぼとぼと歩いて行った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る