第13話 今更ながら自分のステータス値を確認してみた


2日目8



ギルドから宿へ向かうためには必ず通らないといけない暗い路地裏。

進行方向を塞ぐように立ちはだかるハンスの姿を目にした俺は、後方、マルコの向こうに居るはずのナナに向けて叫んだ。


「ナナ! ギルドに戻ってバーバラさんを呼んできてくれ!」


俺の声にかぶせるようにして、マルコが叫んだ。


「ミルカ!」

「任せて!」


やばい!

ナナが身に纏っているのは、絶対、何の特殊効果もついていなさそうな薄汚れた貫頭衣のみ。

ミルカの麻痺魔法パラライズが直撃して彼女の動きを封じられれば、俺の運命もそこまでだ。



―――タタタタタ……



マルコの背中越しにナナの足音が聞こえて来るけれど……あれ?

足音はそのまま。

つまり、ナナは元気よく駆け去って行く。

マルコが焦ったように、廃屋の屋上に向けて再度叫んだ。


「おい、ミルカ! 何してんだ?」

「やってるわよ!」


乱暴に答えるミルカの声。

しかしナナの足音は、途切れることなくそのまま路地を抜け、通りの方へと消えて行った……って、あれれ?


「ミルカ! どうなってるんだ!?」


マルコがイライラした感じでミルカに向かって怒鳴っていた。


「変ですね……あのコの着ている衣服には何の特殊効果も付いてはいなさそうでしたけれど……?」


ミルカの隣から俺達を見下ろしているユハナが不思議そうな声を上げた。


「ミルカさん、もしかして……」

「な、何よ!? 私が麻痺魔法パラライズ、使えなくなっているとでも言うの?」

「ですが……」

「そんなわけないじゃない! 私は賢者よ!?」


ユハナとの会話にイライラをつのらせたらしいミルカが、癇癪を起したように叫んだ。


「見てなさい!」


ミルカが、手に持つ杖を下に向けた。

一瞬、俺にまた麻痺魔法パラライズでも放つつもりかと思ったけれど……



―――ドサッ



倒れたのはマルコだった。

そして、上からは勝ち誇ったようなミルカの声。


「ほら、ちゃんと使えてるじゃない!」

「ミルカさん!? 何やってるんですか?」


上から軽くもめる声がする。

そしてユハナが慌てた感じで右手の笏をマルコに向けるのが見えた。

恐らくミルカの麻痺魔法パラライズの試し撃ちの標的にされたマルコを癒そうとしている!


もちろん、そんなのを悠長に待って、せっかく訪れた絶好の機会を逃す俺では無い。

俺は地面に横たわって動けなくなっているマルコを飛び越えて、全力で駈け出した。


「待て!」


背後からガシャガシャ重たい鎧の音を響かせながら、ハンスが追いかけて来る気配を感じた。

しかしさすがにそんなやつに追いつかれる程、俺も鈍足じゃない。

そのまま人通りの多い道に飛び出した俺は、ギルドに向けて全力疾走を続けた。



ギルドの建物の入り口まで戻って来た俺は、ちょうど勢いよく扉を開けて中から飛び出して来たバーバラと鉢合わせになった。


「ちょっと! 危ないじゃない! って、カース!? 大丈夫だったの?」


いや、飛び出してきたのはお前だろ?

というツッコミは心の中に仕舞っておいて。

大丈夫だったの? って聞いてくるところ見ると、ナナがちゃんと伝えてくれたらしい。


「まあな。なんとかあいつら振り切って逃げてきた所だ」


バーバラの後ろから姿を現したナナが、俺の方に近付き、微笑んだ。


「よかっ……た……無事……」


うん。

可愛い。

それになぜかミルカ賢者麻痺魔法パラライズを振り切ったのも普通に凄い。

まああいつミルカ、俺が供与していた【殲滅の杖】以外には、ろくなスキル持っていなかったって事なのかもしれないけれど。

俺は思わずナナの頭を撫でていた。

ナナは気持ちよさそうに目を細めている。


「ちょっと、こんな所でいちゃつかない!」


バーバラが呆れたような声を上げた。

俺は慌ててナナの頭の上から手を離した。


「それで何があったの?」


扉を開けて一旦、ギルドの中に入った俺は、先程の顛末てんまつについて詳しく説明した。

バーバラが困惑したような顔になった。


「話を聞く限り、【黄金の椋鳥】、相当焦っているみたいだけど……」


そりゃそうだろう。

ギルドの中と帰り道、2回も襲撃して来るなんて……


と、ここまで考えて俺は違和感を抱いた。


「なんであいつらそんなに焦っているんだ?」


焦らずとも、やつら全員で口裏合わせをしておいて、明日の“仲裁”の場でとぼけられれば、俺が不利になるんじゃ……


「でしょ? ヘンよね……」


バーバラは少しの間考え込む素振りを見せた後、言葉を続けた。


「もしかして追放した後、あんたの有用性に気が付いた?」

「そりゃないんじゃないかな。だったらなんで襲って来るんだ?」

「それはあれよ、ほら、手酷く追い出して囮にまでしちゃったわけでしょ? あんたがすんなり戻ってくる可能性は限りなくゼロだって判断して、無理矢理パーティーに加入させようとしているんじゃ……」


あいつらは、俺が供与していたスキルは、せいぜい初心者ブーストの足し位にしかならないとほざいてやがった。

急に俺が供与していたスキルが惜しくなった? というのは、やっぱり考えにくい。


「仕方ないわね。とにかく今夜は宿まで送ってあげる」

「えっ? いいのか?」


バーバラは、見た目は俺と同じ位だけど、ギルドの受付ウン十年って噂のエルフだ。

彼女が同行してくれるのなら、さすがにあいつらも再襲撃なんて諦めるんじゃないかな。


「特別サービスよ。明日あんたが金庫のお金取り戻せたら、美味しいご飯でも奢って頂戴」

「そんなんでいいなら全然OKだよ。ホント助かる」

「じゃあちょっと待っていて。着替えて来るから」



バーバラが同行してくれたお陰だろう。

帰り道、やつら【黄金の椋鳥】が姿を見せる事は無かった。

そして俺達は無事、宿屋『無法者の止まり木』に帰り着く事が出来た。

途中、俺が【黄金の椋鳥】のやつらに襲撃された場所で、バーバラは魔法の残滓ざんしを探ってくれていた。

そして、ミルカが放っていたと思われる麻痺魔法パラライズの痕跡を見つけ出してくれた。

この事は、明日の“仲裁”の場で、俺に有利に働くはずだ。



夕食を終え、2階の客室に戻った俺達は、明日に備えて早目に就寝する事にした。

キングサイズのベッドに潜り込んだ俺は、隣で布団をかぶるナナに話しかけた。


「今日も色々あったけど、何か思い出した事とかある?」


ナナは少し考える素振りを見せた後、首を振った。


「ステータスウインドウはどう?」


俺は自分のステータスウインドウを呼び出しながら、聞いてみた。


「ス……ステータス……」


ナナも俺の真似をしながらそう口にした。


「どう?」


しかしナナはふるふると首を振った。


「やっぱり呼び出せない?」


コクン。


本当にどういう事だろうか?

ステータスウインドウが呼び出せないのって、やっぱりナナが記憶喪失である事と関係しているのだろうか?

それとも彼女は、本当は人間じゃ無い、とか?

俺はそっとナナを観察してみた。

見た感じは、本当に普通の少女だ。

まあ、顔が有り得ない位整ってはいるけれど。

そのままナナの顔に見惚れていると、彼女と目が合っている事に、今更いまさらながら気が付いた。

俺は慌てて視線を逸らした。


「も、もう寝ようか? 明日も早いし」


俺は彼女に背を向けた。

そして目を閉じようとして、まだ自分のステータスウインドウが開きっぱなしな事に気が付いた。


レベルは……312。

取得しているスキルは……『技巧供与』のみ

使用可能な魔法は……無し


昨日と今日、1日1回ずつ使用した【殲滅の力】。

やはりスキルの欄にも、魔法の欄にも、それらしき表示は見つけ出せない。


普通はレベルが上がれば、個人差や与えられた職種にもよるけれど、何らかのスキルや魔法が取得されるのは、この世界の常識だ。

にもかかわらず、312までレベルが上がっても、新たに取得出来たスキルも魔法も無し。

我ながら情けなさ過ぎて涙が出そうになる。

しかし視線が自分のステータス値に向いた時、リアルにあふれかかっていた涙が、一気に引っ込んだ。


なんだこりゃ!?


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