シーン1 集結

 壁にかかった電波時計の針が午前6時30分を指すと同時に部屋の前方にあった扉が開いた。部屋の中で小さなサイドテーブルがついた椅子に座っていた5名の男達が機敏な動作で一斉に立ち上がり直立不動の姿勢を取る。と、同時に空軍式の敬礼をする。部屋に入ってきた男は悠然と部屋の正面、中央まで歩いてくると敬礼をしている男たちに答礼して、手で座るように合図した。男達は立ちあがった時と同様、一糸乱れぬ動きで着席する。

「これからブリーフィングを始める。」

 部屋に入ってきた男の襟章は線なしの星ひとつ。少将だ。師団長として師団を指揮するのが本来の姿であり、前線の一作戦の指揮にあたるなどおよそありえなかった。ブリーフィングルームに異様な緊張感が満ちていく。

「本作戦の目標は、エリアA3に位置する敵空軍拠点に対して戦略爆撃機による奇襲をかけ、その戦力を殲滅することにある。」

 少将は、そう言って部屋の中を一瞥した。部屋の中の男達はいずれも空軍きっての精鋭だった。数々の困難な局面で敵陣深くへ侵攻し、敵拠点への爆撃を成功させてきた爆撃機のクルーであった。今回の作戦に失敗は絶対に許されない。だからこそ彼らが集められたのだ。

「貴官らも承知しているとおり彼の国は我が国に対する経済圧力を強め、我が国を崩壊に向かわせようとしている。この攻撃の成功は、彼の国へ自らの行為の過ちを強く知らしめることになるだろう。我が国の命運は貴官らの双肩にかかっていると言っても過言ではない。

 本作戦では、我が国が命運をかけて密かに開発を続けてきた特殊爆弾を使用する。この特殊爆弾は他の一般的な爆弾と違って量産化が難しく、現時点ではわずか2発しか完成していない。貴官らはこのうちの1発をもって作戦にあたってもらう。残りの1発は、今後の重要な戦局に向けた切り札であり、現時点での投入はありえない。貴官らに課せられた責任は極めて大きい。健闘を期待する。」

 5名のクルーは少将が入室してきたときと同様に一斉に立ち上がり敬礼する。クルー達の自信に満ちた迷いのない目を見て、少将は一つ軽くうなずくと、やはり入室してきたときと同様に悠然とした歩みで部屋を出て行った。

 すると、一番前の席に座っていた男がクルーの方へ向き直った。襟章は二本線に星が3つ。大佐だ。このチームのリーダーであり、機長である。

「これより、作戦の詳細について検討する。」

 男達はそれぞれが各方面のプロフェッショナルであった。作戦を成功させるべく、あらゆる条件を考慮したシミュレーションが開始されようとしていた。


「ふぅ。今日もアッツいなぁ。」

 親のかたきを焼き殺そうとしているのではないかと思うほど強烈に太陽が照りつけていた。遠くに見える山並みの上には巨大な入道雲。そして頭上には太陽を遮る気がない青い空。左の手を力なく広げてパタパタと顔をあおってみるが、体温ほどもあるんじゃないかと思われる空気を力なくかき混ぜるだけで、ちっとも風が起こる気配はない。右手には武骨なだけの重そうなジュラルミンのアタッシュケース。駐車スペースから玄関へと歩くだけなのに、はやくも額に汗がうっすらと滲んでいるのにはこのアタッシュケースも一役買っていることは間違いない。

「それにしてもジョンのやつ。こんなもの何に使うんだか。」

 男はそうボヤキながら左手を顔の上にかざして影をつくってみるものの、当然それで暑さが和らぐわけでもなく、玄関にたどり着くと同時に額から大粒の汗が一筋流れ落ちた。ポケットから出したハンカチでその汗を軽くぬぐうと、男はおもむろに呼鈴を押した。扉の向こうでかろやかな電子音が鳴っている音が聞こえる。果てして玄関の扉が開き、白衣を着た中肉中背の男が現れた。あごにはうっすらと無精ひげ。短く刈られてはいるものの、手入れされた様子が全く見られないぼさぼさの頭。口にはくわえタバコ。ジョンだった。

「サダ。よく来てくれたな。とにかく中に入ってくれ。冷たい飲み物を用意しよう。」

「そいつは助かる。」

 サダはジョンに続いて家の中に入って行った。家の中は不衛生ではないものの、あちこちに正体不明の機械が無造作に置かれていて、良く言っても雑然としていることは否定できなかった。口の悪い奴なら『倉庫の中』と評したに違いない。

「まったく、お前の家はいつ来ても家中が倉庫みたいだな。」

 サダが無遠慮にそう言った。

「心配いらん。どこに何が置いてあるかはちゃんと把握している。」

 ジョンは意に介した様子もなくそう言うと廊下の付きあたりにある扉をあけて中に入って行く。そこは、リビングだった。壁の棚にぎっしりと詰まっている分厚い本がすっかり埃をかぶっていて、この家の主の無頓着さをさらに強調していた。リビングをも浸食しているむき出しの機械類をよけながら、部屋の中央にある申し訳程度のソファーセットにたどりつくとサダはようやく腰を落ちつけることができた。

「ほれ、頼まれてた物。手に入れてきたぜ。」

 飲み物を持ってきたジョンにサダはアタッシュケースを掲げて見せた。

「いつも助かるよ。」

 ジョンは飲み物をサダに渡すと、その手でアタッシュケースを受け取って、テーブルの上で開けてみる。中に入っていたのは、小型の超高圧ガスボンベだった。中に入っているガスそのものはなんの特徴もないどこにでもあるありふれた気体だが、非常な高圧で圧縮されている。この圧力をエネルギーとして使うためのものだった。

「これこれ。これを待ってたんだ。」

 ジョンがテーブルにアタッシュケースをのっけてしまったために、冷えた飲み物の入ったコップを置くこともできず、サダは仕方なくコップを手に持ったまま聞いてみた。

「こんなもの、何に使うんだ?」

 電気、ガスなどのインフラが整っているところなら、それらをエネルギー源とする道具が過剰なほどに揃っているし、エネルギーとしてのコストパフォーマンスも圧倒的に優れている。エネルギー関係のインフラが整っていないような地域では、コストパフォーマンスに優れた化石燃料が未だ主役の座を守っていた。地球温暖化が叫ばれて久しく、化石燃料は今やほとんど使われることはなくなっているものの、エネルギーインフラが整っていないような場所ではその可搬性とコストから未だほそぼそと使われている。過激な環境団体も、化石燃料を主役の座から引きずり下ろしたことで満足していて、これらの利用を排斥する気はないらしい。一方、超高圧ガスボンベはかなりの高エネルギーを小さな空間にため込む仕組みであるため、可搬性こそ化石燃料をはるかに凌駕するものの、製造インフラや製造コストもまた化石燃料をはるかに凌駕してしまうため、一部の特殊な用途向けにわずかに生産されるのみで一向に普及する気配がない。当然、一般向けの流通に乗ることはほとんどなく、入手は不可能ではないもののなかなかに困難であった。

「もちろん、発明に使うのさ。俺は発明家だからな。」

 ジョンは当たり前のようにそう言った。サダはジョンの古くからの友人だ。ジョンが「狂」がつくほどの発明家だということは知っている。発明に必要なに使うのだろう、などということは改めて言われるまでもなく、すでに既成事実として認識していた。

「だから、発明なのか、という質問をしたつもりだったんだがな。」

 サダはため息交じりにそれだけ口にした。半ば予想していた通りのリアクションではあったのだが、苦労してこんなものを手に入れたうえ、こんな辺鄙へんぴなところまでわざわざやってきたってのに、それはあんまりじゃないか。サダの気持ちを知ってか、知らずしてか、ジョンは短く付け加えた。

「まずは、雷を捕まえる。」

「かみなり?」

 サダは不得要領な顔をして、オウム返しに呟いた。

「そう、雷だ。」

 ジョンは深く頷きながら、そう繰り返した。『ほら、わかるだろ?』そう顔に書いてあった。もちろん、サダにはなんのことやら、さっぱりわからなかった。サダは、思わず頭を抱えそうになるのをようやくこらえて、出来の悪い生徒に辛抱強く教えるようにゆっくりと丁寧に言った。

「ジョン。よく聞いてくれ。オレはつい今しがた、お前に頼まれたものを持ってここについたばかりだ。お前が今なにを発明しようとしているのか、ということも、これから何をしようとしているのか、ということも、全くわからないんだ。」

 と、ここでジョンがサダの言ったことを咀嚼して、呑みこんでくれるのを一瞬待った。そして、続けた。

「さあ、最初から説明してもらえるかな?」

 ジョンは、ハトが豆鉄砲を食ったような顔をして言った。

「話してなかったか?」

 サダは応えた。

「残念ながら。」

 ジョンは一瞬何かを考え込むような顔をしたが、おもむろに顔を上げるとさらっと言ってのけた。

「そうか。それは悪かった。その件はおいおい話そう。」

「『おいおい』って、お前、ちょっと・・・」

 サダが抗議しかけるのを制するように、ジョンがそれを遮った。

「時間がない。このチャンスを逃せば、いつ次のチャンスがくるか、わからん。こんな土地柄だからな。」

 ジョンはそう言って、上を指さした。そして、不満げなサダにくるりと背を向けるとスタスタと歩き出した。

「準備するから、手伝ってくれ。」

 ふり返りもせずに部屋を出て行くジョンを目で追いかけながら、サダは再び深いため息をついた。やれやれ、相変わらずな奴だ。昔からちっとも変わらんな。と、ジョンが出て行った扉から顔だけのぞかせた。

「早くこい。置いて行くぞ。」

 それもいいかも。サダはそう思いながらもジョンに言われるままに部屋を出たのだった。

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