第2話 printf("Hello, another world!");

「パソコン!」


 新は記憶に残っていた今最も重要なこと、パソコンを購入することが未達成であることを思い出し、妙な声を上げながら飛び起きた。


 おかしい。

 さっきまでパソコンを買いに秋葉原に行って、えっと、刺されて…………


 彼が意識を取り戻したのは、秋葉原の路上でもなければ病院のベッドの上でもなかった。

 先ほどまで彼は、東京のど真ん中に位置するコンクリートジャングルにいたはずなのに、現在新は一面本物のジャングルが広がっている森の中にいた。

 彼は今までの人生の中で体験したことの無い、摩訶不思議体験に脳内をシャッフルされながらも、自らの身に起きた出来事を思い出してみる。


 俺は意識を失う直前、


『さよーならー!』


「……マジか」


 いやー手が込んでいるなぁ。

 睡眠薬かガスか何かで眠らせて、どこか山奥に運んで放置したのか。

 ここがどこかは知らないけど、取り敢えず道を探そう。


 そう考えながら男は国道か県道あたりを見つけることが出来れば御の字だなとターゲットを定める。

 ひとしきり思考を終えていざ行動、そうして周辺を見渡すと、すぐ近く、彼から数メートルの位置にそれはあった。

 明らかに不自然な荷物、自然いっぱいの森の中で、明確な人工物は異常に目立つ。


「ナニコレ?」


 自分のものではない、中身の分からないものを物色するのはあまり褒められた行為ではないが、四の五の言える状況ではない。


 誰のものか分かんねーけど、こんな山奥に置いてあるんだ、見るくらいはいいだろう。


 新がそう考えて、荷解きを開始するのにそう時間はかからなかった。

 人ひとりで担ぎ、移動したりするには少しきつそうな量の荷物。

 それにかかった布を取り払うと、一番上によく見る茶封筒が添えられている。

 どこにでもあるような、それこそコンビニで売っているような封筒の中身を読むか読まないか、少し迷う新。

 が、その迷いもほんの少しの間だけ抱いた感情に過ぎない。

 次の瞬間には、彼はビリビリと封を破き、中に封入されていた手紙を読み上げる。


―千葉新君へ―

 君はまだそこが日本のどこか山奥とかだろうと思っているだろう。残念そこは異世界です! とは言っても町のど真ん中に送るのも騒ぎになるので山の中に送ってあげたよ。食糧とテントと後は何といっても武器! これがないと始まらないよね。武器は日本人だし日本刀にしておいた。まあ武道の経験なんてない君が扱えば一発で曲げるか怪我するかの二択になるので壊れない仕様にしてみた! 後は剣術初心者の君のために入門書もあげちゃう! どう? 私かなり親切じゃない? 尊敬してくれてもいいよ! じゃあ後は頑張ってね。

 P.S じゃんけんに負けた後の君は最高に無様で面白かったよ。


 手紙を読み終えた新は手紙をくしゃくしゃと握りつぶすと、ペイっと荷物のある場所に放り投げた。


「……マジか」


 意識を取り戻してから、パソコン、マジか、ナニコレ、しか口にしていない彼だが、千葉新の語彙力がそこまで低下するのにも十分共感できる状況が、彼の前に広がっている。


 本当にここは異世界なのか?

 いやいや、あいつの言うことを信じるなんて、どうかしている。

 これはあれだ、取り敢えず歩こう。


 新は兎にも角にも、まず歩くことにした。

 一応迷わないように、石を拾い、木に目印をつけながら。

 先ほどのジャングルというのは語弊があったかもしれない。

 まあ元はジャングルは森林の型の内の一つであり、それが転じて森林という意味を込めてジャングルと言われている、細かい違いでしかない。

 専門家であれば眉をひそめたかもしれないが、言葉一つにそこまで原典的な使い方を求める必要もないだろう。

 体力に自信があるものの、素人である彼がひょいひょい散策できるような森、それが今周囲に広がっている自然のレベルだ。


 行く当てもないまましばらく歩いた新は、自らのサバイバル能力の無さに辟易としながらも、朧げに状況を把握しつつあった。


 ……かなり深いところに置いてかれたかも。


 やみくもに歩いていた彼は、少し不安になったのか元来た道を引き返し、戻るようだ。

 付けた印を辿り意識を取り戻したスタート地点に戻ってきた時、彼の勘、というより何か布のようなものが擦れる音が聞こえた気がして立ち止まった。


 何かいる。

 荷物んとこで何かしてる。

 俺宛の手紙もあったし、多分それ俺んのなんだけど。


「あのぉ、何やっているんです?」


 話しかけながら、あわよくば第一村人発見と行きたかった新は、蠢いていたそれの正体を見て心臓を握られたようにキュッとなった。

 人ではない、見たことない生物が、そこにいた。


 スライム。

 現実に存在する玩具と似たような性質を持つと考えられているが、正確なところは不明だ。

 何せ彼が今対峙しているそれは、決して無生物などではなく、水色でバスケットボール位の大きさのアレなのだから。

 新は声が出ない。

 驚き過ぎて、リアクションを取ることを忘れている。

 そんな驚きの根源たるスライムが何をしているのかというと……


 食事をしていた。


 彼の? ものであるはずの食料をムニムニと動きながら取り込んでいる。


 おいおいおい、


「おい! それは俺んだぞ!」


 先ほどまで疑っていたのにもう俺のモノ発言をする新だが、当の本人にそんなことを気にする余裕はない。


「それは俺のだ! 食べたいのならせめて許可を取れよ!」


 許可を取ろうとしたのなら食べ物をあげたのか。

 その場にいなかった上、スライムに許可を取ることを求めるなんてどうかしている。

 そう、今の彼はどうかしていたのだ。

 水色の物体改め生物は不思議そうに彼の方を見つめている。

 見ている、のか?

 スライムが何を考えていたのか、そもそも考える頭があるのかは知らない。

 だが、しばらく両者がにらみ合った後、スライムはどこかに行ってしまった。

 新はそれがいなくなったことを確認すると、荷物に駆け寄り急ぎ被害を確認する。


「……………………全滅、だと」


 彼の食料は、ほぼ丸ごとなくなっていた。

 残りカスのような食べ物の切れ端は、謎の粘液がベッチャリ付着していて、とても人類が食べられるような見た目をしていない。

 しかも彼の神経を逆撫でするのは、奴が他の荷物には一切手をつけていない所だ。


 俺だって何時間も歩いて腹減ってんだ。

 食べ物あると思ってたから歩いてたんだ。


 新は一気に疲れが溢れてきて、その場に座り込んだ。


「もう疲れた。寝ようかな」


 予想外の事態に次々と見舞われ、精神的にも肉体的にもかなり参ってしまった彼は、沿呟くとテントを引っ張り出そうとした。

 ……が、その手が止まる。


 見られている。

 何だ?

 とにかく視線を感じる。

 空手の達人じゃないんだからそんな馬鹿な~、そう思うかもしれねえ。

 でも本当になんかいるんだ。

 動けない。

 今動いちゃダメな気がする。

 息が荒い。

 心臓がうるせえ。

 早くどっか行け、行ってくれ! 頼む!


 それからどれくらいの時間が流れただろう。

 新の体感的には随分と長く感じられたが、実際にはほんの数十秒だったかもしれない。

 気配が、消えた。

 彼は長い溜息をつくと、へなへなとその場に座り込んだ。


「何だったんだ、今のやつ」


 ここはヤバ過ぎる、スライムに、何か分からない何か。


 彼は目を覚ましてからの全ての出来事を振り返り、思い出した。

 頭の中ではそれを拒絶していても、思い出す事柄全てが拒絶している考えを裏付けている。


 まさかここは本当に、


「異世界なのか?」


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 その日、彼は異世界にやってきた。

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