占いの館

 占いの館は外に椅子があって、扉の横に窓口があった。

 占い師は何人もいるようで、タロット、水晶、易、姓名判断など、種類を選べるらしい。

「職業占い師ですね」

「ああ」

 思わず健司は苦笑する。

 インチキとは言わないが、こういうタイプの店に霊能者は少ない。

 占い師に必要なのは、霊能力よりも、カウンセリングの能力だ。もちろん予知能力などを持っていることもあるが、そういうタイプはこういうテーマパーク的に他の占い師と一緒にやることは少ない。

「どうします?」

「難しいことは抜き。直球で行こう」

 健司は受付に行き警察手帳を見せた。

「すみません。ちょっと、責任者のかたとお話がしたいのですが」

 受付に座っていた女性は、警察手帳を見て目を丸くした。

 まだ若い。少女と言っていい年齢だ。明らかに怯えている。

 警察に怯えているのか、健司に怯えているのかはわからない。ひょっとしたら何か後ろ暗いところがあるのかもしれない。

「ここのエレベーターでちょっと事故がありまして。少しだけ確認したいことがありまして」

 できるだけ優しく見えるように心がけて健司は微笑む。

 健司の顔は女性から見たら怖いだろうなあとは思う。美紀に頼めばよかったなと健司は少し後悔した。

「お待ちください」

 女性は慌てて奥に引っ込んでいった。

 しばらくして出てきたのは、黒のドレスに黒いベールをまとった女性だった。黒水晶のネックレスを下げている。

 年齢は二十代から三十代。若いのか、年を取っているのかわからない。かなり化粧が濃くて、香水の香りがきつめだ。占い師というより、黒魔女という感じがする。

「責任者の長瀬晴美ながせはるみです。ここではなんですので、どうぞこちらへ」

 中に入ると、小さな小部屋にいくつか分かれているようだった。入った部屋は真っ黒なカーテンを壁面で覆っていて、照明も薄暗い。小さなテーブルに大きな水晶玉が置かれていて、絶妙な角度から光が水晶玉に差し込むようになっている。

 長瀬は机の反対側に座り、健司たちに座るように勧めた。

 まるで占いに来た相談者のようだなと思いながら、健司たちは椅子に座った。

「それで、お話とは?」

 部屋が狭いせいか空気がよどんでいる。そのため女の香水の香りが濃厚に漂っていた。健司は顔をしかめたくなるのをこらえながら笑みを浮かべる。

 強い香りは苦手だ。霊的なものを察知する能力は『臭覚』とは違うが、非常に近しいものがあるため、臭覚に意識を持っていかれるのはあまりよろしくない。とはいえ、香水をやめろとは言えない。特にこれは令状を伴った捜査ではなく、あくまで任意なのだから。

「四年前、ここのエレベーターで事故が多発したことはご存知で?」

 健司は丁寧に問いかけた。

「はい。でも、修理されたのか、最近は全然そのような話はありません」

「全く?」

「ええ、全くございません」

 長瀬は迷いなく答える。

 あれほどの鬼がいたのだ。断言できるほど安全だったとは思い難いが、情報に疎い可能性もある。

 とはいえ。鬼を倒した今でさえ、肌がちりちりと痛む。この部屋に入ってさらに瘴気の濃度は濃くなったようにも感じる。ひょっとしたら彼女に原因があるのかもしれない。美紀に目をやると、健司に頷いて見せた。

「ところで、この男性をご存知ですか?」

 健司は神崎の写真を出す。

 長瀬は写真を覗き込んだ。

「いえ、存じません」

 ゆっくりと首を振る。ベールをしていることもあって、顔の表情がわかりづらい。

「本当に?」

「ええ、全く」

 長瀬は答える。

 その時、健司は気づいた。長瀬の言葉の端に霊力が混じっている。

 これは呪言じゅごんだ。それほど強力なものではないが、人を従わせようとする言葉である。

 意識をして使っているのか、無意識なのか。それによってだいぶ違うけれど。

「ところでこちらのお店を経営されて長いのですか?」

「ええ。まあ。十年くらいになりますけれど」

「受付にいた女の子は、未成年ではありませんか?」

 じろりと、健司は睨みつける。

「勤務時間は何時までですか? 場合によっては違法になりますが」

「あの子は二十歳です」

 ムッとしたように長瀬が答える。間違いなく、言葉に霊力が混じっている。

 の警察官ならば、誤魔化されてしまうだろう。つい信じたくなる説得力が呪言によってつけられているのだ。

「では質問を変えましょう。呪言はどちらで学ばれましたか?」

「な?」

 長瀬は息をのんだようだった。

「そちらの黒水晶は実に見事ですね」

 健司はにこりと微笑む。

「見せていただいても?」

 健司はさりげなく自分も言葉に霊力を込める。

 個人的に人に命令を下す呪言は好きではないし、得意でもない。だが、出来ないわけではない。

 長瀬は青ざめた顔で、ネックレスに手をかけたまま震えている。

 圧倒的な健司の霊力に、抵抗しようと必死なのだ。

「その黒水晶は、おそらく神崎の作ったものです」

 美紀の目がきらりと光る。

 符術師で器用な美紀は、霊力の探知や識別について、健司の何倍も鋭い。

 彼女がそうだというのならば、黒水晶は神崎が作った呪具の一つだろう。ここの瘴気は、おそらく黒水晶のものだ。

 瘴気を練りこみ、さらなる強い呪具となす。それゆえに呪具そのものも瘴気を放つのだ。

「神崎の脱獄を知っていますね?」

 呪言対決なら、回りくどい駆け引きに意味はない。健司は直球の質問をぶつけた。

 長瀬は答えない。健司の呪言に逆らおうと必死だ。だがそのことで、彼女がかなりの霊能力を持つことは明らかである。

 そして、その身にまとう瘴気からみても、かなりあくどいことをやっていそうだ。

 突然彼女は立ち上がり、黒水晶のネックレスを机にたたきつけた。

 黒水晶は粉々にくだけ、瘴気が噴き出し、闇が形を取り始める。

 そこに現れたのは、闇色の獣。赤黒い目が健司たちをとらえた。大きさは狼ほどあって、鋭い牙を見せて咆哮をあげる。

「あの女をやれ!」

 長瀬が命じると獣は美紀をめがけて飛びかかった。

 おそらく美紀の方が組みやすいと踏んでのことだろう。

「捕縛符!」

 美紀は全く動じなかった。

 顔色一つ変えることなく、素早く符を獣に向かって投げる。符は獣に張り付くと、光の縄で獣を縛り上げていく。完全に光が獣を覆ったとき、獣の身体は消えて、ころんと石が床に転がった。

「なめないで。神崎の作った獣でも、使役者があなたなら、私でも止められる」

じゃない。八坂だ。長瀬とやら。相手が悪かったな」

 健司は苦笑する。

 美紀は符術師で一見地味であるが、『退魔課』でも屈指の腕を持つ。なぜか本人の自己評価は低めだけれど。が、健司のサポートは並大抵の霊能力者では務められないのだ。

 慌てて逃げようとした長瀬にむかって、健司は手刀を入れた。意識を失った長瀬はそのまま床に倒れ伏す。

「とりあえず、各務のおっさんに連絡」

「はい」

 美紀は健司に頷くと、携帯電話を手にした。

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